第31話 - クラスマッチ④

文字数 2,742文字

「よっしゃ! まずとんでもルーキーアウトに出来たのは大きいぜ!」

 森が力強くガッツポーズし、内野の選手たちとハイタッチを交わす。

「(ふん、森のボールは確かに力強かったけど捕球出来ない程のスピードでもパワーでもなかった。優秀な生徒なら余裕で捕るはず。ましてやあの子、特別教育機関卒でしょ? 騒がれ過ぎなんじゃない? あんな子、大したことないわ。政府も見る目がないのね)」

 樋口凛は味方選手たちと笑顔でハイタッチを交わしながら内心では瑞希のことを嘲っていた。

「(不意を突かれたとしてもあんなのに反応出来ないなんて"仕掛け"には一生気付かないわ。優勝は貰ったわ。あなたの特別扱いもこれで終わりよ)」

「瑞希ちゃん、ツキが無かったね。真後ろにいるなんて」

 応援している萌が隣の志乃に声をかける。

「そうだね。けど……瑞希なら最初のボール反応出来そうだったけど……」
「でも突然ボールが方向転換したし……想定してなかったんでしょ?」
「それを考慮してもよ」

 萌が少し間を置いてから意外な雰囲気を出しながら話す。

「え……もしかしてさっきの……クラスタオルの件?」
「かもね。サイクスって気持ちの問題が大きく左右するし」
「だとしたら……ちょっと可愛くない?」

 萌が少し笑いながら話す。

「萌、笑っちゃ駄目よ」
「いやいや志乃ちゃんも笑ってるよ!?」
「笑ってない」

 そう答える志乃も肩が小刻みに震えており笑いを堪えているのが見て取れる。

「瑞希ちゃんって一番有名な第一東京特別教育機関卒業、しかもその中の首席だしスラッとしてて雰囲気も少し大人っぽいのもあって皆んな勝手に話しかけ辛いって思ってるけど意外と私たちと同じ15歳の女の子なのかもね」
「いや、そうでしょ」
「家ではめちゃくちゃ甘えん坊だったりするかもね」

#####

「月島さん、ドンマイ」

 外野に移動してきた瑞希に田上が声をかける。

「うん……ありがとう……」

 瑞希は自分の不甲斐無さを恥じていた。

––––サイクスと意思は深く関連しているわ。

 花の言葉が瑞希の胸に響く。

「(クラスタオルの名前の件、動揺し過ぎた。それに不意も突かれたし……情けない……)」

「それでどのタイミングで内野に戻る?」
「えっ」

 不意に田上に言われ瑞希は驚く。

「戻るでしょ? 皆んなもそのつもりだよ。頼りにしてるんだから」
「……ありがとう」

「(そうか、しっかりしなきゃ)」

 田上の言葉と内野や応援するクラスメイトの目を見て自覚する。

 次の瞬間には瑞希は気持ちの切り替えに成功し、既に思考を始めていた。

 瑞希の体調不良を心配していた翔子はサイクスの安定を見て少し安堵した。

「(サイクスが安定し始めた……試合前に何かあったのかしら? アウトになって目が覚めた見たいね)」

 早い時間帯でアウトを取られるも、1年1組の士気は下がらない。

「まずアウト1個取るぜ」

 ボールを拾った矢野が声をかける。その様子を見ながら瑞希は整理を始める。

「(さっき明らかにボールの軌道が変わった。しかも正確に素早く)」

 矢野が投げたボールは3年男子の田平(たびら) 悠真(ゆうま)に当たり、そのまま外野へ転がる。田上がボールを広いサイドから内野へパスを送る。

「(考えられる可能性は2つ)」

 ①"超常現象(ポルターガイスト)"
 ②敵選手の超能力

「(事前に皆んなと話したけど①を実行するにはかなりの集中力と意思が必要。ボールを人にぶつけるという"害意"を込めるのは難しい技術とされていて学習範囲外。私たちみたいな特別教育機関出身でも困難。だからボールの方向転換は実質無いと思っていた。もし使える人がいるならこれは私の落ち度だ。でも使えるのは投げた5番の選手か……)」

 瑞希は5番を背負い、最初にボールを投げた森にちらっと視線を送った。
 
 アウトになった田平に対して3年4組チームは「ドンマイ!」と声をかけながら、ハイタッチや手を叩くなどして鼓舞し合っている。最後のクラスマッチということで3年生チームは気合いが入っている。
 瑞希はその様子を"目"を使って残留サイクスを観察する。残留サイクスは空気中にも残っており特定の人物が何か超能力を使用している場合、その残留サイクスは色濃く残る。

「(②の可能性は大いに有り得る。でも3年生の様子を見る限り発動条件を満たしているような怪しい動きがないし残留サイクスも別に変わった所はない。何かあれば対策の仕様があるんだけど……)」

 そこからボールの投げ合いが始まる。
 樋口が投げたボールがまたも方向転換し、井上の方へと向かう。

「(また曲がった!)」

 瑞希は驚きを隠せない。

「(さっき投げた選手と違う選手が投げた! こんな難しい技術が何人も出来るはずがない! 一体……)」

 瑞希は別の可能性について考えが及ぶ。

「(いやボールに"害意"を込めたんじゃなくて外野の選手に曲がるようにした? いやでも……)」

 瑞希の思考はこうだ。

 森がボールを投げた後、大久保に当たる直前に『外野の井上にボールが向かう』ように意思を込めた。
 
 しかしこれには問題点がある。

「(外野の1選手に向かうようにのみ意思を込めた場合、指示があやふや過ぎてボールがどう曲がるか、いつ曲がるのか、また身体のどこの部分にボールが向かうか捕球する選手は予想がつかない。具体的な意思を込めるにはボールスピードが速過ぎて間に合わない。投げる前に込めたとしても投げ出した瞬間からボールの軌道が外野の選手に向かっているはず。そもそも5番の選手は捕球して直ぐに投げたはず)」

 その時、別の思考がよぎる。

「(いや、外野の選手が超常現象(ポルターガイスト)を使っていたとしたら!?)」

 自分のアウトの瞬間を振り返る。

「(有り得る! 最初から外野の選手がボールを操っていたのか! そして2回とも外野に最初からいる3番の選手がボールを曲げた。初めから自分の元へボールが来るようにすればどこにボールが来るかも予測出来る。そして恐らくあの選手の"超常現象(ポルターガイスト)"が安定するからその役割を担っているんだ)」

 内野に残る自チームの選手は綾子と城島、3年4組は樋口、森、二宮(にのみや) (さくら)の3人。

 田上は審判に"シフト"を宣言、内野に戻る権限を瑞希に譲渡し、瑞希は内野へと戻った。

「お帰り、瑞希」
「何か分かったのか?」

 綾子と城島が瑞希に矢継ぎ早に尋ねる。

「多分。何にせよ、相手チームに内野に戻る権限を消化させないとね」
「おう」

 その様子を樋口が眺める。

「(さぁ、天才少女ちゃん、仕掛けには気付いたかしら?)」

「皆んな、後少しよ、頑張ろう!」

 樋口は内野に残る選手に声をかけ鼓舞し、不敵に笑った。

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