第2話 あるべき場所へと帰るため

文字数 5,757文字

「本日は集まってもらってありがとうございます。浩人。峰先輩。」
3週間で本当に仕上げてきたと思われる浩人と峰先輩が頼もしく見える。これからスタジオ練習をするのがとても楽しみで仕方がない。
「じゃあ、入りましょう。」
そう言って、俺たちはライブハウス『Pop fun house』のスタジオへと入っていった。
「予約していた大嶋です。よろしくお願いします。」
「大嶋さん大嶋さん…はい、90分ですね。部屋に入ってほしくなければ、内側から鍵をかけれますが時間が過ぎたらこちらのカギで強制的に解錠致します。では、練習をお楽しみください。」
そう言って、店長と思われる40代のおじさまから「練習中」と書かれたプレートを受け取った。
「じゃあ、そのプレートをドアに入れておいてくださいね。」
プレートの裏は、休憩中と書かれていたので、スタッフの出入りOKとNGを表示させるってことかな?
「分かりました。よろしくお願いします。」
「では、練習に励んできてくださいね!」
「はい、よろしくお願いします。」
浩人が重ねて店員さんに挨拶をしていた。

「それじゃあ、ドラムの打ち込みを接続させますね。」
「おう、ちょっと待ってくれ。」
そう言いながら、峰先輩が楽器ケースから出したベースは…あれ?ギターと一緒で6弦ある?
「あれ?6弦ってギターじゃないですか?」
「おいバカ、あれは6弦ベースだよ!」
思ったことを口にすると、即刻浩人から訂正を食らった。
「良いんだよ。高橋くんだったね?大嶋があまりこの手の話を詳しくないのは十分知ってるからだんだん教えていけばいいよ。で、大嶋。高橋くんのギターと俺の6弦ベースは確かに弦の数は一緒だけどよく見比べてみたら、弦の太さが違うんだよ。」
峰先輩からそれぞれの楽器の弦を見比べるように指で指示が入ったので見比べてみると、確かに峰先輩が持っているベースの弦の方が太い。
「まぁ普通はベースと言えば、4弦だからな。6弦にすることで音域が広くなったり、和音でベースラインを弾けるようになったりする代わりに弦の間が狭くなって弾きにくくなるんだよ。」
「6弦ベースってだけで正直俺はこの人から変態の匂いしかしないんだけど…。」
浩人の不安そうな表情を見て、6弦ベースの難しさを若干察している自分がいる。
「そんなに難しいのか?」
「難しすぎて、6弦ベースでステージに立つだけで『上級者』って印象を持たれるくらいだよ。」
そんなものを持ってくる峰先輩…覚悟決めていくか。
「じゃあ、演奏準備OKですか?」
「OKだ。いつでも良いぞ。大嶋。」
「オッケー!いつでもいいよ。友貴也!」
「それじゃあ、パソコンのドラム打ち込み走らせますね。『ドラマティック』から行きます。」
「OK。」
「オッケー。」
「行きます!」
俺が、パソコンを操作してオープンハイハットの4カウントが鳴り響いた。
「心のどこかで皆が探している軌跡のようなものを 人は『ドラマ』って名付けたんだよ」
ドラマティックはボーカルとリズム隊のみで始まり、ボーカルのほぼソロ状態から始まるのでベースがどこまで支えてくれるのかを確認するにはピッタリだ。
「自分が走り続けて いつか朽ち果てるまで そのドラマは永遠に続いていく」
ここまで歌えば、一気に浩人のギターが入ってきて間奏で厚みが出る…はずなのに浩人が演奏してもあまり厚みが出ない?何故だ。文化祭のときより前に出ようとしない?
「この世に生を受けた時に ドラマは始まって 悲劇とも喜劇とも言われ続けてく」
峰先輩のベースはとてもテンポが一定で打ち込みのドラムでテンポが変化しないというのも相まって抜群の安定感を醸し出していた。Bメロに入ってからはドラムが激しくなり、ベースラインも動き始める。それを浩人がどう乗ってくるか。
「壊れ切ったこの世界に 心は蝕まれる一方で」
Bメロに入ってすぐはまだギターは退いていてもまだ納得できる。その方がサビ前からの盛り上がりはより表現が派手になる。だから、次のフレーズが終わった後の浩人の弾きっぷりだな。
「表現できない感情をすべて『仕方ない』で済ませていく」
ここからの浩人の出方次第でこのあとのサビに関わってくるぞ!
「ぶっ壊れたこの心じゃ 苦し紛れのこの世界じゃ」
ダメだ。コイツ、ずっと退いたままだ。峰先輩に遠慮してやがるのか?それともまたベルの問題か?
「ドラマは全て悲劇的になるなんてそんなの当たり前だろ」
仕方ない。こうなったら、ここからのサビで無理矢理にでも引っ張っていってやる!浩人ぉ!
