第106話 - 白銀の死神
文字数 2,937文字
『白銀の死神』
そのワードが徳田花から発せられた時、『覚醒維持』という言葉も相まって吉塚仁の脳内には34年前の情景が映し出されていた。
––––3088年5月21日、東京都第3地区4番街を大規模テロが襲う。
「霧島……! そっちは終わったか!?」
39歳の吉塚仁がテロリストたちが占拠している4番駅へ向かいながら霧島浩三に声をかける。
「何とか終わった! クソ、こいつら相当な手練れを揃えている! 辿り着いた頃にはサイクスの消費が大き過ぎるぞ!」
頭から流れる血を拭いながら仁が4番駅を見据える。トレンドの中心である4番街は普段のキラキラとした装飾と若者の賑わいによって創り出される未来への希望に満ち溢れた街並みの面影はなく、メラメラと燃え盛る業火による怪しい輝きに死傷者の血痕と悲鳴が合わさって絶望を表現する。
「俺が道を切り拓く! 犠牲者が増えるかもしれんが……やむを得ん」
仁が"愛は海よりも深く "を発動しようと試みた瞬間、4番街全体が黒い巨大なサイクスで包まれる。
「あれは……瞳か?」
4番駅の屋上が貫かれ、そこから黒いサイクスとは対照的に銀色に美しい輝きを放つミディアムウルフの少女が、東京第三地区高等学校の制服に身を包み、涙を流しながら直立していた。
––––吉塚 瞳 (当時17歳)
吉塚仁・伊代夫妻の1人娘で月島愛香・瑞希の実母である。僅か7歳から始まった覚醒維持の状態が10年の時を経て終了し、第一覚醒超能力者として強力な超能力 を生み出した。
瞳は1度ゆっくりと目を閉じた後に携帯を握っている右手に少しだけ力を入れ、またゆっくりと目を開いた。止め処なく流れていた涙は枯れ、悲哀に満ちていた目には力が宿る。
「ピボット」
瞳の持つ携帯画面から右目は金色、左目は灰色のオッドアイを持ち、キジトラ模様の毛色に立ち耳の猫のキャラクターが姿を現す。
「はいよ」
ピボットと呼ばれた猫のキャラクターはぶっきら棒に応答する。
「この人たちの"時間"を奪え」
その氷のようにひんやりとした音色にピボットはゾクッと身震いした後に「OK」と短く答える。
瞳は屋上から再び駅構内へと降り立ち、自身のサイクスに包み込まれたテロリストたちに携帯をかざす。
「な……何だこりゃあ!」
「うわあああああ!!!」
駅構内のテロリスト達はそのまま瞳のサイクスに飲み込まれ人の形を失くし、黒いサイクスに輪郭を覆われて中心がそれぞれの型に応じた色で光り輝くサイクスの球体となる。それら球体は瞳の持つ携帯の画面へと吸い込まれていく。
––––"命と時の交換所 "
瞳のサイクスによって包み込まれた生命体は光り輝くサイクスの球体へと変化し、瞳の生成したスマートフォン、"命と時の交換所 "へと取り込まれて内部にあるL–Cloudへと向かう。
ピボットことPolylife–information botがそれらを処理する。1つの生命体を1Life と定義付け、1ライフ1時間として変換する。
変換された時間は物体に付与することが可能となり、付与された時間分、前の状態へとその物体は戻される。
当時世界を震撼させていたテロリスト集団"Rabid Chaos "は数名の空間移動系超能力者によって運ばれた約200人のメンバーほぼ全てを17歳の少女1人に壊滅させられ、その超能力によって破壊された街の殆どは襲撃を受ける前の状態に戻った。
このテロ事件による犠牲者は甚大な数に及ぶ。数少ない生存者たちはこの惨状について多くを語ろうとはしなかった。
しかし、この悲劇を救った銀髪の少女を目撃した者たちは光り輝くサイクスの球体を『生命の灯し火』と呼び、それらに囲まれて不穏な黒いサイクスを纏いながら取り込むその少女の姿を見ていつしか『白銀の死神』と呼称するようになった。
『白銀の死神』に関する資料はほぼ残っていない。これはそもそも実際に目撃した者が少なかったこと、そしてこの存在が表面化し、世界各国に知られて昨今に見られる強力な超能力者を利用した世界の覇権争いに刺激を与えることを嫌った政府が情報を遮断したことに起因する。
