第105話 - 覚醒維持

文字数 2,898文字

 ()くして福岡県における4大反社会勢力に次ぐ新興勢力『近藤組』による絶滅危惧種の密漁、女子高生2名の誘拐及び暴行、公務執行妨害、その他暴力行為は百道コンテナターミナルにて不協の十二音・JESTERの介入による近藤組のリーダー・近藤勇樹の惨殺を持って一応の終結を迎えた。

 花はJESTERが姿を消した直後、福岡県警に要請して百道浜、百道コンテナターミナル、百道船着き場を全面封鎖し、警察関係者以外の立ち入りを固く禁じた。

「町田……」

 意識を失っていた4人の内、最も早く目を覚ました田川(たがわ) 太志(ふとし)は同期である町田(まちだ) 礼司(れいじ)の胴体と首を切り離された遺体の前で1人膝をついて号泣する。

「お前の家族は俺に任せてゆっくり休んでくれ……。馬鹿野郎……」

 田川はそれまで超能力者による凶悪犯罪事件に対して積極的に関わることを避けてきた。それは自身のサイクスがそこまで多くなく、才能が無いと諦めていた事に起因する。そもそも今回の事件においてもなるべく身の安全を優先し、指示された時以外には介入しないことを決めていた。

 しかし、自分より半分以上も歳下である霧島和人の奮闘や月島瑞希の潜在能力、非戦闘要員でありながらも事件解決に最も貢献した徳田花の活躍を目の当たりにして徐々に意識に変化が生じた。

 そして同期の死

 これらは田川に自身の責務を見直すのに十分な出来事として心の奥底に深く刻まれ、後に自ら"TRACKERS"に立候補して九州支部へと配属されるきっかけとなった。
 その際には長年連れ添った妻、愛する3人の子供たちと決別するほどの覚悟を示し、市民を守ることを固く誓った。

 仁は瑞希を横向きに抱きかかえ、両腕でそれぞれ胴体と脚部分を支えて持ち上げる、横抱き (お姫様抱っこの形) の状態で運ぶ。

「私が代わりましょうか?」

 その後ろ姿を見ながら柳が声をかける。

「いや、ワシが運ぶ」

 仁は穏やかに答え、そのまま続ける。

「この子が眠っている時にしか安心して触れられないのが何とも言い難い」
「……」

 仁の意味深な言葉に鈴村も柳も沈黙を貫く。仁は先ほどまでとは打って変わって優しい、祖父の顔を浮かべながら静かに眠る瑞希を愛おしそうに眺める。

「似てますね」

 不意に出してしまった言葉に柳は一瞬後悔し、鈴村はそれを横目で見る。

「……何にだ?」

 仁の問いに対して一瞬の間を置いた後に意を決して柳が続ける。

「瞳さんに……です」

 仁は少し息を吐いた後に答える。

「そりゃあ、瞳の娘なんじゃ。似て当たり前じゃろ」

––––これ以上はいけない

 そう自制心が働いている中でも柳は言葉を止めることが出来なかった。

「そうではなくて……。その姿、そのサイクス……。まるで生き写……」
「黙れ」

 仁は2人に背中を向けたまま、少し語気を強めて言い放った。

「……瞳はもういない。みずは……瑞希は瑞希だ。他の何者でもない」

––––それはどちらの意味ですか?

