第128話 - 多数決

文字数 2,963文字

––––ズズズズ……

 葉山が呼び出した"暗黒の解剖室(シャドウ・シアター)"の中には身体を細かく刻まれた内倉祥一郎が封じ込められている。ただ、内倉の頭部だけはそのまま残されており、絶望に満ちた表情で部屋を見渡す。

「細かくなったな、GOLEM」

 ここで初めて白髪の男、"SHUFFLE(シャッフル)"が口を開く。

 SHUFFLEの着ける継ぎ()ぎの仮面は斜めに顔を大きく断つ縫い目、その鼻筋の中央付近から別の縫い目が頬を通る。鼻先から上唇までの人中部位にも真っ直ぐ縫い目が通り、口は大きく糸で縫われたデザインとなっている。

 そのしゃがれた声は明らかに十二音の他のメンバーよりも年長であると予想できる。目の部分の穴からはグレーの瞳が覗き、変わり果てた姿の内倉の肉体をじっくりと見ている。

「若者ばっかりになって悲しい? SHUFFLE。仲間外れになんてしないから安心して。あ、JACKも」

 QUEENはSHUFFLEと少し年齢が上であるのか、JACKに対して猫なで声であやすようにして話しかける。

「ふん、ここには物珍しい者たちしかいないだろう。人間か怪しい者もいるしな」

 SHUFFLEはMOONの隣に座り、長い美しい髪の毛を束ねた女の方を見る。その女の仮面はMOONと似たデザインであるが、MOONの仮面のように一部が欠けていないフルフェイスで満月のデザインとなっている。

「……」

 女は全くの無反応で微動だにせず正面だけを見つめている。女の名は"MADONNA(マドンナ)"。彼女とMOONは先ほどから繰り広げられている会話には全く参加せず静かに正面を見つめているだけである。

「相変わらず不思議な超能力(ちから)だねぇ〜」

 JOKERが話の流れを断ち切って葉山に声をかける。DOCは「皆んなマイペースだなぁ〜」と呟き、机の上に突っ伏してつまらなそうに携帯をいじり始める。

「えぇ、GOLEMさんを解剖した世界線の"並行世界(ヌブル)"から持ってきました」
「便利だね〜」

 JOKERと葉山は世間話をしているかのように軽やかに会話を交わす。

 葉山の創り出す"並行世界(ヌブル)"は無数に存在する。そして葉山は別の"並行世界(ヌブル)"を自由に接続することができる。しかし、その世界へと入る人数は最初に設定した人数のみのため、新たに"並行世界(ヌブル)"を創出し、内倉を別世界から持ち出す選択をした。
 因みに葉山は『内倉を解剖した"並行世界(ヌブル)"』へと移動することは可能だが、"予測と結果の狭間で(オルタナティヴ・ユニヴァース)"を発動せずに"並行世界(ヌブル)"を創出したために"持ち曲(レパートリー)"を使用することはできない。

「さて、本題ですが……」

 葉山が両手をパンッと勢いよく叩き、全員の注目を集める。

「こちらGOLEMさん、我々"不協の十二音"を脱退したいそうです。そこで皆さんの中で反対の方はいらっしゃいますか? 挙手をお願いします。あ、あと理由もお教え下さると非常に助かります」

 葉山は明るい声で全員に問いかける。

 その場にいる者たちは誰一人として手を挙げることをせず、沈黙が流れる。その様子を見て葉山は弾け飛ぶような笑顔で内倉の方を振り向いて話しかける。

「良かったじゃあないですか、GOLEMさん! 皆さん脱退に賛成して下さいましたよ!」

 内倉は葉山のその無邪気の笑顔がより恐怖を掻き立て、少し呼吸が早くなる。

「そんな事のために呼び出したのか?」

 JACKは少し呆れた声の調子で葉山に尋ねる。

「そんな事じゃありませんよ、JACKさん! もし僕の一存で決めてしまってGOLEMさんの脱退に反対の方がいらっしゃったら、その方の意見に耳を傾けられないじゃあないですか! 多数決の原理は民主主義における構成原理ですが、だからと言って少数派の意見を聞かないというのは暴挙に等しい行為です!」

 「何を大袈裟な」とJESTERが呟く中、JACKはイラつきを隠さずに葉山に告げる。

「ここに政治家ごっこを持ち込むのはやめろ、MAESTRO」

 葉山は少し笑いながらJACKに告げる。

「いや〜日頃の癖がついね。でも僕がこのポジションにいることで退屈はしなくなってきたでしょ? ねぇ、JOKERさん?」

 JOKERは「ククク」と笑いながら軽く頷く。

「さてと、僕らは基本的に個人行動、暇つぶしのために、そして気紛れに世の中に出ては迷惑をかけて(遊んで)いますが……」

 葉山は少しだけ真剣味を増した表情で全員に話しかける。

「もっと楽しくなるように世の中の人たちを超能力者にしたいと考えています」

 葉山は1度言葉を切り、マスクを着けた面々を見渡す。

「基本的にここの皆さんは戦闘狂ですからねぇ〜。その方法を探るのに僕の恩師である『月島瞳教授』のサイクス遺伝学が鍵を握ると思っています。何故ならあれだけ膨大なサイクスを持った彼女の長女・愛香さんが後天性だったとはいえ非超能力者として生を受けたのですから。更に……」

 葉山はJOKERとQUEENの方を見てニコッと笑った後に更に言葉を続ける。

「覚醒者に関しても科学的アプローチが可能だと考えています。そちらの方がより楽しくなりそうじゃあないですか?」

 葉山は机に備え付けられているキーボードをいじった後に中央から白井康介の映像と東京都第10地区のマップを表示する。

「皆さんもよくご存知、覚醒者に関する人体実験。それについても探りを入れております。まぁそのために管理委員会に入って白井さんと接触できるようにしたのですが」

 葉山はJESTER、DOC、MOON、SHUFFLEの方を見ながら続ける。

「残念ながらまだまだ資料が足りませんが、僕らも独自に研究をしています。サンプルが沢山必要なので皆さんに覚醒者となりそうな方々をマークして頂いております。近藤さんもその一貫だったのですが……」

 ここで葉山は再び内倉の方を見る。

「さてGOLEMさん、あなたは晴れて十二音を脱退されました、改めておめでとうごいざいます」

 葉山は内倉に祝福の言葉をかけた後に不気味な笑みを浮かべる。その笑みは内倉だけでなくその場にいる十二音全員をも戦慄させる。

「今、言及しましたが僕らサンプルが必要なんですよ、覚醒者に関して。GOLEMさん、第一・第二覚醒を経験していらっしゃいますよね?」

 内倉の呼吸が更に早くなり、過呼吸気味になる。

「安心して下さい、GOLEMさん。あなたの遺志は僕らが継ぎますよ。それと……」

 葉山は少し言葉を切った後に次の言葉を続ける。

「あなたが守ろうとした月島瑞希さんも大事にしますよ。彼女にはまた別にやってもらわないといけないことがありますから」

 そう告げた後、葉山はメスを取り出して内倉の脳と心臓、そしてそれを繋ぐ血管を取り出す。その様子を見てDOCは"玩具修理工(プラモデル・リペアラー)"を発動して内倉の取り出された臓器をプラモデル化。小さな容器の中に入れて保存する。

「さてと、それじゃあ今度は松下さんの方へと話題を移しましょうか」

 葉山は今行われた残酷な行為にも何事も無かったかのように笑顔を崩さず淡々と話を続け、次の話題へと皆を促した。



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