「(あのお嬢さんが『白銀の死神』という言葉をどこで知ったか少し気になるが……。この言葉は瞳に常に付き纏い、数年後に若くして第三覚醒が起きたことで更に苦しんだ。あの子はその苦しみが他に広がらないように、そして愛する者たちのために必死になって研究し、抗ったが……。もし……もしも政府の暗部が再び何かを企てようとしているならば……今度こそワシは……)」
「仁先生」
鈴村の呼びかけに仁はハッと我に返る。
「大丈夫ですか?」
仁は静かに頷く。鈴村も柳もそれ以上は深く追及することはせず、黙って仁に付いて行く。
3人は既に百道第二船着き場に到着し、所有する小型船に乗り込みんで第3地区に属する離島・能古島 へと向かう。
雲一つ無く太陽の光が射し込んでいた影響で直接的に真夏の暑さを嫌でも体感する日中からいつの間にか時間が進み、その暑さが徐々に空に吸い込まれて全体がオレンジ色に染まっていく。
時が過ぎるのは早い。そして生命が過ぎ行くのもまた早く儚い。
2590年代後半から原因不明のサイクスを持った人類が出現して以降、500年以上の時間が経つが、『時間を操作する超能力』と『命に直接的に干渉する超能力』、『他人に超能力またはサイクスを施す超能力』は大量のサイクスを消費するために希少であると統計的に示されている。
この内2つの力を司る月島瞳は政府に注目され続け、またその強力過ぎる超能力故に当の本人も苦しみ続けた。
前内務大臣・木村栄治が凄まじい潜在能力 を持つ瑞希よりも愛香に対する保護をより重視し (結果的に瑞希はこれら全ての超能力を扱える可能性を秘めている)、阿部翔子を派遣したのにも愛香の"2人でお茶を "が時間を操作する超能力であったからに他ならない。
そして月島姉妹の祖父・吉塚仁は愛香が両親の現場で発動した"2人でお茶を "によって託された月島瞳の最後のメッセージ、そして今回の騒動で瑞希の身体に起きた変化やそのサイクスの特性から確信する。
––––月島瞳は生きている
「瞳はもういない。瑞希は瑞希だ」
先刻、柳に発したこの言葉に偽りはない。しかし、自分に言い聞かせている節があることも自覚しており、一縷の希望を持つ自身に怒りを感じている。
一方で木村栄治は別のアプローチからある可能性に辿り着く。
後天性超能力者でありながら膨大なサイクスが必要な時間に関する超能力である"2人でお茶を "。そしてこの超能力は時間だけでなく人の生死にも寄り添う。
月島瞳の専門分野はサイクス遺伝学。
彼女はサイクス・超能力の遺伝に成功したのか?
答えは分からない。
日本陽光党内では穏健派の木村派と急進派である白井派はそれぞれ異なる思惑の中で行方が分からなくなっている月島瞳の研究ファイル、"P-G"の痕跡を追っている。
そしてそれを追う勢力は他にも存在している。
そのワードが徳田花から発せられた時、『覚醒維持』という言葉も相まって吉塚仁の脳内には34年前の情景が映し出されていた。
––––3088年5月21日、東京都第3地区4番街を大規模テロが襲う。
「霧島……! そっちは終わったか!?」
39歳の吉塚仁がテロリストたちが占拠している4番駅へ向かいながら霧島浩三に声をかける。
「何とか終わった! クソ、こいつら相当な手練れを揃えている! 辿り着いた頃にはサイクスの消費が大き過ぎるぞ!」
頭から流れる血を拭いながら仁が4番駅を見据える。トレンドの中心である4番街は普段のキラキラとした装飾と若者の賑わいによって創り出される未来への希望に満ち溢れた街並みの面影はなく、メラメラと燃え盛る業火による怪しい輝きに死傷者の血痕と悲鳴が合わさって絶望を表現する。
「俺が道を切り拓く! 犠牲者が増えるかもしれんが……やむを得ん」
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「あれは……瞳か?」
4番駅の屋上が貫かれ、そこから黒いサイクスとは対照的に銀色に美しい輝きを放つミディアムウルフの少女が、東京第三地区高等学校の制服に身を包み、涙を流しながら直立していた。
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吉塚仁・伊代夫妻の1人娘で月島愛香・瑞希の実母である。僅か7歳から始まった覚醒維持の状態が10年の時を経て終了し、第一覚醒超能力者として強力な
瞳は1度ゆっくりと目を閉じた後に携帯を握っている右手に少しだけ力を入れ、またゆっくりと目を開いた。止め処なく流れていた涙は枯れ、悲哀に満ちていた目には力が宿る。