 そう問いを投げかけようとした鈴村に柳は左手を伸ばして静止し、仁に謝罪する。

「申し訳ありません。忘れて下さい」

 仁は尚も背を向けたままコクリと頷いてそのまま直進し、現場の警察官に指示を出している花の元へと向かう。

「まだ名を聞いていなかったの」

 仁は瑞希を到着した救急車のストレッチャーにそっと乗せながら花に尋ねる。

「徳田花と申します。吉塚さん、今回の件、ご協力感謝しております。そしてお孫さんを危険な目に遭わせてしまったこと、お詫び申し上げます」

 仁は右手を左右に振りながら穏やかに笑い、「気にしなくて良いぞ」と答えた。続いて隣にいる和人に目をやる。

「若いの、名前は何と言うんじゃ?」

 和人は少し緊張気味に返答する。

「霧島和人です」

 仁は名前を聞いた後に「霧島……」と小さく呟いた後に尋ねる。

「その若さで覚醒経験済みか。サイクスの力強さといい、その名字といい、もしかすると霧島浩三の孫かの?」

 和人がコクリと頷いたのを見て仁は愉快そうに笑うと昔を懐かしむような表情を浮かべて嬉しそうに言葉を続ける。

「そうか、そうか。あのジジィはまだ若いのをいじめとるんかのォ? ホッホッホ、また喧嘩しようと伝えとってくれ」

 和人は少し笑いながら「伝えておきます」と返す。

「ところで……お主、みずと付き合っとるんか?」

 その言葉に柳は「まっ」と両手で顔を覆いながら大袈裟に反応する。和人は少しだけ照れながらも「いいえ」と即答する。

「そうか……。命拾いしたの。死傷者が1人増えるところだったわい」

 苦笑いしている和人を横目に仁は「冗談じゃよ」とイタズラっぽく笑う。

 数台の救急車が到着し、瑞希、結衣、萌が搬送される様子を花は眺めながら仁に近付いて疑問を投げかける。

「吉塚さん、瑞希は……一体どんな状態なのかお分かりですか? 私は彼女の、他人の超能力を複写(コピー)する超能力が発現した際に第一覚醒が起こったと思っていました。でもそれ以降も成長の枠を越えたサイクスの増大が続いていて……。第二覚醒は起こっていないので第三覚醒の可能性は無いと思うのですが」

 仁は心無しか遠くを見ながら右手人差し指で頭をポリポリと掻きながら答える。

「あれは……覚醒維持という状態じゃな」

 花は聞き覚えのない言葉に少し困惑しつつ聞き返す。

「覚醒維持っていうのは何ですか?」

 仁はゆっくりと返答を始める。

「覚醒維持は覚醒する際、その者のサイクスがとんでもなく多くて身体が耐え切れないと判断した場合に反射的に完全停止または少しずつサイクスを増やすことにシフトするんじゃよ。あの子の場合は成長期によるサイクスの増加も同時に進行しているがの」
「そんなことがあるんですね。知識不足でした」

 仁は少しだけ間を空けて答える。

「覚醒維持は……起こることはほぼ無い。ワシも目の当たりにするのは二例目じゃよ。歳の差じゃ」

 花は「膨大なサイクス量に覚醒維持……」と小声で呟いた後に瑞希の黒いサイクスと銀色に染まった髪の毛を思い返す。
 それと同時に3年前の潜入捜査で入手し、何者かの手によっていつの間にか消去されたほぼ中身の無い謎のファイル"P-G_case1"の中にあった単語を思い出していた。

「吉塚さん、『白銀の死神』について何かご存知ですか?」

 その場を去ろうとしていた仁は一瞬ピクリと反応し、答える。

「知らんな……。割と長く生きているがそんな単語は聞いたことが無い。厨二病かの?」

 と明らかにはぐらかした返答をする。花が何か言葉を発しようとしたのを背中で感じ取った仁は更に続ける。

「お嬢さん、何事も程々にな。でないと火傷するぞ」

 その言葉にはこれ以上この話題を長引かせないという意思が込められており、花もそれ以上の追及を止めた。

「ワシら用事があるからの。お(いとま)させてもらうぞ」

 仁は柳と鈴村を従えてその場から離れようとする。

「どちらへ? 瑞希さんの側にいてあげた方が……」

 花の問いに対して仁は笑顔で答える。

「ほっほ。目を覚ますのに少し時間かかるじゃろ。それに挨拶しに行くだけじゃよ」

 と告げ、花が何かを言いかけた時には3人の姿は消えていた。
 


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