第3話 ただいま、行ってきます。

文字数 3,694文字

ここに戻ってきたのは1年半ぶりくらいか?そう思いながら、4月の10日にも関わらず、カレンダーが3月のままの王晴軽音部の部室の窓から見える日没直後の野球部が整備をしているグラウンドを見下ろしてから、国友の方を見上げた。5月には新入生青葉ライブという新入生のデビュー戦に交じって俺も復帰戦だ。
「久しぶりだよなぁー、この3人で何かやるってのは!」
国友が笑いながら俺たちの方を向いた。彼の真っ白なギターは俺が2年生の文化祭の時に初めてみたから恐らくその時期に新調したのだろう。そう思いながら俺はドラムの皆川の方を見た。
「そういえば…尊はトモのそのギターを見るのは…初めてか。」
皆川が特有の低く渋い声で俺に語り掛けた。
「そうだな、文化祭の時に1回見たがここまで近くで見たことは無いな。」
「あっ、そうか。」
そう言いながら、国友。トモはギターをこれほどかと見せつけてきた。どう?と言いたげなのは分かっていたのでそれなりの感想を考える。
「うーん、鳴らしてもらって聞いてみないと分からんが、お前が白を選んで俺が黒って俺達らしいよな。女性人気のあるお前が光で、全く人気の無い俺が闇って感じで。」
そう言いながら俺のベースの黒い部分を堂々とトモに見せつけていった。すると、トモはニコニコしながら
「いきなり自虐を飛ばすんじゃねぇよ!ったく!」
と爽やか笑顔で返して来た。全く…柔和で中性的な顔立ちから繰り出される爽やか笑顔。それに根は真面目な好青年ときたもんだ。コレに落ちた女子生徒がどれだけいたか数えきれない。校内にファンクラブが出来るっていうのは都市伝説だと思っていたが、こいつがそれを立証してくれた。
「俺にはお前みたいな背丈があるわけでもないし、お前みたいに雄々しい顔立ちじゃないからな!お前は髭を生やしてもそれなりに似合うと思うけど、俺は似合わないから毎朝と寝る前に丁寧に髭を剃ってるんだからな!」
「はいはい、お疲れ様です。」
お前にはお前の悩みがあるんだな、はいはい。分かったっての。そう言いながら俺はベースを構えた。
「さっ、そろそろ始めようか。昔のように話すのはちゃんと練習をした後だ。」
俺はそう言いながら、爽やかイケメンと寡黙でメガネの似合う男を順にみた。
「おぉー!やっぱり、燃えるよなぁ!この3人でやるのは結局練習ではやったけど本番のライブはやってないもんな!」
爽やかイケメンは熱く
「トモ…。落ち着いて行けよ。」
寡黙な男がそれを抑える形になるのがこの3人にとってのルーティン。
「尊。組んでる人は違うが、今のお前の実力通り出してくれればいい。」
寡黙な男でメガネ男子は少しだけ表情がいつもに比べて明るいのは俺がいるからなのだろうか。そう思いながら、皆川の応答に俺も左手と目でベースの状態を確認しながら右手でOKサインを出した。
「じゃあ、2曲通しで行くぞ。4カウント取ったらトモが入る感じで頼む。」
「「了解!!」」
「行くぞ…。」
一連の流れを確認した後、ドラムスティックの乾いた音が王晴軽音部の部室に4回響き渡った。
「日本の米はぁ」
「「世界一!」」
トモの歌いだした声に合わせて俺もコーラスを持ってくる。全く、この爽やかな顔のどこから唸るような声が出てくるのか理解不能だ。そう思いながら5弦をフルに使ってメタルなサウンドをガンガンかき鳴らしていった。それに皆川も「おっ」といった表情をしながら俺の方を見ていた。『今のお前の実力通り出してくれればいい』といったな…。その言葉、後悔させてやらぁ!!

