第3話 - 意思とサイクスの親和

文字数 2,513文字

––––4年前

「ただいま〜」

 当時16歳の月島愛香は土曜日の特別授業から帰宅した。妹の瑞希は午前中から友達の女の子数人と遊びに行っていてまだ帰っていないようだった。

 両親からの返事はない。

「あれ? お母さん、お父さんお買い物にでも行ってるのかな?」

 夕方の4時半、両親は買い物にでも出かけているのだろう、そう思いながら洗面所へ行き手を洗い、リビングへと向かった。

ガチャッ

 扉を開けた瞬間、眼前に広がったのはあまりにも酷く悲惨な光景。
辺り一面血の海。両親の手足は捥がれ、何かの儀式かのごとく床に描かれた正方形の四隅に立たされていた。
 両親の目は丁寧に閉じられており、この惨たらしい光景がなければまるで静かに眠りについたと謀られる程に安らかな顔をしていた。

「……ッッ」

 愛香は言葉を発せずただただ座り込むことしか出来なかった。そして顔を覆った。
しばらくして愛香は自分の内側からひしひしと沸き立つものを感じ取った。

 悲しみ、怒り、恐怖……

 同時に愛香は感情とはまた別の、もっと具体的な何かを感じた。
 
 月島愛香は妹の瑞希と違い、サイクスを持っていなかった。しかし突如として目の前に表れたショッキングな光景、そしてその被害者が実の両親であったことが引き金となり、後天的にサイクスが発生した。
 そのサイクス量は生まれつきサイクスを保持しておらず扱いに慣れていない後天性超能力者にとって余りにも膨大な量だった。
 更に愛香のサイクスは彼女の感情をまるで読み取っているが如く、その時の彼女の望みを叶えるかのように超能力を発現した。

#####


「"2人でお茶を(ティー・フォー・ツー)"……!!」

 被害者が死ぬまでの1時間に体験した事象を再現し、可視化する超能力。(見られるのは愛香のみ) 目を閉じることで被害者の五感を共有することが出来る。一時停止/早戻し/早送りが自由に可能。
 同じ現場であれば複数人の映像を再生することが可能で再生前に全ての被害者に触れておく必要がある。
 全ての被害者の映像を再生した後、サイクスを3時間使用することが出来なくなる。
発動条件:
 1. 実際に死体を見て触れる
 2. 死体の名前、生年月日、出身地を把握する
 3. 現場に直接行く必要がある
 4. 死因と死亡推定時刻。死亡推定時刻は誤差1時間までを許容範囲とする
 5. 上記条件に一つでも当てはまらないものがあれば発動しない
 
「(後天性超能力者にとってサイクスの扱いはとても難しい。そして愛香に宿ったサイクス量は先天性超能力者でもコントロールすることが難しい程に膨大な量。そして無理矢理固有の超能力を開花させた。その代償として愛香は下半身不随を患った)」

 愛香の同期で同い年である坂口玲奈は"2人でお茶を(ティー・フォー・ツー)"の発動を見ながらこの超能力について考えていた。

「(多くの人はこの超能力(ちから)は両親を殺害した犯人を絶対に捕らえて復讐を果たす強い意思の表れだと言う。しかしそれは違う。あれだけのサイクス量、手っ取り早く犯人を捕らえ、殺す超能力を開花させることも可能だったはず。そうしなかったのは犯人を捕らえ、法律に則った罪を償わせるという意思、そして何よりも被害者(両親)の最期に寄り添いたいという願いを体現している……愛香は本当に優しい子なんだ……)」

 愛香はまず江口涼、その次に斎藤光一に触れた。そして同時に映像を再生した。

 2人は仕事の同僚なのだろうか、スーツ姿でこの現場近くである東京都第3地区14番駅東口にある商店街の入り口を歩いている。

 少し早送りをしてみる。

 江口と斎藤は角を曲がり、現場である風俗店が並ぶ裏路地に入る。

 2人は同時に首を抑えて後ろを振り向いた。その表情は少しの驚きと針に刺された様な痛みを感じたのだろう、少し顔が痛みで歪んでいる。
 
 その数分後、2人はまるで感情を失ったかの様に無機質な表情へと変化した。2人は殴打、蹴りといった格闘で戦闘を始めた。
 現場にもある様にコンクリートの地面にはヒビが入り、相当激しかったことが窺える。これは他3件の現場と状況が一致する。
 
 3件と同じく不自然な点。これ程のパワー。明らかに超能力を使った戦闘。そしてその特性から身体刺激型超能力によるものだ。
 しかし政府登録によると江口は物質刺激型、斎藤は自然科学型超能力者である。

 2人の首に何かを刺して遠隔で操作する精神刺激型超能力者の犯行であるというのが私たちの見解だ。(あらゆる超能力に影響を与える特異 (複合)型超能力者の可能性もあるが2人が戦闘を始める前に無機質な表情になるという特徴から精神刺激型という結論を出している)

「どうだ?」

 瀧は愛香に尋ねた。

「これまでの3件と状況はほぼ同じですね。やはり2人とも首に何か刺されている。発動条件でしょうか」
「でも確実に他に条件はあるよな?」
「えぇ。そうじゃないとここまでのパワーは得られないと思います。ましてや2人は身体刺激型超能力者じゃないし……。はぁ……玲奈、取り敢えずまた"切り抜き"と" 編集"お願いね」
「了解」

 坂口玲奈の超能力は"夢の劇場(シアター・オブ・ドリーム)"

 左手で対象者に触れながら記憶の映像を切り抜き10分以内に編集、同時に右手でプロジェクターに触れることで実際に映し出すことができる。また、人や風景の写真も切り抜き可能。
 上映終了後、映像の場合は1時間、写真の場合は30分間のインターバルが必要。対象者が自分の場合は左手で自分に触れる必要がある。

 愛香が再生した映像を玲奈が記憶の中から一部を切り抜き編集、プロジェクターに触れてスクリーンに映すことで他の捜査官に情報を共有する。2人の超能力は親和性が高くその捜査能力と効率性は評価が高い。
 
 しかし今回の事件、全て犯人の痕跡があまりにも少ない。2人の超能力を以ってしても捜査が難航している。

「(今回も新しい収穫はなしか……)」

 愛香は少し失望し、同時に事件解決に一向に近付けないこの状況に焦りと苛つきを感じていた。


 愛香、坂口、瀧の3人は現場検証を終え、捜査会議のために警視庁へと向かった。

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