番外編②-29 – 悲劇の香辛料
文字数 2,196文字
「(こいつなら分かってくれるかもしれない)」
内倉は瀧を見ながら本来ならば有り得ない感情が心の底から湧き上がる。戦闘時間はほんの僅か、自分の完敗と言っていい。瀧とも初対面で言葉を交わした時間もほぼ皆無。
––––では何故?
その感情と共に湧き上がった感情は、何故初めて出会った、自分よりも一回りも歳下の若者に話をしようという気になったのかという疑問とその様子を嘲笑う自分。
それぞれ異なる感情を内包する自分に困惑を覚える一方で、瀧に対して言葉を紡ぐ自分は冷静そのものである。
「お前、後天性超能力者の苦労、分かるか?」
内倉の質問に対して咄嗟に頭に浮かんだのは同僚の月島愛香の車椅子姿。4年前の両親殺害事件を機に非超能力者であった彼女は後天的にサイクスが出現した。その代償として下半身不随を患い、不便な生活を余儀なくされている。
「あぁ。身近にいるもんでね」
内倉は瀧が愛香と同僚であることを理解し、「なるほどな」と呟きそのまま話を続ける。
「俺には妹がいる」
そこから内倉は自身の過去について話し始める。
内倉祥一郎は47年前、東京都第10地区で生を受ける。そして彼は4歳下の妹、莉緒 を持つ。
東京都第10地区は様々な日本環境保全団体が一丸となって一部地域を除いた大部分を『環境保全地域』として日本政府が登録し、『発展した科学技術とサイクスを利用した超能力の融合した現代社会から隔絶した、地球の本来あるべき姿を体現する』というある意味現代日本から独立した地域を形成している。
こうした地域は出稼ぎや超能力の利用に対して厳しい目を向けられ、それ故に経済的に芳しくない状況に直面している。
その第10地区の中でも内倉は比較的に科学技術とサイクスの利用に寛容な地域の出身で上記の地域よりもいくらか裕福な暮らしが可能で、第10地区から出て働くことにも理解を示す住民たちに囲まれて育った。
祥一郎は膨大なサイクス量から第10地区にある第5特別教育機関に入学、一方で莉緒は非超能力者として育つ。2人は家族からも平等に愛され、友人との関係も良好で一見幸せな毎日を送っていたかのように見えた。
––––齢16歳、莉緒はサイクスが発現し、後天性超能力者となった
原因は彼女の心を蝕 んだ負の連鎖。
祥一郎はただの超能力者ではなく、その膨大なサイクス量から特別教育機関へと入学し、その才能を遺憾なく発揮、第十地区高等学校を経て第四地区大学へと入学した。
対して莉緒は超能力を持たず、成績も中位と平凡な暮らしを送っていた。兄の出来がなければそこから綻びが生じることは無かったであろうものの、そのあまりの差に徐々に劣等感が募っていった。
また幼い頃はよく2人でコミュニケーションを取っていたものの、祥一郎の多忙さが増していくに従って兄妹の関係は徐々に希薄なものへと変化していった。
「お兄ちゃん……」
莉緒は申し訳なさそうな表情を浮かべながらPCの前で作業を行っている祥一郎に声をかける。
「莉緒、すまない。大学のレポートの締め切りが迫ってるんだ、また今度にしてくれるか?」
祥一郎は妹の顔を見向きもせず、ひたすらにPC画面やARによって映し出されるデータを見ながら答える。
「うん、ごめんね」
莉緒の少し寂しげな表情にも気付かぬほどに追い込まれていた祥一郎は返事をせずにVRヘッドギアを装着して完全に1人の世界へと入り込んだ。
莉緒にとって優秀な兄は自慢であった。自分には無い才能を持ち、また、それを懸命に発揮するその姿に憧れを抱く幼少時代を過ごしていた。その関係は良好そのもの。
しかし、月日が経つにつれて祥一郎は優秀であるが故に膨大な課題が課せられ、それをこなすことに時間を取られてしまう。その様子が兄との圧倒的な差を痛感するキッカケとなった。
更に内倉家に悲劇が襲う。
2人の父、祥吾 が出張先で交通事故のために命を落とす。これにより内倉家は稼ぎ頭を失い、祥一郎は大学の中退を余儀なくされる。
祥一郎は大学を中退した後、たった1人の妹と、夫を失ったことで心身に異常をきたした母・莉嘉子 の生活のために直ちに就職した。
未だ16歳で義務教育の最中であり、仕方がないことではあると自覚しながらも家族の力になれず、才能ある兄の足枷となってしまっている自分。父を失ったことへのショックと母の変わり果てた姿。思春期特有の将来への不安。
これら複雑な状況を友人に相談することはできず、また、兄にこれ以上の負担をかけることは避けて莉緒は1人で行き場のない感情を抱え込んだ。
その重過ぎる負の連鎖は16歳の少女の心を破壊するまでにそこまでの時間を必要としなかった。
内倉莉緒は突如、膨大なサイクスを発現する。その量は彼女がコントロールできる許容範囲を大幅に超え、その固有の超能力の強力さも相まって大きな代償を支払うこととなる。
内倉莉緒は精神刺激型超能力者となり、自身の負の感情を内包したサイクスを取り出し、それを他人に移す超能力、"悲劇の香辛料 "。
その超能力と発現した膨大なサイクスの代償として内倉莉緒は常に輸血状態を強いられる身体となり、大量の血液を必要とした。
つまり、内倉祥一郎の超能力・"俺の血となり肉となれ "には血液の採取を発動条件として課されていない。
––––彼はただ1人、妹のために
内倉は瀧を見ながら本来ならば有り得ない感情が心の底から湧き上がる。戦闘時間はほんの僅か、自分の完敗と言っていい。瀧とも初対面で言葉を交わした時間もほぼ皆無。
––––では何故?
