番外編②-32 – 縛り

文字数 3,105文字

「("赤いミサ(ロート・メス)"の発動条件は満たさなかったな)」

 内倉も例外なくMOONの超能力・"赤いミサ(ロート・メス)"による影響下にある。それはつまり"仮宿(ホスチア)"を取り込み、条件が揃った時に"お目付け役(パロディ)"がその対象者を乗っ取るものである。

 "赤いミサ(ロート・メス)"には2つの超能力が存在する。

 先の藤村との戦闘に敗北し、自ら死を選んだSHADOW。その際、自動的にMOONの姿を模した"お目付け役(パロディ)"が出現し、その死体を持ち去った。
 つまり1つ目は、"仮宿(ホスチア)"を取り込んだ対象が死に至った場合に"お目付け役(パロディ)"がその死体を回収しに現れる。

 そしてもう1つの超能力はこのDEED制圧及びGOLEM、SHADOWとの戦闘のあった2日後の19日、愛香と玲奈が上野菜々美と面会を行った直後に起こる。
 教育指導員の柚木くるみは死亡していないにも関わらず"お目付け役(パロディ)"に身体を乗っ取られた。(本編第121話 – 怪物より)

 対象者を生きたまま乗っ取るためには2つの条件がある。

 1つはMOON本体が"仮宿(ホスチア)"を取り込んだ対象の近くにいること。柚木くるみはこの例に当てはまる。
 もう1つの条件はMOONが設定した内容を口にしようとした瞬間に"お目付け役(パロディ)"がその身体を乗っ取る。これはその内容を発しようと思考したと同時に出現するため、実際にはその言葉が話されることはない。

 内倉がMOONから縛られた内容は

 1. 他の十二音の正体を明かすこと (内倉が正体を知るのはMAESTROの正体が葉山であることのみ)
 2. 十二音に協力者、及び政府内部に精通する者がいること

 内倉はこの4年間で不協の十二音脱退、並びに彼らの制圧を望むようになっていた。"去る者は追わず"というスタンスを貫く彼らではあるが"遊び"を続けるためにも現在の状況、例えば葉山が超能力者管理委員会に所属していることなどを崩されたくないという思いは強いはず。
 また、自分は不協の十二音設立から数年してからの参加のため彼らからの信用は最も薄い。だからこそ唯一、上記の条件を課せられていると考えられた。

「(もしも脱退を言い始めれば俺はただでは済まない。相手は葉山だ。あの状況下で俺が逃走できたことから警察と何らかの取り引きを交わしたと考えるかもしれない)」

 内倉は瀧に対して嘘をつき、更に危険な賭けに出ている。

 その嘘とは3日後に「必ず戻る」という言葉。

––––連絡が途絶えたら死んだと思ってくれ。必ず戻る。

 内倉は自分が無事では戻れないという自覚が既にあった。

「(最後に償いを……。せめて葉山に一矢報いる……!)」

 勿論、瀧に協力を仰ぐことを一瞬考えたがMOONに課せられた縛りにより情報を提供できない。それに葉山があちら側にいる以上、こちらの動きが知られてしまうリスクを排除したかったのだ。
 また、十二音に属しながら裏工作を画策する考えにも及んだが、今回のDEEDの件で自分への信頼は更に失墜したであろうと予想がついている。

「(葉山の性格上、面白いと言ってそのまま敢えて俺を残すゲームを仕掛けてくるかもしれないが……。これ以上、奴の手の平の上で踊らされるのはごめんだ……!)」

 そして内倉は瀧に手がかりを残すために1つの危険な賭けに出た。

 内倉は十二音の協力者や葉山の裏工作によって経歴を改竄(かいざん)、教師生活21年目というベテラン教師としての経歴を作り出した。
 更に葉山は"予測と結果の狭間で(オルタナティヴ・ユニヴァース)"を使用して内倉の4年前以上の経歴に政府組織が疑問を持つ世界線を排除した。

 内倉が東京第三地区高等学校に赴任したことについて"彼らの働きによって"という言葉を使うことで十二音に協力者がいることを仄めかしたのである。
 
 経歴の詐称程度であれば、何らかの超能力で済むはず。よって十二音のメンバーの1人の超能力で十分であるにも関わらず、"彼()"と複数形を表明することで超能力ではなく、更にそれを可能とする人物、つまり政府内部にまでその手が侵食していることを示した。

「(これは"お目付け役(パロディ)"の判断によっては『縛り2』に該当するかもしれないという危険な賭け……! しかし俺の意思として『縛り2』を破るつもりがないという前提があったから問題ないと判断されたのだろう)」

 内倉は最後まで十二音の超能力を明かすか否かに迷いを持っていた。

「縛りの中に十二音の超能力を明かすことは含まれていない。これは奴らに絶対的な自信があるから……! しかし、何らかの対策を練らせるためにも伝えた方が良かったか? いやしかし……)」

 結果的に明かさなかったのは瀧たちに先入観を持たせないようにするため。内倉は十二音の超能力を完全には把握しきれていない。つまりは発動条件やその効力、また、その奥の手を完全に理解していないのである。

 十二音の面々は全員、1度は覚醒を経験しており、それによって複雑な超能力が発現しているかもしれない。特に信頼が他より薄い自分は普段使用しない超能力、つまりは奥の手を隠されている可能性が高い。

 超能力戦において相手の超能力を事前にどれほど把握しているかは大きな鍵を握る。それによって講じる対策によって如何にして相手より優位に立つかによってその勝敗は決まる。
 
「(中途半端な情報で生じる先入観によって警察側が不利に立つのは避けたい……!)」

 更に十二音の連中は寧ろ自身の超能力が把握されている中での戦闘も楽しむ面々である。優位に立っていると思っていることが相手にとっては喜ばしい状況である場合も考えられる。そのことからリスクを避けたのである。

「(それに俺は葉山の超能力を目撃したことがない……!)」

 葉山は自身の超能力をその複雑さゆえに本人ですらも完全には理解していないと発言していた。そしてこの不利さ、あるいは自分が窮地に立たせることですらも楽しむ葉山の厄介さを理解している内倉は敢えて詳細には伝えなかったのである。

––––しかし、この内倉の考えには誤算があった。

 非超能力者・杉本一警部の存在である。

 内倉は自分の4年前以上の経歴を誰も気にかけていないことを把握していた。そしてこれは葉山の超能力によるものであることにも気付いていた。

「(相手の精神に影響を与える能力? いやそれだけじゃない! 奴の超能力はもっと複雑なはずだ……!)」

 内倉はこの力は葉山の超能力の一部に過ぎないことを確信していた。でなければ葉山が自分の超能力を把握できていないという発言に矛盾が生じる。そして何よりこれまで不自然なまでに葉山の思い通りに物事が進んで行くのを目の当たりにしているからである。

 本来、『変えられた世界線』と『変わる前の世界線』の違和感に気付くことは至難の技。しかし、杉本たちの緊迫した状況が彼らの知覚能力を高めたことで両者の狭間に生じた隙を認知することを可能にした。

 故に"経歴詐称"と"内倉の経歴に対する疑問の無さ"を切り離して考えるに至った杉本はその後の菜々美の証言から『他人の精神に影響を与え、誤認させる超能力』の存在を推測する。

 並外れた洞察力を持つが故に生じた大きな綻び。これは葉山の思惑通りなのか、それとも偶然の産物なのか。答えは分からない。



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