尊のやつ…俺たちが知らない2年生の間にどんな経験をしたんだ…。尊は1年生の時は全く動かないで…正確なリズムを刻むことに定評があった…。その人がまるで別人のように動いている…。これは…俺たちの知っている峰 尊とは違うベーシストとなった尊だ…。ただ、そういう変化があっても…根幹の正確なリズムは失われていない…そういう進化は嫌いじゃないぜ…!
(マイ)(マイ)!」
二人の声に合わせて俺もクラッシュを全力で叩く。…1年生の時のお前なら間違いなくこの曲を拒否していただろう…が、目の前のコイツは飛んで跳ねてベースを弾いては歌を歌っている。まるで、「自分のこだわりを捨ててでも音楽が出来ることをありがたい。」と…俺からしたらそう見えるほど今の尊は別人。…これは…後でトモと一緒に…尊が2年生の間に何があったのか聞かないといけないな…。そう思っていると1番が始まる前に差し掛かり、尊のズッシリと来るベースが1小節響き渡っていた。
「Everybody eat 牛」
「「丼!」」
トモの何でもこなす物真似力の高い喉は打首獄門同好会までも出来るのか…。女性ボーカルも声域以外は何の問題もなく真似していたし…こいつに出来ないことは無いんじゃないかと思わせてくれる。その声に導かれるように俺と尊は声を合わせていた。
「Everybody eat カツ」
「「丼!」」
尊はもともと音域も、声も無個性な分、何をやらせても問題は無いと思っていた。…ただ、まさかこれでもかとしっかり音圧のある声を出してくれて…曲に合わせてくれるとは思ってもみなかった。背も3周り位大きくなり、ベースも身の丈に合ったものになっていて…こいつと組んでいるギタリストやボーカル。ドラマーが羨ましい程尊はとてつもないベーシストに変化していた。
「Everybody eat まぐろ」
「「丼!」」
「親子」
「「丼!」」
「いくら」
「「丼!」」
簡単なベースラインではないと思うんだが…難なく弾きこなす手元の技術力…。それを、声を出すことを意識しながらやるのは簡単なものではない。これは…俺もうかうかしていられないな。胸に若干の余裕が消えたところで、峰がメインボーカルに切り替わるBメロへ変わっていく。

「刺身定食!」
「「食!食!」」
「唐揚げ定食!」
「「食!食!」」
「焼き鮭定食!」
「食!食!」
正直、これを提案したときは尊に思いっきり引っ叩かれるんじゃないかと考えたが提案をスッと受け入れてくれるどころか、ここまで全力で声を出してくれるとは嬉しい計算外だ。新入生青葉ライブの下見でZEEXに行ったときに見たO’verShootersの演奏。あれを見て俺はあの時の尊は帰ってこない。けどこれはこれで良い!と感じてこの曲を提案した。そしたら声は出してくれるしガンガン動くし、前の尊は衝動を抑えて刻む機会みたいだったが、今の尊は衝動で動くリズムモンスターだ!
「さんまの塩焼き定」
「「食!」」
尊が歌って俺と皆川が合わせるのが3フレーズから入れ替わって俺が歌って尊と皆川が合わせる1フレーズ、そして、もう1度
「餃子定食!」
「「食!食!」」
「焼肉定食!」
「「食!食!」」
2フレーズ峰が歌う。元のバンドでは女性が歌っている音域だから無理はしなくていい。って言ったので1オクターブ下げているがこれはこれでなんかカッコいい!!サイコーだぜ!尊!
「いつもいつでも食卓支える」
「「「主食!主食!主食は」」」

「日本の米!We want米!至宝の愛!」
「真っ白に炊き立てごはんが輝く」
あれが莉緒お姉ちゃんにベースを教えてる人かぁ…。友達から教えてもらった通り、身長は高いし、ちょっと武骨だけどワイルドな顔立ちしてるし…好みは別れそうだけど見た目だけを見れば見た目偏差値57くらいじゃないかな?そう思いながら私は音漏れのしている王晴軽音部の部室の小窓からお姉ちゃんが教わっているベーシストをまじまじと見つめていた。
「白」
「「米!」」
「が美」
「「味い!!」」
「いんじゃ」
「「ない!?」」
ただ、隣に女の子受けの塊みたいな国友部長が居るのが哀しいわねぇ…。単体だとそこそこイケメンだと思うんだけどなぁ…。さぁて、見た目に関しての考察はここまでにしましょう。ベースは…6弦ベース!?このバンドは5弦ベースの人だから5弦までしか使っていないけれど…あそこまで動き回りながら6弦ベースでありながら5弦を弾きこなすのは相当の手慣れ…莉緒お姉ちゃんもあの人に教えてもらっているのかぁ…。これは妹の私もドラムとして頑張らなきゃなぁ…!そう思っていると右肩をトントンと叩かれ、振り向くと…。
「どうしたの…?(めぐみ)。」
「ヒャァッ!」
気づかれないように出来るだけ声を抑えたつもりでも…軽音部の部室に生徒会副会長…莉緒お姉ちゃんが居るとびっくりするじゃん!もぉー…。
「ちょっといいかな?恵。私、これから軽音楽部の部長と文化祭について調整することがあるから…この演奏が終わったらもう演奏させる気はないから帰った方が良いわよ…?」
「はーい…。」
莉緒お姉ちゃんの雰囲気というか…副会長の威厳に押された私はそそくさと王晴軽音部の部室から帰っていくことにした。それでも、あのベーシストの人を一目見れただけでも充分だった…。莉緒お姉ちゃん。あの人にちょっと惚れてるっぽいからなぁ…。
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