番外編②-31 – 情

文字数 2,824文字

 4年前、内倉祥一郎が東京第三地区高等学校に赴任した際、彼が受け持った学年は高校2年生。5組の副担任を務めた。
 その学年には瑞希の姉、月島愛香が在籍していた。彼女は2年2組の生徒で、また、祥一郎が担当する『生物』の授業で受け持つことは翌年も含めてなかった。

「(あれが月島瑞希の姉か……)」

 MAESTROから言われた監視対象は月島瑞希。祥一郎は瑞希が入学するまでの間に高校教師として馴染むことが当面の目的。ましてや愛香は非超能力者で特段、注意を向ける必要もない。

「(特にMAESTROからも指示は無いしな……)」

 祥一郎は愛香のことを警戒に値しないと判断し、注意を向けることは無かった。

––––はずだった

 膨大なサイクスを持つ者が兄なのか、妹なのかという違いはあるものの、月島姉妹の境遇をどうしても自分たちと重ね合わせてしまう。

「(妹は心の奥底で俺との差に劣等感を持つようになってしまった……。そして時間が経つにつれて俺も妹のことを気にかける時間が少なくなってしまった。あの子は……あの子はどうなのだろうか)」

 授業を担当するといった関わりもないため、話しかけることは無い。しかし、祥一郎は愛香を妹の莉緒と重ね合わせ、愛香を意識して注目するようになった。

 月島愛香は非超能力者であるものの、頭脳明晰で成績も優秀。超能力者と非超能力者が混同するクラス、更に東京都の中でも優秀な超能力者が集まる第三地区高等学校であってもその人望は厚く、クラス委員長を務めていた。
 スポーツも無難にこなし、その上、容姿端麗とくればその人気は計り知れない。時折、職員室内でも話題に上るほどの注目度である。

「(これほどだと妹がどんなに優秀でも別に悩むことなどないか……)」

 祥一郎は職員室で他の教師が話している様子を耳にする。

「月島さん、本当に凄いわね〜」
「彼女の優秀さは目を見張るものがあります」

 祥一郎は自身のPCから目を離さず、耳だけを傾ける。

「これでサイクスがあれば、どれほどまでの力であったか……」
「少し勿体ないですねぇ……」
「あの月島瞳教授の娘さんではあるのですが」

 ここで1人の若い教師が明るい声の調子で会話に加わる。

「彼女の妹さん、噂ではとんでもないサイクス量を持ってるらしいですよ! 更に成績も優秀で特別教育機関でもトップだそうです! 恐らく我が校に入学するとか!」

 ここから未だ姿を見せない在学中の生徒の妹の話題で盛り上がり始める。その子は愛香の5歳下。入学するとしても4年後だ。

「(こういった周囲の声は本人の心を蝕む……)」

 祥一郎が廊下を歩く中、ふと愛香が友人たちと談笑している様子が目に入る。

「愛香ちゃん、妹ちゃんとめちゃくちゃ仲良しだよね」
「あはは、みずは少し天然さんだからね〜。私やお父さん、お母さんがいないと危なっかしいのよ」
「サイクスが凄いって聞いたことあるよ?」
「うん。でも私にはサイクスが見えなくて分からないから……」

 愛香の声が一瞬曇ったのを祥一郎は聞き逃さなかった。しかし、愛香の声は直ぐにまた明るく、そして優しい愛情のこもった声に変わる。

「でも、そういうの一切関係なく私はみず自身を見てあげられるから。あの子の拠り所になってあげられたらそれで良いよ。何だか特等席みたいだね、あははっ!」

 屈託の無い笑顔でそう言ってのける16歳の少女に祥一郎は心底感嘆する。それと同時に周囲の声に嫌悪感を抱く。

「(何故、あの子自身を見てあげない……? サイクスが無いから何だ!? 妹が才能ある超能力者だから何だ!?)」

––––そういうの一切関係なく私はみず自身を見てあげられるから
 
「(16歳のあの子の方がずっと大人じゃないか)」

#####

 同年10月、月島家に悲劇が起こる。

 両親を亡くしたことが引き金となり、月島愛香は後天性超能力者として開花する。発現したサイクスは膨大な量。愛香は下半身不随を患い、車椅子生活を余儀なくされた。

「(何て……酷い……)」

 祥一郎は愛香と莉緒を更に重ね合わせてしまう。

 愛香はその後、特殊教育を受けながら第三地区高等学校を卒業。PLE生となって警視庁に籍を置いた。

 高校生活において愛香は非常に妹思いで、車椅子生活になってから寧ろそれは色濃くなった。それは政府からのあらゆる思惑を警戒してなのか、はたまた別の理由があるのかは祥一郎には定かではなかった。
 
 4年後の今年、瑞希が入学して担任として接するうちに十二音としての役割が自分の中で重要でなくなってしまった。

 入学式に駆けつけた愛香と月島家にいる阿部翔子、そして瑞希の3人が仲睦まじく話す様子。高校1年生の進路調査で生徒の大半が何も記入できない中で瑞希が姉の身体を治すためにという思いで書いた『サイクス分析学』という文字。

「(お互いに思い合って、幸せな姉妹じゃないか……)」

 こうした幸せを自分が破壊して良いのか? 果たしてそれで自分は十二音の連中が言うように楽しいと思えるのか? 

 確信を持てなかった。

 上野菜々美との事件やクラスマッチでの一件を経て苦しむ姉妹の姿を見ていつしか祥一郎はGOLEMとしての自分に嫌悪感を抱き始めていた。

 その矢先にDEEDとの取り引きで目撃した牧田に対する仕打ち。自分の中で何かが崩壊し、冷静さを失った行動を取ってしまったのである。

#####

「……」

 一通り話し終えた内倉を瀧は真剣な眼差しで見つめ、沈黙を貫く。それを見て内倉は自嘲的な笑いを浮かべて瀧に告げる。

「馬鹿だろ?」

 瀧は首を左右に振りながら「いや……」と言いながらその場に座り込む。

「立派だよ」

 瀧は心の奥底からその言葉を絞り出した。

 彼らのやっている事は許されることではない。しかし、この男の境遇や教師生活を通しての心境の変化を聞くと瀧はこの男を完全悪として見なすことができなかったのである。

「自首するよ」

 内倉からの予想外の言葉に瀧は驚く。

「ただ頼みがある」

 内倉の顔には只ならぬ決意が見て取れる。

「何だよ」
「最後に……最後に妹に会ってきても良いか?」
「おまッ……んなこと……」

 瀧は言いかけた後に内倉の表情を見て溜め息をついて頭を掻き毟る。

「3日やる。連絡を必ずよこせ。それと3日経ったらお前の妹の保護は申請するよ」
「ありがとう」

 そうして2人は連絡先を交換し、更に瀧はGPS情報が自分の端末に送られるようにした。

「連絡が途絶えたら死んだと思ってくれ。必ず戻る」

 そう言うと内倉はゆっくりと立ち上がり、ふらふらでありながらもしっかりとした足取りでその場を離れる。

 数十分後、藤村を始めとして複数の捜査官たちが到着する。

「瀧、GOLEMは?」
「かなりの強敵で。もう少しのところで逃げられました」

 その言葉を聞いた後に周囲に残る激しい攻撃の跡と瀧のダメージの少なさから藤村は察し、「バカが」と呟いて瀧の頭を軽く(はた)く。その後、部下たちに指示を出しにその場を離れた。



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