第37話 - クラスマッチ⑩
文字数 2,850文字
月島瑞希と上野菜々美
両者共に特別教育機関出身で前者は首席で卒業。後者はその幼馴染み。優秀な生徒が集まり、多くの特別教育機関出身の生徒が入学する東京第三地区高等学校においても2人の名は全校生徒に瞬く間に広まった。
そして起こった事件。
上野菜々美が多くの一般人を殺害していたこと、それを瑞希が止めたことは大きな衝撃を与えた。
––––"病みつき幸せ生活 "
瑞希の超能力は既に全校生徒に知れ渡っており、また、瑞希の"目"が残留サイクスを見ることが出来ることも同様である。故に樋口の計算された策略により男女混合超能力 ドッジボールでは3年4組に優勝を譲った。
上野菜々美の"病みつき幸せ生活 "も同じく知れ渡っており、その注射器を他人に打つことでその相手はサイクス量と運動能力が共に飛躍的に向上し、意のままに操られることも知られている。
「皆んなは私のことを信じてくれる?」
瑞希以外の選手たちは"病みつき幸せ生活 "を自分たちに打つことを瑞希が考えていることを瞬時に理解した。
世間を騒がせた元凶。それを注射されることへの恐怖は想像に難くない。
「私は……」
綾子が沈黙を破る。
「私は瑞希を信じる……!」
綾子が瑞希を見て笑いかける。その無邪気な笑顔が瑞希に安らぎを与える。
「私も!」
続いて志乃が、それに続いて他の選手たちも瑞希に信頼を寄せた。
タイムアウトを終え、選手たちがコートへと戻った時、1年1組の選手たちのサイクスが飛躍的に向上していた。
"病みつき幸せ生活 "は本来、菜々美が瑞希を支配する為に付与された超能力 でその底無しの"悪意"が菜々美のサイクスと呼応し、覚醒して生まれた超能力である。
"害意"のコントロールを身に付けていない瑞希にとってこの超能力を扱うことは本来は不可能。
しかし、瑞希はチームメイトから全幅の信頼を得たこと、そして菜々美自身がこの超能力に対して理解が不完全で、超能力自体も発展途上であったこと、そして菜々美との戦闘で発生した瑞希の身体の変化・"覚醒維持"がこの力を別の方法で使用することを可能とした。
本来とは異なる使い方である為にこの超能力 は限定的なものとなった。
まず、全選手の意識を奪い支配することは出来ず、それぞれ自分の判断で動かなければならない。これは他選手と同じく瑞希も全員に信頼を置いていることも関係する。
また、全選手のサイクス量や運動能力の向上は本来よりも劣る。そして瑞希自身への負担が大きくなった。
「(前半の最後、観察して分かったことがある)」
瑞希が冷静に状況を分析する。
「(どんなマジックを使ったのか分からないけど、樋口さんは目的地に特定の場所を指定することが出来るようになり、物体は瞬間移動出来るようになった。残留サイクスから判断して指定場所は4選手とバスケットボード。恐らくバスケットボードにも瞬間移動させることは可能だけど、それをせずに選手がシュートを打っているのは超能力を審判に正確に伝えていなかったことによる反則行為を警戒してのもの。瞬間移動に関しては運ぶスピードが速くなったという説明で何とか出来ると判断したのだろう)」
更に思考は続く。
「(目的地に着くまでにボールを奪うことは不可能となった。しかし、目的地が分かっていることが弱点であり続けていることに変わりはない。バスケットボードにボールが到達し、それがリングに入るまでの時間。ここを"病みつき幸せ生活 "によって皆んなの身体能力を向上させることで狙えるようにした。また、必ず人を経由することからも反応速度でスティールの可能性も残されている)」
瑞希に揺さぶられサイクスや精神が不安定になりながら尚も最善の一手を打ち続ける判断力。瑞希は素直に感嘆する。
「(何て人なんだ。そして周りの選手も! 各々がゴールへ瞬間移動させないでシュートを打つのも反則行為を警戒、シュートの正確性はうまく説明すれば良い。少しでも綻びを見せれば負ける!)」
試合が再開されてから一進一退の攻防が続く。
