第123話 - 整理

文字数 2,754文字

 菜々美による前代未聞の事件の後に東京未成年超能力者再教育機関 (略称: TUPREO=Tokyo Underage Psychics Re-Education Organization) に警察関係者が集まる中、愛香と玲奈は待合室の中で面会での菜々美の様子を同僚に説明し終えて冷静さを取り戻している最中だった。

「それで月島、大丈夫か?」

 瀧が伊藤と土田を引き連れながら愛香たちのいる部屋へと入室した。

「えぇ、何とか」

 愛香はついさっきまで泣いていたことが一目で分かるほどに腫らした目を向けながら答える。玲奈は愛香の背中に手を添えつつ愛香の手を握り、気持ちを落ち着かせるように努めている。

「瀧さんこそ来て大丈夫なんですか? GOLEMとの一件があったと思いますが」

 瀧は玲奈の問いかけに対して少し考えた後に答える。

「……あいつはもう大丈夫だと思う。勿論、足取りを追うつもりだが今すぐに何かをしでかすってことは無いはずだ」

 瀧は少し愛香の方に視線を向けながら話す。

「それにこんな大掛かりなことを上野がやらかしたんだ。一旦はこっち優先さ。お前たちの状態もあるしな」

 玲奈は瀧の意味深な発言に対してこれ以上は追及することはしなかった。瀧が不器用ながらもGOLEMこと内倉祥一郎が瑞希に対して早急に危害を加える可能性は低いということを示唆し、安心させようとしている意図を汲み取ったからである。

「さて、落ち着いたなら帰るかお前らも。妹のこともあるしゆっくり休め」

 瀧の提案に対して愛香は首を横に振る。

「いえ、上野から得た話を整理しようかなと思います。記憶が薄れてしまう前に」

 その場にいる愛香以外の4人はこの言葉は嘘で何か作業をして気を紛らわせなければ気持ちが落ち着かないということに気付いていた。

––––何故なら

「菜々美はTUPREOに収監されてから約3ヶ月。収容日が5月16日火曜日。部屋番号は1109室でルームメイトは伊原(いはら) 良子(りょうこ)。彼女は万引き計11件の常習犯で、内6件で追跡した店員に対して暴行を働いています。被害者は計8人。指導員の柚木くるみによれば関係は良好とのことです」

 愛香は資料を一切確認せずにスラスラと菜々美やその周りの環境について話し始める。愛香は生まれつき記憶力が優れ、後天的にサイクスを発現したことでそれが『()()完全記憶能力』へと昇華した。

 故に時間が経って記憶が薄れることはない。

「再教育プログラムにおいて上野の態度は非常に良く、模範的だったそうです。特にPSP (Psychs Stabilization Program = サイクス安定化プログラム) における成績は優秀で、有り余るサイクスのコントロールに長けていた模様。模範的な態度と優秀な成績、更に私以外には知っている情報を開示しないという本人の固い意思もあって引き起こした事件の大きさから考えると異例の3ヶ月で面会が解禁されました」

 愛香は概要を説明した後に面会での様子を記憶から蘇らせる。 

「第三地区高校周辺で見つかった遺体に関して最初の供述通り否認していました。嘘をついているような仕草も見られませんでした。また、彼女の答えは理に適っていたことは……間違いないと思います」

 愛香と玲奈は警視庁捜査一課に所属しながら同時に心理学について専門的に学んでいる。
 2人は未だ20歳 (愛香は12月、玲奈は10月に21歳となる)。警察組織は年々増加する犯罪の凶悪化を問題視し、若い世代 (18歳未満) であっても優秀な者 (超能力、学業、人格など総合的な判断の下) に関しては積極的に採用または協力を要請することを推し進めている。
 また、希望があれば大学教育卒業年数に満たない者 (飛び級は除く) に関してはオンラインを中心として大学教育課程を受講しながら警察組織に協力することが可能となる。
 これはPLE (Program of Learn Expertise) と呼ばれ、2人に他の捜査官よりも非番が多い理由はここにある。

「彼女の新しい供述の1つとして"病みつき幸せ生活(ハッピー・ドープ)"を使用する者は本人と瑞希以外に存在することを仄めかしました。これは私たちの中でも可能性として考慮していました」

 瀧は「ふむ」と頷く。

「ここまでは私たちも考慮していたことなので目新しいものではありませんが、本格的に考える必要性が出てきました。そしてこれは新しい要素ですが……」

 愛香が少し間を置いたところで瀧、土田、伊藤の3人は愛香をより注視した。

「本人曰く、花さんと内倉祥一郎の監視の目には気付いていてより危険性のあった後者を追っていたそうです」
「徳田の方を襲ったのと矛盾するじゃねーか」

 瀧がここで口を挟む。

「はい。上野によると自分でも何故この行動をとったのか分からないと。まるで最初からそのつもりだったかのように」
「何だそりゃ」

 瀧も含めて土田、伊藤の3人は至極真っ当な反応を示す。

「みずが反応を示さなかったことから残留サイクスの痕跡は無かったと考えられますが、本人は何らかの超能力にかけられていると考えているようでした」
「……とすると精神刺激型か特異複合型超能力者か」
「恐らく」

 愛香が瀧の意見に同意する。

「ちなみに内倉は身体刺激型だ。奴の仕業じゃねーぞ」

 愛香は頷いた後にタブレットを取り出してXR (クロスリアリティー) 機能を利用して資料を表示、更に書き込んだ内容をリアルタイムに空間に映し出す。
 今日(こんにち)ではスマートコンタクトレンズやスマートグラスが普及し (度入りも普及)、同期している機器を選択するとXR機能によって情報が空間に表示され、またMRとして操作することも可能となっている。

「可能性は2つあります」

1. 高校周辺で"病みつき幸せ生活(ハッピー・ドープ)"を使った者がコピーした別の超能力を菜々美に使用した。この場合、その超能力者は特異複合型超能力者であることが確定。更に菜々美の標的を内倉から強制的に変更させたことから内倉の協力者である可能性が高い。十中八九、不協の十二音。
2. 高校周辺で事件を起こした者とは別の人物による超能力。

「2の場合、内倉を含めて不協の十二音の3人が関わっていた可能性が浮上するわね」

 玲奈がホログラムに映し出された愛香のまとめを見ながら話す。

「内倉は他に協力者はいないって言ってたぜ。本当かどうか知らんが……」

 瀧は少し難しそうな顔をしながら口を開く。

「秘密裏に協力者を紛れ込ませていたのでは? 騙すにはまず味方からって言いますし」

 それに対して伊藤が意見を述べる。

「(何かが引っ掛かる……)」

 愛香が目を閉じて何かを考えている様子を玲奈は見守り、他の3人も愛香が再び口を開くのを待った。

 

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