「ピボット」
瞳の持つ携帯画面から右目は金色、左目は灰色のオッドアイを持ち、キジトラ模様の毛色に立ち耳の猫のキャラクターが姿を現す。
「はいよ」
ピボットと呼ばれた猫のキャラクターはぶっきら棒に応答する。
「この人たちの"時間"を奪え」
その氷のようにひんやりとした音色にピボットはゾクッと身震いした後に「OK」と短く答える。
瞳は屋上から再び駅構内へと降り立ち、自身のサイクスに包み込まれたテロリストたちに携帯をかざす。
「な……何だこりゃあ!」
「うわあああああ!!!」
駅構内のテロリスト達はそのまま瞳のサイクスに飲み込まれ人の形を失くし、黒いサイクスに輪郭を覆われて中心がそれぞれの型に応じた色で光り輝くサイクスの球体となる。それら球体は瞳の持つ携帯の画面へと吸い込まれていく。
––––"
瞳のサイクスによって包み込まれた生命体は光り輝くサイクスの球体へと変化し、瞳の生成したスマートフォン、"
ピボットことPolylife–information botがそれらを処理する。1つの生命体を1
変換された時間は物体に付与することが可能となり、付与された時間分、前の状態へとその物体は戻される。
当時世界を震撼させていたテロリスト集団"
このテロ事件による犠牲者は甚大な数に及ぶ。数少ない生存者たちはこの惨状について多くを語ろうとはしなかった。
しかし、この悲劇を救った銀髪の少女を目撃した者たちは光り輝くサイクスの球体を『生命の灯し火』と呼び、それらに囲まれて不穏な黒いサイクスを纏いながら取り込むその少女の姿を見ていつしか『白銀の死神』と呼称するようになった。
『白銀の死神』に関する資料はほぼ残っていない。これはそもそも実際に目撃した者が少なかったこと、そしてこの存在が表面化し、世界各国に知られて昨今に見られる強力な超能力者を利用した世界の覇権争いに刺激を与えることを嫌った政府が情報を遮断したことに起因する。
「(あのお嬢さんが『白銀の死神』という言葉をどこで知ったか少し気になるが……。この言葉は瞳に常に付き纏い、数年後に若くして第三覚醒が起きたことで更に苦しんだ。あの子はその苦しみが他に広がらないように、そして愛する者たちのために必死になって研究し、抗ったが……。もし……もしも政府の暗部が再び何かを企てようとしているならば……今度こそワシは……)」
「仁先生」
鈴村の呼びかけに仁はハッと我に返る。
「大丈夫ですか?」
仁は静かに頷く。鈴村も柳もそれ以上は深く追及することはせず、黙って仁に付いて行く。
3人は既に百道第二船着き場に到着し、所有する小型船に乗り込みんで第3地区に属する離島・
雲一つ無く太陽の光が射し込んでいた影響で直接的に真夏の暑さを嫌でも体感する日中からいつの間にか時間が進み、その暑さが徐々に空に吸い込まれて全体がオレンジ色に染まっていく。
時が過ぎるのは早い。そして生命が過ぎ行くのもまた早く儚い。
2590年代後半から原因不明のサイクスを持った人類が出現して以降、500年以上の時間が経つが、『時間を操作する超能力』と『命に直接的に干渉する超能力』、『他人に超能力またはサイクスを施す超能力』は大量のサイクスを消費するために希少であると統計的に示されている。
この内2つの力を司る月島瞳は政府に注目され続け、またその強力過ぎる超能力故に当の本人も苦しみ続けた。
前内務大臣・木村栄治が凄まじい
そして月島姉妹の祖父・吉塚仁は愛香が両親の現場で発動した"
––––月島瞳は生きている
「瞳はもういない。瑞希は瑞希だ」
先刻、柳に発したこの言葉に偽りはない。しかし、自分に言い聞かせている節があることも自覚しており、一縷の希望を持つ自身に怒りを感じている。
一方で木村栄治は別のアプローチからある可能性に辿り着く。
後天性超能力者でありながら膨大なサイクスが必要な時間に関する超能力である"
月島瞳の専門分野はサイクス遺伝学。
彼女はサイクス・超能力の遺伝に成功したのか?
答えは分からない。
日本陽光党内では穏健派の木村派と急進派である白井派はそれぞれ異なる思惑の中で行方が分からなくなっている月島瞳の研究ファイル、"P-G"の痕跡を追っている。
そしてそれを追う勢力は他にも存在している。