第8話 アンバランス

文字数 2,898文字

ずっと気になっていることがある…。6月に入り、O’verShootersとして書類審査で送る音源をどの曲でいつ撮影するかの打ち合わせは来週から始めると友貴也からの連絡が入っていた。そのスマホをマナーモードにして、俺たちが入ってきたときの春休みに防音の仕様に改築したと渋澤先輩から聞いた耀木学園の軽音部室へ入った。
「お疲れ様です!…って誰もいないか。」
少し寂しげに俺は背負っていたギターケースを下ろして、中から愛機の日本製Fenderのストラトキャスターにレスポール向けのミディアムケージの弦を張った少しアンバランスなカスタムを気に入っている自分がいる。やっぱり、峰さんは耳が良いし知識量もある。おまけに妹さんのドラム。それにRaiseという峰さんがかつて妹と近所の幼馴染たちと組んでいたバンドを見るに指導力が一番の良さなのかもしれない。ただの幼馴染だけで組んだバンドとは思えないようなほど、Raiseの楽器隊、特にベースのピックを投げ捨てた人のクオリティは同い年と思えなかったくらいだ。
「よーし、とりあえず、俺だけでも準備するか。」
そう言いながらMarshallの真空管を暖め始めた。それに、もう一つ気になることはある。友貴也が『俺達のライバルになる』と評したSolomon…ボーカルの声は河野のそれに思えたがMVの映像での見た目は彼のそれよりも寧ろギタリストの見た目の方が河野の見た目に近かった。ただ、リードギターのAamonの持っていたギターはネイビーの変形ギター…アレを使いこなす人は俺たちの軽音楽部にはいないはず…。どういうことか理解不能な俺の頭はバクりかけていた。
「さて…そろそろOKか?」
1人の部屋でボソッとつぶやきながらスタンバイをあげた。しかも、Solomonにはもう1つ気になったことがあった…峰先輩の反応だ。何か、『信じられない』と言いたいような表情にも思えたし…『信じざるを得ない』という表情にも見えたし…『信じたくない』という表情にも感じた。そんな複雑に絡まってしまった表情で口から力なく発された『木原さん』という名前。…おそらく、それなりに近しい人で全くもって知らされていなかったのだろう。となれば…峰先輩の心には相当なダメージがあったはず。でも、俺も後日メッセージで『大丈夫ですか?』と聞いたら『全然大丈夫!寧ろ、最近よくなってきた!』って返してくるし…。なんなんだあの人は…。
「よぉ!俺の話でもしていたか?」
「うわぁ!!」
いつの間にか軽音楽部の部室についていた峰先輩がベースを取り出して「おっ、耀木はそういうベースアンプ使ってるのかぁ…。」とじっくり観察してからシールドを取り出した。
「すみません…。失礼いたします。」
「よろしくお願い致します。副会長さん!」
峰先輩のエスコートで王晴の生徒会副会長さんがドラムスティックのケースをカバンから取り出した。俺は、軽音楽部の部室機材から、マイクを取り出し、ミキサーに繋げていた。今日は、耀木と王晴と聖ウラヌス女子大付属高の文化祭の有志で作るステージの演奏部門の例として生徒会メンバーで楽器が出来る人を集めた結果、ギターボーカルが自分。リードギターが渋澤先輩。ベースが峰先輩。それにドラムが王晴の副会長さん。名前が…確か、木原さん。木原副会長に…って待てよ…?木原さん。肩甲骨の終わりまで生えた綺麗な黒い髪。今日はドラムとはいえ、峰先輩と近しい関係…まさか!?
「今、木原さんをまじまじと見てたな?悪いが、俺の彼女だから渡す気はないぞ。」
「ちょっと…!峰さん…!」
「えっ…?」
今、俺の彼女って…峰先輩言ったよな。峰先輩は、確かに顔は整ってるんだけど…顔の彫りは深いし目は線と比喩できるほど切れ長だし…顔が濃いし雄々しい分、こういうスタンダードな美人が隣に恋人としているというのはなんだかお似合いなような…美女と野獣に近いような…そういうアンバランスな感じがちょっと微笑ましいし羨ましい…とか言っている場合じゃない!確定だ!このはぐらかし方、それに『大丈夫ですか?』と聞いた時の峰先輩の『最近良くなってきた』ってことば…。
「おーっす、お疲れー、峰。浩人。それに、お疲れ様です。木原副会長。」
「お疲れ様…昂樹くん。」
「お疲れ様です。渋澤さん。」
「お疲れ様です、渋澤先輩。」
Solomonのベーシスト…Astarothが正体を隠すためにドラムをしている…?そんな疑念を持ちながら、俺は木原さん、峰先輩を疑いの目で見た後に渋澤先輩を見つめた。
「ん?どうした?浩人。そんな疑うような眼で俺を見て。安心しろ、お前は隣に普段いる奴が凄すぎるだけで、お前単独でも、充分ギターボーカルは成り立つって。ただ、指板は見るなよ。『俺が目を閉じてギターと歌の練習をしろ』って言ったのはそういう意味だ。」
違う!そこじゃなーい!
「そうですね…。Pop fun houseでアルバイトをしているので何度かお見かけしたのですが、…YUKIYAさん。あの、ボーカリストとしての姿勢や…優れた表現力…それにあの外さない音感…あれが歌は未経験者って聞いて私…卒倒いたしました。」
いつものあそこでアルバイトしている…?それも本当か?
「言っておくが、俺たちの初めてのライブを撮影したのは木原さんだからな。証拠に、無編集状態の映像が、木原さんのスマホにある。」
峰先輩が、俺にそう諭すと同時に、木原さんが王晴の紺のセーラー服の制服からスマホを取り出し、俺に確かにあの日3人でやった曲。『一応元天才少年』のイントロが流れてきて驚いてしまった。これは本当なのかよ!
「さぁさぁ、俺もジャズコーに繋いだし、やるか。」
「結局、曲はどれで行くんですか…?」
確かに。3曲練習してこい。って渋澤先輩に言われたっきり俺は全部練習してきたが…例としての動画はどれで行くんだ?
「何言ってるんだ?…俺たちは有志のステージに立つんだから全部やるに決まってんだろ。」
「は!?お前それ先に言ってくれよ!昂樹くん!」
「そういうモチベーションで練習してこなかったお前が悪い。峰。」
「すみません…3曲やるにしても順番はどうしましょう。」
「送った順番です。木原副会長。」
「分かりました。」
この先輩方のスピーディな会話で一気に今日の練習の時間が決まった。つまりポルノグラフィティの『メリッサ』、BUMP OF CHICKENの『天体観測』、SIAM SHADEの『1/3の純情な感情』の順番で有名どころの3点セットか…どれも毛色が違うだけにしっかり声を出して、歌い方を考えていかないとなぁ。っていうか…俺ボーカルで本番に立つのか…本当に俺で大丈夫か?
「不安があるなら、とりあえず歌ってから考えろ。話はそれからだ。な?副会長?」
「はい!…頑張ってみましょう。高橋くん。」
「はい!やれるだけ…全力でぶつけてみます!」
「では…4カウント取ります…1!2!3!4!」
副会長さんの綺麗な声と共にドラムスティックの乾いた音が部室に響き渡った。
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