1年1組の選手たちも自らの判断でプレーを始める。
タイムアウトの間、瑞希は全員に樋口の残留サイクスの量が他4選手から減少していたことを告げていた。
「瑞希ちゃん、パス!」
「!!」
瑞希はこれまでバスケ経験のない萌がパスを要求することはほぼ無かった為に少し驚くが勢いでパスを回す。
「(瑞希ちゃんはゴールに目的地が設定されたことに警戒してたけどその分、他選手の共有していた樋口さんのサイクスが減ったってことは……)」
そのままパスを回し始める。
「(当初の予定通り24秒ルールっての利用すればより効果的ってことでしょ!?)」
瑞希を含め、他の選手たちも萌の意図を理解し、パス回しを始める。"病みつき幸せ生活 "によって向上された身体能力とサイクス量は目にも留まらぬ高速のパス回しを可能とした。
「(時間稼ぎなんてさせるか!)」
このプレーが再び樋口の精神を揺さぶる。ムキになった樋口のプレーはサイクスの消費をより一層早めた。
残り1分。
樋口の足が止まり、共有されていたサイクスが樋口の元へ戻る。
「(足が……動かな……)」
地面に手をつき顔を上げた瞬間、1人の少女が空を舞う。
樋口の目にはその少女がまるでフレア現象にあっているかの如くぼやけて見える。
「(黒い太陽……?)」
それは太陽とは真逆に黒く、しかし美しく輝く。
「(あぁ……この子より私が上だなんてそんなこと絶対に有り得なかったんだ……)」
瑞希は既にp-Phoneを解除していた。
"病みつき幸せ生活 "による消耗を抑えてサイクス切れを防ぐ為であったが、その瑞希本来の圧倒的なサイクス量は樋口の心を折るのに十分だった。
瑞希の手から放たれたボールは虹を描き、3年4組のゴールを陥れた。
「スリー!!!」
––––最終スコア 47 − 31
「女子超能力 バスケットボール、優勝は1年1組!」
会場は湧き上がり、1年1組は歓喜した。
「(負けた……この私が……)」
瑞希がうなだれる樋口に近付く。
「樋口先輩、ありがとうございました! 昨日のドッジボールといい、とても勉強になりました! 楽しかった!」
「……は……?」
「樋口先輩の超能力は勿論、それを最大限引き出す為のあらゆる戦略。凄かったです。私たちも常に全力を出し切らないとそのまま飲み込まれていました」
「そう……」
予想外の相手からの賞賛。
「(あぁ……この子の本当の強さは素直に相手のことを認められることなのか……)」
樋口は差し出された白く細い、しかし自信に溢れたしっかりとした手を掴む。
「ありがとう」
––––瞬間、意思を持ったサイクスが樋口の残り僅かなサイクスに襲いかかる。
両者共に特別教育機関出身で前者は首席で卒業。後者はその幼馴染み。優秀な生徒が集まり、多くの特別教育機関出身の生徒が入学する東京第三地区高等学校においても2人の名は全校生徒に瞬く間に広まった。
そして起こった事件。
上野菜々美が多くの一般人を殺害していたこと、それを瑞希が止めたことは大きな衝撃を与えた。
––––"
瑞希の超能力は既に全校生徒に知れ渡っており、また、瑞希の"目"が残留サイクスを見ることが出来ることも同様である。故に樋口の計算された策略により男女混合
上野菜々美の"
「皆んなは私のことを信じてくれる?」
瑞希以外の選手たちは"
世間を騒がせた元凶。それを注射されることへの恐怖は想像に難くない。
「私は……」
綾子が沈黙を破る。
「私は瑞希を信じる……!」
綾子が瑞希を見て笑いかける。その無邪気な笑顔が瑞希に安らぎを与える。
「私も!」
続いて志乃が、それに続いて他の選手たちも瑞希に信頼を寄せた。
タイムアウトを終え、選手たちがコートへと戻った時、1年1組の選手たちのサイクスが飛躍的に向上していた。
"
"害意"のコントロールを身に付けていない瑞希にとってこの超能力を扱うことは本来は不可能。
しかし、瑞希はチームメイトから全幅の信頼を得たこと、そして菜々美自身がこの超能力に対して理解が不完全で、超能力自体も発展途上であったこと、そして菜々美との戦闘で発生した瑞希の身体の変化・"覚醒維持"がこの力を別の方法で使用することを可能とした。
