第3話 さらなる一歩を踏み出せ

文字数 3,434文字

今日の昼休み、玲華さんに呼び出されて少し肌寒い澄み渡った秋空のもと屋上で作戦会議をしていた。
「なるほどな。確かにあいつがお前みたいな技術を身に付ければ、面白いだろうな。あいつの感情と、あなたの技術をミックスさせられれば耀木軽音部歴代最強のボーカルが出来る…かも知れないな。」
ただ、あいつの場合…浩人から聞いた話だが女の子アレルギーだからな。
「どうだろう…あいつは女の子アレルギーがあるからな。あなたが教えてもしっかり聞いてくれるかどうか。そこに問題があるから分からないな。」
「なるほどね。」
そう言いながら玲華さんは卵焼きを口に入れた。
「まぁ、こちらからも策を練ってみるよ。こっちも会計の選挙があるからちょっと実際に行動に移すまで時間がかかるかもしれないけど、俺も玲華さんの技術を装備した友貴也は興味あるよ。」
俺もそういいながら唐揚げを食べた。玲華さんの技術は高校生レベルをはるかに越えているし、友貴也の大立ち回りや歌声のアツさもまた高校生レベルをはるかに越えている。その二つがミックスされたら…バケモノになるんじゃないか?
「こちらも、今の友貴也くんに足りないものを考えてみるわね。」
「頼んだ。」
そう言いながら、俺たちは拳を突き合せた。
「行くぞ。楽しみだな。」
「クリスマス前には計画を実行に移したいわね。」
「あぁ。」
そのまま俺は弁当箱を閉じた。そして、後を追うようにパタンと小さな弁当箱が閉じる音が秋空に響いた。

「ねぇ、ゆーくん。」
「あ?どうした?浮田。」
本番2週間前で気が張っている俺はぶっきらぼうに浮田に応対をした。昔からお前はいっつもそうだ。空気は読まないし自分の意見を押し付けるし、おまけに今は俺の意見をほとんど無視。なんで皆こんな女に惚れるのかよく分からん。
「私、アンサンブルコンテストのメンバーになれたよ!褒めて褒めて!」
はぁ…?そう思いながら1回舌打ちして
「お前…なんでもう関係ない俺にそんなこと言うんだ…」
「え?」
聞き返す浮田にドスの利いた声でもう一度言った。
「もう俺は吹奏楽に居ないだろ…。」
いつも聞かないような声色だったからか純平と横田の表情がピリついた
「褒めることぐらいいいでしょう?」
「演奏を聞いてない俺が褒める資格はないだろ!」
俺があしらわなければ、浮田はずっと調子に乗る昔から先輩がそれをセーブしてきたが俺がやらなきゃコイツが嫌われる。コイツが幸せになるためには俺が浮田から嫌われなきゃいけないだろう。だが、苦しんでいる奴を救ってやれと歌っている俺が、リスクを背負わないわけにはいかないだろう。
「俺だけをそんな目で見るのはなんでだ…。」
「え…?」
「だ、か、ら、俺だけをそんな憂いの目で見るのはなんでだよ。」
若干理不尽ではあるが、突き放さなければ浮田のためにならない。なぜならこいつは俺に依存しすぎている!

はぁ…なんで私あんなこと言われなきゃいけないんだろ…。昔はあんなこと言われなかったのになぁ…。あっ、ゆーくんどっかに行っちゃった…。
「ドンマイ。浮田さん。」
横田くんがそう言葉をかけてくれた。本っ当にムカつくー!何よ!昔はもっと私にかまってくれてたじゃん!
「そういえば、浮田さんってなんでそんなに友貴也に執着するの?」
純平くんにそう言われる。なんで…かぁ。考えたことなかったなぁ…。今思いついた理由は…
「ゆーくんが音楽に復帰するためかな。」
「それじゃあ、もう浩人と友貴也はバンドを組んでるし復帰したって言っても過言じゃないか?」
うっ…純平くん痛い所突いてくるね…うーん、うーん…。
「だから、友貴也にキツイ事言われるんじゃないか?」
「うひやぁ!」
「横から来た友達にそこまでビビるもんか?」
た、高橋くん…びっくりするに決まってるじゃん!
「友貴也は、過去を見てる浮田さんに嫌気がさしてるんじゃないか?」
「え?どういうこと?」
私、そんなに嫌気がさすようなことしてたのかな…
「おい、浩人。ストレートすぎるだろ。」
「そのくらいストレートに言わなきゃ伝わらないだろ。」
「友貴也はもう前に進もうとしてる。なのに浮田さんはいつまでも過去の友貴也にすがっている。だから友貴也はお前に嫌気がさしてるんだよ。」
え…どういうこと…?もしかして、私、取り返しのつかないことをしているの?
「まだ取り返しはつく。でも、友貴也は超敏感男だからな…声色ひとつで精神状態の変化を読み取ってくる男だし。」
「分かってる!でも、なんとかしないと…。」
「そうするのは俺の仕事だ。きっと、浮田さんの願いは『ただ単に友貴也に音楽をして欲しい』ってことじゃないだろ?」
「うーん…わかんない。」
なんだったっけ…私。とても大事なものを忘れてしまったような気がするんだけど…なんだろう?
「浮田さんが忘れてしまったその『大切な何か』を俺が実現させるよ。だから、その代わりに…横田。」
「俺がこの状態の浮田さんをなんとかしろ。って話だな?」
「そういうことだ。」
そう言うと横田くんと高橋くんが分かりあったような表情を見せあっていた。何!?勝手に二人で理解しあわないでよ~!!

