第101話 - 愛の痛み

文字数 2,730文字

「あぁ! 何て麗しいお嬢さん!」

 柳は抱えている瑞希を見て叫ぶ。

「仁先生、見て下さい! この透き通るように白く美しい、きめ細かい肌に端正な顔立ち! 美しい瞳にどこか儚げな印象も相まって正に芸術作品のよう!」

 柳は目を輝かせながら仁に話しかける。

「ワシの孫じゃ、顔は知っとる。それに目を閉じとるんだから目が美しいかどうか分からんじゃろ」
「いえ、見なくとも分かるのですよ! 心で! HEARTで!」

 仁は「どっちも同じ意味じゃろ」と呟きながら面倒くさそうに頭を掻いている。

「だからこそ許せない!」

 柳は力強いサイクスを纏う。

「この美しいお嬢さんに手を上げたあの男が許せないのです! 見て下さい! 私の怒りが赤く! 真紅に染まった力を持って放出しているではありませんかッ!!」

––––ゴゴゴゴ……

「それは君が身体刺激型超能力者だからだろ……」

 2人の背後から鈴村がTech-Pad(テック・パッド)を片手に持ちながら柳に告げる。

「お主ら少し黙ってくれんかのォ……。ワシ、とっとと可愛い孫を傷つけた奴の片付けをしたいんじゃが……」

 そう言って仁は近藤から視線を外し、鈴村と柳の方を振り向く。すると仁の隣を近藤が通り過ぎ、瑞希と柳に殴りかかる。

––––ゴッ
 
 柳は瑞希を抱えたまま近藤の方を見向きもせずに顔面に右拳を直撃させ弾き飛ばす。

「LADYが話している時には男は黙って見守っているものよ」

 近藤が吹き飛ばされた方向を見ながら柳は告げる。

「誰がレディーだ。それに今話していたのは先生だろう」

 鈴村はそう話しながら瑞希と柳の元へと向かう。

「心がLADYならばそれはもうLADYよ」

 柳の言葉を聞いて「ワシはちゃうわい」と呟いた後に仁は2人に告げる。

「負傷者は任せたぞ。お主らの超能力(ちから)なら直ぐ終わるじゃろ」

––––"点検者(インスペクター)"
 鈴村圭吾の物質刺激型超能力。乗り物を含めた建造物の見取り図を自身のTech-Padにデータとして保存、またはその物体の同じ箇所に30秒間触れ続けることで対象物を掌握し、異常箇所を特定する。
 この時、各部屋の状態を詳細に知ることが可能で人や物の置き場所など事細かに把握することが出来る。

 鈴村は座り込んでいる花へと近付き、Tech-Padの画面に写る豊島萌と長野結衣の写真を見せながら尋ねる。

「人質とされているのはこのお2人で間違いないですか?」

 花はコクッと静かに頷くと鈴村は満足そうに「ありがとう」と告げると再びサイクスを纏い、床に触れる。

––––"人命救助(ザ・レスキュー)"
 "点検者(インスペクター)"によって把握した対象物から自由に物や人を呼び出す鈴村のもう1つの物質刺激型超能力。
 人を召喚する場合、Tech-Padにその人物の写真をデータとして読み込んでおく必要がある。物を召喚する場合はその縛りを受けずにその場で自由に取り出すことが出来る。どちらの場合も建造物から離れると発動することは出来ない。

 鈴村が床からゆっくりと手を離すと意識を失っている萌と結衣が現れる。

「忘れ物をした時に便利な超能力よね」
「人命救助だ、馬鹿が」

 柳の言葉に若干イラッとしながら鈴村が返す。

「仁先生、そこの小物は私が片付けますわ。先生のお手を煩わせるほどの者ではありません」

 柳は近藤の方を指差した後、床に丁寧に並べられた萌、結衣、瑞希の服を少しはだけさせる。

「ちょっとそこの可愛い男子、こっち向いちゃダメよ」

 それまでの3人のやり取りを見て呆気に取られている和人を見て柳は両人差し指で口元にバツ印を作りながらウィンクをして注意する。

「あなたも怪我しているようだから後で私がじっくり治してあげるわね」

––––"愛に痛みはつきもの(ラヴ・ペイン)"
 柳大雅の身体刺激型超能力。負傷者の胸部に直接触れることで自身のサイクスを流し込み患部とその状態を把握。怪我やその痛みを集中させたサイクスを患者の体内に作り出し、痛みが込められたサイクスをそのまま抜き取って柳自身に取り込んでその込められた痛みに柳が耐えきることで患者を完治させる。
 耐えられなかった場合、柳大雅は死に至り、負傷者の治療は失敗となる。この超能力は自身にも適用可能。

「これが愛の痛み! 愛による痛みは私を強くする!!」

––––"痛みを力に(パワー・オブ・ペイン)"
 柳の"愛に痛みはつきもの(ラヴ・ペイン)"に付随するもう1つの身体刺激型超能力。取り出したサイクスの痛みに耐え切った後、その痛みを伴ったサイクスは一定時間、柳のサイクスとなって力を増大させる。

 柳は隙を突いて攻撃を仕掛けてきた近藤の魚雷群を物ともせずに近藤を殴りつける。

「(何や、このふざけた奴らは……!)」

 近藤は吹き飛ばされた後に息も絶え絶えにその圧倒的実力に度肝を抜かされる。

「(とんでもなく強い……!)」

 花も同じく鈴村と柳のサイクスに驚愕しているうちの1人である。そしてそれを従えている吉塚仁に一種の恐怖すら覚えている。

「(吉塚仁……。あまりにも有名な名前だから噂には聞いていたけど……。間近で見るとレベルが違いすぎる! 70歳を超えても尚、暴走した瑞希のサイクス量を遥か凌駕する……!)」

「田川ちゃん!!!」

 腹部に風穴が開き、瀕死状態で横たわる田川を見つけた柳は大声を上げて直ぐに側に駆け寄る。

 仁の「知り合いか?」という問いに柳は患部を観察しながら答える。

「えぇ! 隣人です! こんな酷い……! 直ぐに治療を開始するから待っててね!」

 柳はすぐさま超能力(ちから)を発動しようと準備を開始する。その様子を見て鈴村が声をかける。

「重傷だが耐えられるか?」

 その言葉を聞いて柳は少しだけ微笑みながら答える。

「ふふ。LADYの心配を出来るようになって……。成長したわね、鈴村くん。けれども心配ご無用……!」

 呆れて言葉を返さない鈴村を余所に柳は超能力を発動する。"愛に痛みはつきもの(ラヴ・ペイン)"は発動前にその患部の痛みが耐えきれる範囲内なのか判断することは出来ず、全て柳の勘に委ねられる。
 
 しかし、第二覚醒を終えている柳は耐えきる自信を持ち合わせている。

「あぁ!! 痛い!! この腹部の痛み!! これは正に子を持つ母の愛の痛みィ!!!」

 柳の叫びに対して耳を押さえながら鈴村が「物理的痛みだろう」と言い放ち、全員をコンテナ船の外へ避難するよう指示する。

––––ヒュッ

 柳は一瞬にして近藤の目の前に移動し、その拳を振り上げる。

––––ゴッッッ!!!

 近藤は何をされたか理解する間もなく顔面に衝撃を覚え、そのまま意識を失う。近藤の身体は雨上がりの虹のように緩やかな弧を描いてコンテナ船外へと大きく投げ出された。



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