その感情と共に湧き上がった感情は、何故初めて出会った、自分よりも一回りも歳下の若者に話をしようという気になったのかという疑問とその様子を嘲笑う自分。
それぞれ異なる感情を内包する自分に困惑を覚える一方で、瀧に対して言葉を紡ぐ自分は冷静そのものである。
「お前、後天性超能力者の苦労、分かるか?」
内倉の質問に対して咄嗟に頭に浮かんだのは同僚の月島愛香の車椅子姿。4年前の両親殺害事件を機に非超能力者であった彼女は後天的にサイクスが出現した。その代償として下半身不随を患い、不便な生活を余儀なくされている。
「あぁ。身近にいるもんでね」
内倉は瀧が愛香と同僚であることを理解し、「なるほどな」と呟きそのまま話を続ける。
「俺には妹がいる」
そこから内倉は自身の過去について話し始める。
内倉祥一郎は47年前、東京都第10地区で生を受ける。そして彼は4歳下の妹、
東京都第10地区は様々な日本環境保全団体が一丸となって一部地域を除いた大部分を『環境保全地域』として日本政府が登録し、『発展した科学技術とサイクスを利用した超能力の融合した現代社会から隔絶した、地球の本来あるべき姿を体現する』というある意味現代日本から独立した地域を形成している。
こうした地域は出稼ぎや超能力の利用に対して厳しい目を向けられ、それ故に経済的に芳しくない状況に直面している。
その第10地区の中でも内倉は比較的に科学技術とサイクスの利用に寛容な地域の出身で上記の地域よりもいくらか裕福な暮らしが可能で、第10地区から出て働くことにも理解を示す住民たちに囲まれて育った。
祥一郎は膨大なサイクス量から第10地区にある第5特別教育機関に入学、一方で莉緒は非超能力者として育つ。2人は家族からも平等に愛され、友人との関係も良好で一見幸せな毎日を送っていたかのように見えた。
––––齢16歳、莉緒はサイクスが発現し、後天性超能力者となった
原因は彼女の心を
祥一郎はただの超能力者ではなく、その膨大なサイクス量から特別教育機関へと入学し、その才能を遺憾なく発揮、第十地区高等学校を経て第四地区大学へと入学した。
対して莉緒は超能力を持たず、成績も中位と平凡な暮らしを送っていた。兄の出来がなければそこから綻びが生じることは無かったであろうものの、そのあまりの差に徐々に劣等感が募っていった。
また幼い頃はよく2人でコミュニケーションを取っていたものの、祥一郎の多忙さが増していくに従って兄妹の関係は徐々に希薄なものへと変化していった。
「お兄ちゃん……」
莉緒は申し訳なさそうな表情を浮かべながらPCの前で作業を行っている祥一郎に声をかける。
「莉緒、すまない。大学のレポートの締め切りが迫ってるんだ、また今度にしてくれるか?」
祥一郎は妹の顔を見向きもせず、ひたすらにPC画面やARによって映し出されるデータを見ながら答える。
「うん、ごめんね」
莉緒の少し寂しげな表情にも気付かぬほどに追い込まれていた祥一郎は返事をせずにVRヘッドギアを装着して完全に1人の世界へと入り込んだ。
莉緒にとって優秀な兄は自慢であった。自分には無い才能を持ち、また、それを懸命に発揮するその姿に憧れを抱く幼少時代を過ごしていた。その関係は良好そのもの。
しかし、月日が経つにつれて祥一郎は優秀であるが故に膨大な課題が課せられ、それをこなすことに時間を取られてしまう。その様子が兄との圧倒的な差を痛感するキッカケとなった。
更に内倉家に悲劇が襲う。
2人の父、
祥一郎は大学を中退した後、たった1人の妹と、夫を失ったことで心身に異常をきたした母・
未だ16歳で義務教育の最中であり、仕方がないことではあると自覚しながらも家族の力になれず、才能ある兄の足枷となってしまっている自分。父を失ったことへのショックと母の変わり果てた姿。思春期特有の将来への不安。
これら複雑な状況を友人に相談することはできず、また、兄にこれ以上の負担をかけることは避けて莉緒は1人で行き場のない感情を抱え込んだ。
その重過ぎる負の連鎖は16歳の少女の心を破壊するまでにそこまでの時間を必要としなかった。
内倉莉緒は突如、膨大なサイクスを発現する。その量は彼女がコントロールできる許容範囲を大幅に超え、その固有の超能力の強力さも相まって大きな代償を支払うこととなる。
内倉莉緒は精神刺激型超能力者となり、自身の負の感情を内包したサイクスを取り出し、それを他人に移す超能力、"
その超能力と発現した膨大なサイクスの代償として内倉莉緒は常に輸血状態を強いられる身体となり、大量の血液を必要とした。
つまり、内倉祥一郎の超能力・"
––––彼はただ1人、妹のために