「さて、俺も頑張るか。」
昼休みに意識を集中しながらデモ音源を聞いて右手と左手を動かしながらエアギターならぬエアベースをしている。イメージを持って弾くこと、俺はそれが必要ないと思ってただ正確にベースを弾き続けてきた。テンポを意識しながら曲全体もイメージする。…やっぱり苦手なことの克服は難しいな。長年続けてきたスタイルを崩すことはやっぱり難しい。そう思いながら俺はずっと黙々とイメトレを続けていた。
「…。」
ここは、ギターが弱奏でベースがより聞こえやすいように編成されていたのか。なら右手の弦をはじく力をより強めることを意識しよう。で、このフレーズの後はベースが弱奏になって逆にギターが聞こえやすくなっているのか…。そして、そのあとにベースソロ。ここが地味って言われたんだよなぁ…じゃあ、今までは和音引きで派手さを出そうとしていたけど単音引きを高速でやって音数勝負したほうがいいのか?そう思いながら指が勝手に動いていたのを、右肩に誰かの手が触れる感覚が現実に引き戻した。振り返ると女の子が顔をのぞかせていたので即座にイヤホンを外した。
「すみません…Pop fun houseにこの前居ましたよね?」
「あぁ。確かに他校の後輩2人とスタジオで練習していたが、それがどうかしたか?」
おしとやかに見える黒髪の綺麗な美人の女の子だ。っていってもクラスメイトで名前は木原さんだったな。覚えているから木原さんで呼んじゃうけど。
「私、あそこでバイトしていてそれで演奏が聞こえたんですが…とても迫力のあるギターとボーカルを重低音で支えるベース。同じベーシストとして、好きです。応援してるので、2週間後の本番。頑張ってください。」
「えっ!木原さんってベースしてたの!?」
驚きながらも、出来る限り声を落としてなんとか周囲にばれないように配慮した。
「はい…おかしいでしょうか?」
そう言いながら木原さんが首を傾げた。うわっ、可愛い。
「違うよ。俺、軽音部を幽霊部員にさせられてから全然ベースが出来ていなくてついこの間ベースを再開したところなんだよ。だからさ、練習見てくれないかな?本来の実力を取り戻すまでの間だけで良いからさ!」
ダメ元で練習相手になってくれるようお願いしてみる。
「えっ?あれで…本来の実力じゃないんですか?」
「あぁ、半年ぶりなんだよ。3週間かけてなんとか弾けるようにはしたんだけど後輩たちにしっかりダメ出し貰っちゃってね。まだまだだな。って感じたのよ。だからさ、木原さん帰宅部だし軽音部の圧力は受けないじゃん?お願いだよ!」
俺は両手を合わせて2年生になって一番祈っていた。
「わ、…私でよければ…」
「よっしゃ!」
半ば強引に練習する相手を見つけた。一人で練習していても埒が明かないことなんて腐るほどあるんだ。一人よりは二人で、二人よりは三人で練習する方がより多角的に今の自分を見つめられる。それが同じベーシストならこれ以上に嬉しいことはない。そう思いながら俺は
「じゃあ、また都合が合ったら王晴橋の下とかで練習しよう。約束だからな!」
高まる気持ちを抑えながら練習の約束を取り付けた。
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