「壊れたやつらに世界を生きる資格はない ただこの世界の理不尽に押しつぶされるのを待っているだけ」
この曲のメインは『ドラマとは何か』。世の中は「何かが壊れた瞬間や何か絶望的なことに対してドラマを見出す」と俺は考えている。だが、それではダメだ。壊れたやつらのフォローはどこにある。理不尽だらけの世界を生き続けるためのフォローはどこにもないなら押しつぶされるだけ。だからそれではダメなんだ!
「苦しんでるやつらは救ってやれ 俺たちみたいな壊れた住人をこれ以上増やして欲しくなんかない」
今壊れかかっている奴らは全員救ってやって欲しい。もちろん、全員が全員救えないことも分かっている。でも、壊れたやつはもう二度と元の状態には戻れない。それでも壊れた様が、壊れていく様子がドラマティックだっていうんなら俺の叫びで目を覚まさせてやる!
「壊れる様は決してドラマティックなんかじゃない」
浩人…お前はどうしてずっとこの声に合わせず一歩退いたままなんだよ!

とりあえず、3曲とも弾いてみて分かったことは「大嶋がいわゆる『感情型』のボーカルであること」と、「高橋くんのギターテクは充分どころか、それこそ大嶋と組んでいても遜色はないのに大嶋や渋澤が凄すぎるせいで自分に自信を持てていないこと」って感じか。高橋くんも指の動きはなめらかでそれでいて音の粒もしっかり揃っている。だが、「こうしたい」という意志なのか、「こういう風に弾きたい」という目標とかの意識がブレているからか高橋くん自身が自分の力をセーブしている。俺の耳にはそう言う風に感じ取れた。
「どうだ…大嶋。高橋くん。」
「この人…変態だぁ!」
高橋くんがいきなりそう褒めてくれた。
「ありがとう。高橋くん。でも、君のこの『変態』とやりあうだけの力は持っているはずだろ?文化祭のときの君はもっと自分を出していたのは見ていたからね。」
「そ、そうなんですかね…。」
この自信なさげな応対で全てを察した。
「これから俺が言うことは全部憶測だが、お前はあの文化祭以降『あれ以上の自分の演奏が出来ない』…とか、『自分には大嶋や渋澤は越えられない』…そう感じてるんじゃないか?」
まるで見透かされてるんじゃないか。そういうリアクションをしっかり見せてくれていた。その仮説が合っていたなら話は早い。
「なら、安心しろ。俺の答えが完解ってわけじゃないがお前は大嶋や俺と一緒にステージに立つだけの技量は持っている。あとはここだ。」
そういって俺は自分の胸に拳を当てた。
「お前の中で『自分がどうすればいいか』っていうのがお前は今わかっていない。それは、自分で練習して自分でいっぱい音楽を聴いて見つけるものだ。俺たちがどうこう言って何とかなる問題でもない。ただ、このバンドを通して見つかるものは大いにあるはずだ。ボーカルは大嶋で、ベースは一応『王晴軽音部期待のベーシスト』って言われた時期もあった。そんなやつに釣り合うドラムも今後自然と見つかるはずだし。それだけレベル高いメンバーと組むんだ。高橋くんにとっていい刺激になるはずだよ。」
「なるほど…。」
高橋くんは若干納得いかないような表情をしている。まぁ、こんな曖昧な表現じゃ分からないよな。
「とりあえず、目下でお前に出せる課題は『大嶋や渋澤を意識しすぎるな』ってことだな。」
「はい!?いやいや、大嶋は同じバンドのボーカルだし、渋澤さんは直の先輩ですよ!?意識しない方が無理じゃないですか。」
「分かってるよそのくらいは。ただ、今のお前は『大嶋や渋澤を越えること』を意識しすぎて自分の良さを見失ってやがる。一度冷静に見返してみろ。参考程度に俺も同じようになったことがあって、『なんでお前は音楽を始めたか』。っていうことを先輩に聞かれて考えているうちに自分の良さを思い出した。参考にしてみてくれ。原点を見て、今をしっかり見つめないと『自分がどうすればいいか』なんて分からないぞ。」
「ありがとうございます…。」
高橋くんが少し納得したような表情を見せたので次に俺は大嶋の方を向いた。
「次にお前。お前、『ドラマティック』のサビ前まで本調子じゃなかったよな。あれ、何が原因か自分で分かってるか?」
俺がそう投げかけると、友貴也は即答した。
「はい。ドラマティックのBメロまでは曲をしっかり聞いていろいろなことに気づけたらいいな。って思ってました。でも、浩人の演奏が本調子じゃないなって感じたのでせめて俺の歌声で引っ張っていかないとと思ったら曲に感情を乗せることしかできなくて、それ以外何も考えられなくなりました。」
しっかり分かってるじゃん。でも、まるで曲の感情にそり沿うことに没頭するのが悪いみたいな言い方してるなこいつ。
