第104話 - 葛藤

文字数 2,784文字

「ハァ……ハァ……♡」

 マスクを上にずらして素顔を露わにしたJESTERは両手で優しく大事に包み込んだ瑞希の頭部を愛おしそうに眺め、興奮を抑えられずに吐息が漏れる。

「あぁ……お人形さんみたい……。久しぶりにこんなに近くで見ると本当、自分を抑えられなくなるわ……」

 JESTERは瑞希の頬をゆっくりと撫でた後にそのまま頭部を自分の顔に近付け、自分の白い頬に擦り付ける。同時に瑞希の銀色に変化した髪の毛を手でサラリと流し、その艶を存分に味わう。

「サイクスの量が急激に増えて髪色が変わったのねぇ。こうして強くて美しい女の子になっていくのね……。15歳の女の子に恋してしまいそうだわ」

 そう言いながらJESTERは瑞希の頬を舐め上げた後に数度のキスを施す。

「(フム……。妙な超能力(ちから)じゃな。最初や今の発言からして瑞希を傷付ける可能性は低い。つまり考える時間を十分に与えられた今がチャンスか)」

 仁はJESTERの挙動に注意を向けながら町田の頭部が接続された瑞希の身体を観察し、これまでの現象について考察を始める。

「(黒いドーム状のサイクス内で超能力が発動するのは明らか。そしてその範囲内での斬撃によるダメージは無効化される。問題は……)」

 瑞希の身体を中心として展開されている黒いサイクスのドームを眺める。

「(その斬撃は奴が関わったもののみに適用されるのか、黒いドームの発動条件とは何か、若造を解剖した力とこの身体を入れ替えたものは何か……)」

 自身の孫の頭部を愛でているJESTERの様子に再び注目する。明らかに危険な存在に捕らわれている孫娘を前にしても仁は豊富な経験も相まって冷静に状況を分析する。

「死にたくねぇよぉ……」

 不意に発せられた町田の言葉に仁は振り向く。その言葉はJESTERにも届いており、それまで瑞希の頭部を見つめながら恋する乙女の様相を呈していたその表情は瞬時に邪悪を孕んだ表情へと変化し、町田に声をかける。

「ねぇ、あなた今その身体動かせるでしょう? そのままドームの外へ出てごらん? あなたと瑞希ちゃんの立場が逆転するわよ?」

 町田はその言葉を聞きながらJESTERに尋ねる。

「そ……それは……俺は生きていられるってことか?」

 JESTERはその問いに対してより一層、邪悪な表情を浮かべながら嬉々として答える。

「そうよォ! 15歳の女の子の身体になってしまうけれど、あなたの意思は生き続けるわよ!」

 JESTERの言葉を聞いて、それまで絶望の表情を浮かべていた町田の表情に一筋の希望の光が差し込む。

「(まずいのォ……)」

 2人の問答を聞いていた仁は町田の表情の変化を見て仁の中で一縷の焦りが生じる。

「(俺は……生きられるのか!?)」

 町田の中で希望が芽生える。
 
 JESTERに首を切断され、その後に自分の身体はドーム外に出されたことで感じた激痛を経験したために、自分は死を待つ他ないというJESTERの言葉に嘘はないと判断していた。

 そんな状況下で別の身体に接続された自分に希望が与えられた。今年43歳を迎えて20年目と節目の年を迎えた県警生活。美しい妻を持ち、10歳の長男に5歳の長女という子宝にも恵まれた。自分の給料も徐々に増え、人並み以上に幸せな生活を送っている。

––––生きたい

 同時に町田の中で葛藤が生まれる。

 JESTERの『立場が逆転する』という言葉から自分よりも才能があり、無限の可能性が広がる15歳の少女から未来を奪って良いのか。果たして自分はそれで生き残ったとしてその後の生を全う出来るのか、胸を張って子供たちや妻に顔向け出来るのか。

「(俺に関係あるか?)」

 町田の中で悪魔の囁きが響き渡る。自分はこれまで20年という長い年月、市民のために身を粉にして働いてきた。何度か危険な任務を乗り越え、常に全力を尽くしてきた。そんな自分の最期がこれでは納得がいかない。

「(もう良いじゃないか……)」

 町田は心の声に従い、接続された15歳の少女の華奢な身体を動かせることを確認し、両手で支えながら上体を起こす。

––––ヒュンッ

「えっ?」

 町田の頭部が再び宙を舞う。ドーム内であることからまだ意識を保っている町田は一瞬の出来事で何が起こったのか理解できなかった。

「へぇ」

 JESTERの言葉を聞き、空中で町田は自分の首を切断した人物に気付いた。

「万が一のため、斬り捨て御免」

 町田が上体を起こした瞬間に仁は右手で一閃して町田の首を刎ねた。その際、レンズを使用して首の切り口を把握し、その境界を正確無比に切断。仁は浮遊する町田に声をかける。

「お主のお陰で奴の超能力(ちから)を少しだけ把握出来た、感謝する」

 町田の表情には後悔とも怒りとも取れる感情が浮かぶ。

「お主の選択は至極真っ当じゃ。だが……」

 言葉を聞きながら視線を落とす町田を見ながら仁は優しくも厳しい口調で告げる。

「これまでの立派な働きに泥を塗るな。責務を全うし、誇りを持って死を迎えよ」

 町田はゆっくりと(まぶた)を閉じ、仁に対して小さく「ありがとうございます」と感謝の言葉を述べた。

「冷徹ね。希望を持った者に絶望を与えるなんて」

 2人のやり取りを静観していたJESTERが仁に話しかける。

「何を白々しい。どちらにせよ殺すつもりだったじゃろ」

 仁の言葉に対してJESTERは残忍な笑みを浮かべ、「正解〜」と呟きながらパチパチと拍手をする。
 仁はその隙を突いて拾った小石にサイクスを込め、JESTERに向けて飛ばす。それを余裕で躱したJESTERは仁に話しかける。

「あら、お爺ちゃん、疲れているの? もっと速度を出せば当たっていたかもしれないのに」
「確認じゃよ」

 仁はJESTERに返答しつつサイクスを纏う。

「斬撃以外は避ける必要があるみたいじゃの。範囲内においてはいかなる斬撃も効果はない。例えお主以外の者同士でもな。この男がまだ生きているのが良い証拠じゃ」

 JESTERの表情が微妙に変化する。

「私、答え合わせなんてしないわよ? よくいるのよ。自分の超能力(ちから)をペラペラと喋るお馬鹿さん」

 仁は顎を軽く摩りながら返答する。

「それに関しては同感じゃ。アニメや漫画でよく見受けるが違和感バリバリじゃな」
「へぇ、そういった娯楽も好きなの? 私たち、良い戦闘(ダンス)を踊れるかも」
「歳を取ると暇でのォ。お主もその内、理解出来るぞ」

 JESTERはクスッと笑い、瑞希の頭部を元に戻した。同時にJESTERから黒い渦が出現する。

「年の功ね。覚えておくわ。楽しみはまた今度にしようかしら。私も忙しいのよ」

 そのままJESTERは渦に飲まれて姿を消す。近藤と瑞希の周りを覆っていた黒いサイクスのドームも消え、近藤の残骸から血が溢れる。同時に町田の頭部はその場にグシャッと生々しい音を立てて落下し、辺りにもう1つの血の海を作った。 



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