第66話 - 新興勢力

文字数 2,408文字

「皆さんのことは娘から聞いています。いつもお世話になっております」

 志乃の父・輝之は丁寧に4人に挨拶をする。4人はそれぞれ自分の名前を告げて応答する。

「月島さん、君が吉塚(よしづか) (じん)さんと伊代(いよ)さんのお孫さんだね!」

 瑞希は突然自分の祖父母の名前を出されて驚く。

「実はこの海辺でのホテル経営、そして提携水族館を建設する際に海に与える影響や海洋生物への影響、また展示する海洋生物に関するご助言を多く頂いたんだ! 快くご協力して下さって、とても助かったんだ!」

––––吉塚 仁
 瑞希、愛香姉妹の母方の祖父。世界的にも有名な海洋学者として知られ、長らくその分野の第一線を担った。特に海洋生物をこよなく愛し、様々な種の育成方法や新種の発見に尽力。また、それらに適した水質環境にも熟知しており、73歳となって第一線を退いた現在でも様々な研究に協力・助言を求められている。
 また、先天性自然科学型超能力者で全盛期には国内最高峰の超能力者の1人とも言われていた。年齢に伴い弱体化したがそれでも超一流の超能力者として知られる。

「えっ! 吉塚仁って瑞希ちゃんのおじいちゃんなの!?」

 結衣が目を丸くしながら瑞希に尋ねる。

「うん、そうだよ」
「海に関する色んな研究や本に沢山名前出てくる人だよ。図鑑も作ってたりするし。『サイクスを宿す海洋生物』って本、めちゃくちゃ好きで何回も読んだんだよ!」

 瑞希以外の3人も海好きな結衣の興奮具合と日常的に目の当たりにしている孫である瑞希の規格外さから仁の凄さを容易に想像出来ていた。

「海洋学者ってのは知ってたけどおじいちゃん、釣りしてるか泳いでるかのイメージしかないけどなぁ、私は」

 瑞希は仁の日常を思い出すのに少し上を向きながら呟いた。

「うちのホテルにもご招待しているし、この辺よくいらっしゃるから会えたら良いね!」

 輝之はそう言いながらスタッフを呼び、部屋へ案内するよう指示する。由里子はその場に残って輝之と話し始め、芽衣を含めた6人は誘導に従ってエレベーターに乗り込んだ。

「ご用意したお部屋は最上階の43階にあり、フロア全体がお部屋となっております。お部屋の中に個室もございますので遠慮なくご利用下さい。また、個室それぞれに浴室が完備されておりますが、大浴場もございますのでお好きな方をご利用下さい」

 エレベーターが43階に着き、そのまま正面の扉前へ6人は立つ。6人のサイクスは既にAIによって部屋の宿泊者として登録されており、扉へ近付くとAIが自動的にサイクスを検出、波形などの特徴を照合し、開錠する仕組みとなっている。

 扉が開き、部屋へ入った6人は歓声を上げる。

「すごーー!!!!」
「めっちゃ広い!!!」

 萌は直ぐに窓の方へ向かい、外の景色を眺める。時間は19時を過ぎ、正に日が海に吸い込まれようとしていた。青く美しい海と太陽の光が融合していく様子は幻想的な様相を呈している。

「何かございましたら2人のアンドロイド、AIまたはフロントにお電話下さい。それではごゆっくりお過ごし下さいませ」

 そう言うとホテルスタッフは一礼し、部屋を後にする。

 瑞希は個室に入るとその広さに驚く。

「(この部屋だけで宿泊には十分じゃん……)」

 瑞希は荷物を確認して羽織り物を脱ぎ、ハンガーにかける。その後、到着したことを報告する為に自宅に連絡し、既に仕事を終えて帰宅している愛香と翔子と会話を交わす。ホログラムに映る2人は無事に到着したことに安堵すると共に楽しそうに話す瑞希を愛おしそうに眺めている。

 6人が各々の時間をしばらく過ごした後、萌が号令をかける。
 呼ばれるままに瑞希は広間に行くと他の5人は全員既に集まっている。

「皆んなで一緒にお風呂に入ろう!」

 萌はそう言うと「おー!」と右手を真上に掲げる。

#####

 福岡県第2地区は合計で13の駅があり、ホテルオーキは5番駅・5番街第1セクターに建設されている。そこから4駅先にある9番街第3セクターは夜の繁華街として知られ、昔の地名にちなんで『中洲』と呼ばれる。

––––キャバクラ店"ELLA"

 "ELLA"はこの地域で最も人気なキャバクラ店の1つだが今日は営業を休止し、経営する男が独占している。 
 レザーパンツに胸の開けたTシャツにデニムジャケットを羽織る1人の男が取り巻きと共にソファーに両手を広げて腰掛け、左右には女を抱き寄せている。

「やっぱ皆んな可愛いなぁ〜」

 首からジャラジャラとかけているネックレスを揺らしながら女性店員に声をかけている。

「近藤さん! 今回も大金が入りましたよ!」

 1人の若い男がこの女たちを(はべ)らせている男、キャバクラ店の経営者である近藤(こんどう) 勇樹(ゆうき)に声をかける。近藤は溜め息をつくと目の前のボトルに入っている酒を一気に飲み干し、手のひらを若い男にかざすとその男は勢いよく吹き飛ばされる。

「オメェ、空気読めよ。今ねーちゃんたちと楽しんどるのが分からんのかって」

 吹き飛ばされた男は壁に叩きつけられて気を失っている。

「ちょっとぉ〜、勇樹さん部下には優しくせんとよ〜? こんなんしとって良いと〜?」

 女が近藤の胸板を突きながら尋ねる。

「言うてね、皆んなやりよるけん」

 近藤は女の太ももをさすりながら答える。

 34歳の近藤勇樹はここ最近急激に力をつけた新興勢力"近藤組"の組長である。海洋調査を名目として漁獲を禁止されている海洋生物を闇市で売り捌いて利益を得ており、問題視されている集団である。
 ホテルオーキが建設された周辺を主な活動場所としており、新たにオープンすることによって人が多く集まってしまうことや監視が増えることを懸念しており、疎ましく思っている。

「(まぁ良いさ……いざとなれば俺には最強の超能力(ちから)があるけんな)」

 近藤は一瞬不敵な笑みを浮かべた後に再び女たちと共に夜を明かした。



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