「いや、お前はそれでいい。曲を作ったやつなんだ。お前が曲の感情に寄り添わなきゃ誰が寄り添えるんだ。ってなるだろ。だからお前は曲に感情を入れることを考えろ。お前がそれ以外を考えるとお前の歌声が本調子じゃなくなる。そこをちょっと考えてみろ。歌に関して技術面に不安があるなら誰か教えられる人を身内に居ないか探してみろ。俺からお前に言えるのはこれくらいだ。大嶋、高橋くん。俺に何かアドバイスは無いか?」
俺がいままで散々二人にアドバイスをしたので、今度は俺から二人にアドバイスを求めた。すると友貴也が開口一番
「それをいうなら、峰先輩ももっと曲の感情に寄り添ったらどうですか?テンポ感とか、リズム感は抜群でいろいろな難しいフレーズを盛り込んでも難なく弾けていただけに、2曲目で思いっきり曲を左右するベースソロがなんだか地味だった印象があるので。」
「なるほどな…俺はなにか別のことを考えると一気に崩れてベースとして機能しなくなることが弱点だから、そこら辺の改善だな。高橋くんは俺に何かあるか?」
「そうですね…文化祭のときの僕や友貴也を思い出してもらえばわかると思うんですけど、僕も友貴也も本調子だと勝手に体が動くんですよ。なので、せめてネックを上げるのを合わせるくらいはやって欲しいかな。って感じですね。」
「OK。それもさっきと一緒で集中しなくても弾けるようになる練習だな。ありがとう。」
こうして、各人の課題を確認したところでドアが3回ノックされた。
「はい、どうぞ。」
友貴也が応える。
「すみません、休憩中ですかね?」
さっき受付のところで見かけた店長さんがやってきた
「はい。それがどうか致しましたか?」
「いえ、とても素晴らしい演奏に聞こえたので是非うちのライブハウスのイベントに出てもらえませんかね?今、出演者を募集中で大変なんですよ。」
友貴也はその答えに一瞬で応えるだろうと思ったら案の定だった。
「いつですか?予定が合えば是非出させていただきたいのですが。」
「2週間後の土曜日ですね。」
「予定ありますか?」
2週間後の土曜日、2週間後の土曜日、そう心の中で唱えながら俺はスマホのカレンダーを見て予定がないことを確認した。
「OK。俺は何もないぞ。大嶋。」
「俺も何もないよ。友貴也。」
「じゃあ、決まりだな。」
そういって、友貴也は店長さんと少し会話を続けた。
「では、この紙を書いて提出すればもう出演料とかはタダで出していただけるということですか。」
「えぇ。あなた方ほどの実力のあるバンドなら、話題になると思いますし。」
「実力はあっても話題になるかどうかは保証できませんよ…。」
「またまた、謙遜なさって。では、その出演エントリーシートのほど、よろしくお願いいたします。」
「はい。分かりました。」
そんな会話があって店長さんはスタジオから受付の方へ戻っていった。そういえば、このバンドってもうバンド名が決まっているのかな。そう思って俺が友貴也に聞こうとした矢先、友貴也が話し始めた。
「そういえば言ってませんでしたがバンド名はもう俺の中で決まってるんです。『O’ver Shooters』って言うんですけど。」
オーバーシューターズ?…英語は得意な方だと思っていたが、全く心当たりがない。そういう連語表現でもあるのか?
「『Overshoot』っていうのはレーシングではスピードを出しすぎてコーナーを曲がり切れないことを言うんです。それが音楽に溢れ出る情熱を注ぎこみ過ぎたが故に、人生のコーナーを曲がり切れずに道をはみ出しちゃった俺や峰先輩にピッタリな感じがして。それに、普通の意味では『飛び越える』って意味もあるんです。だから、辛いことや苦しいことを乗り越えようとしている俺たち3人にピッタリなバンド名だと思うんです。」
…いいんじゃないかな。その説明で納得できた自分がいるし。
「俺はいいと思うぞ。大嶋。」
「俺もいいと思うよ。友貴也。」
「じゃあ、踏み出していきましょう。俺たち『O’verShooters』の大きな一歩目を。」
そういって友貴也が笑っていた。それはどこかあるべき場所に自分が戻ってきたかのような笑顔だった。
「峰先輩。自分があるべき場所に戻ってきたかのような笑顔ですよ?」
「そうか。高橋くん。」
高橋くんに言われて、自分も同じ表情になっていることに気が付いた。あぁ、俺ってやっぱこういうこと…好きなんだな。そう思いながら声を出した。
「よし!出ると決まったからには人前で中途半端な演奏は見せられないぞ!もう一回『ドラマティック』を通して皆で課題を見つけあっていこう!」
「「はい!」」
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