本来とは異なる使い方である為にこの
まず、全選手の意識を奪い支配することは出来ず、それぞれ自分の判断で動かなければならない。これは他選手と同じく瑞希も全員に信頼を置いていることも関係する。
また、全選手のサイクス量や運動能力の向上は本来よりも劣る。そして瑞希自身への負担が大きくなった。
「(前半の最後、観察して分かったことがある)」
瑞希が冷静に状況を分析する。
「(どんなマジックを使ったのか分からないけど、樋口さんは目的地に特定の場所を指定することが出来るようになり、物体は瞬間移動出来るようになった。残留サイクスから判断して指定場所は4選手とバスケットボード。恐らくバスケットボードにも瞬間移動させることは可能だけど、それをせずに選手がシュートを打っているのは超能力を審判に正確に伝えていなかったことによる反則行為を警戒してのもの。瞬間移動に関しては運ぶスピードが速くなったという説明で何とか出来ると判断したのだろう)」
更に思考は続く。
「(目的地に着くまでにボールを奪うことは不可能となった。しかし、目的地が分かっていることが弱点であり続けていることに変わりはない。バスケットボードにボールが到達し、それがリングに入るまでの時間。ここを"
瑞希に揺さぶられサイクスや精神が不安定になりながら尚も最善の一手を打ち続ける判断力。瑞希は素直に感嘆する。
「(何て人なんだ。そして周りの選手も! 各々がゴールへ瞬間移動させないでシュートを打つのも反則行為を警戒、シュートの正確性はうまく説明すれば良い。少しでも綻びを見せれば負ける!)」
試合が再開されてから一進一退の攻防が続く。
1年1組の選手たちも自らの判断でプレーを始める。
タイムアウトの間、瑞希は全員に樋口の残留サイクスの量が他4選手から減少していたことを告げていた。
「瑞希ちゃん、パス!」
「!!」
瑞希はこれまでバスケ経験のない萌がパスを要求することはほぼ無かった為に少し驚くが勢いでパスを回す。
「(瑞希ちゃんはゴールに目的地が設定されたことに警戒してたけどその分、他選手の共有していた樋口さんのサイクスが減ったってことは……)」
そのままパスを回し始める。
「(当初の予定通り24秒ルールっての利用すればより効果的ってことでしょ!?)」
瑞希を含め、他の選手たちも萌の意図を理解し、パス回しを始める。"
「(時間稼ぎなんてさせるか!)」
このプレーが再び樋口の精神を揺さぶる。ムキになった樋口のプレーはサイクスの消費をより一層早めた。
残り1分。
樋口の足が止まり、共有されていたサイクスが樋口の元へ戻る。
「(足が……動かな……)」
地面に手をつき顔を上げた瞬間、1人の少女が空を舞う。
樋口の目にはその少女がまるでフレア現象にあっているかの如くぼやけて見える。
「(黒い太陽……?)」
それは太陽とは真逆に黒く、しかし美しく輝く。
「(あぁ……この子より私が上だなんてそんなこと絶対に有り得なかったんだ……)」
瑞希は既にp-Phoneを解除していた。
"
瑞希の手から放たれたボールは虹を描き、3年4組のゴールを陥れた。
「スリー!!!」
––––最終スコア 47 − 31
「女子
会場は湧き上がり、1年1組は歓喜した。
「(負けた……この私が……)」
瑞希がうなだれる樋口に近付く。
「樋口先輩、ありがとうございました! 昨日のドッジボールといい、とても勉強になりました! 楽しかった!」
「……は……?」
「樋口先輩の超能力は勿論、それを最大限引き出す為のあらゆる戦略。凄かったです。私たちも常に全力を出し切らないとそのまま飲み込まれていました」
「そう……」
予想外の相手からの賞賛。
「(あぁ……この子の本当の強さは素直に相手のことを認められることなのか……)」
樋口は差し出された白く細い、しかし自信に溢れたしっかりとした手を掴む。
「ありがとう」
––––瞬間、意思を持ったサイクスが樋口の残り僅かなサイクスに襲いかかる。