第１０９話　－　正確な報告

「あ、お祖父ちゃん液体がないと超能力(ちから)発揮できないみたいよ。さっき瑞希ちゃんの目を通して見ちゃった♡」
「あぁ、そうなの」

　JESTERはJOKERにそう告げ、近藤が捕らえられた様子を説明する。

「報告できて偉いの」

　仁は余裕の表情でそのやり取りを眺める。

「ボクたちも成長しなきゃね。ご指導のお陰だよ。でもお祖父ちゃん、超能力に頼らなくても強いでしょ？　余裕の表情だし」

　仁は両手にサイクスを込めて構える。それを見ながらJOKERもサイクスを纏い、迎え撃つ準備を整える。

––––ザッ

「！」

　仁は瞬時にサイクスを足元に集中し、地面を蹴って瞬間移動と錯覚するほどに瞬時にJOKERの背後に移動する。

「(何と正確、且つ素早いフロー！　このボクですら反応が後手に回るね)」

––––"死の舞踏(ダンス・マカブル)"

　PUPPETEERの左手の指先から１本ずつ青いサイクスの糸が血の海に横たわる鹿鳴組の死体の内５体の胴体まで伸びる。JOKERによって身体の一部が欠損した５体の死体たちはまるで意思を持っているかの如く動き出し、サイクスを纏って仁の背後から襲いかかる。

　仁はそれを意に介さず左手にサイクスを溜めてJOKERの首を背後から横に一閃しようと振り上げる。

––––"人命救助(ザ・レスキュー)"

　鈴村は死体が仁に襲いかかろうとしているのを見て瞬時に自身の超能力を発動。那由他ビル内にあるオフィスデスク２台を召喚し、動く死体の行く手を阻む。
　戦闘前に"点検者(インスペクター)"によって那由他ビルの構造を掌握していたことで、物体を自由に召喚することが可能となっている。

––––"弾性恋愛物語(エラスティック・ラヴ)"

　JOKERは仁の一閃を後ろに身体を仰け反らせながら回避、それと同時に自身の腰にバネの性能を付与。JOKERの上体はしなやかに紆曲(うきょく)し、両手が地面に付く。
　躱された仁の左手は百道コンテナターミナルでのJESTERへの一撃と同じく周囲に衝撃を生み、大気を切り裂く。

「！！」

　地面に付いていたJOKERの両足は腰のバネのエネルギーを利用して勢いよく離れ、仁の下顎目掛けて襲いかかる。
　仁はそれを察知して即座に顔を引いて避けながらしゃがみ込み、未だ地面に付いているJOKERの両手に向かって右足で払いにかかる。

「もういっちょ♡」

　JOKERは今度は両手首にバネを付与。グッと力を込めた後に貯め込んだ弾性エネルギーを使って勢いよく上空に射出され、仁の素早い払いを躱す。

「やるのォ……」

　仁が感心して上空にいるJOKERを眺める。瞬間、PUPPETEERが操作した死体の内の１体から黒いサイクスのドームが広がり、渦が発生。中からJESTERが現れて左手に持ったメスで切りかかる。

––––パンッ

　柳はJESTERの目の前に一瞬で移動し、右脚でJESTERの左手を蹴り上げて持っていたメスを弾き飛ばす。

「その黒いサイクスはまるでデートの待ち合わせみたいね♡　私はon time(オンタイム)で来るわよ」
「ストーカー？」

　柳の言葉に対して後ろへ下がりながらJESTERが答える。

「いずれにせよアナタは私とデートよ」

　柳はJESTERとの距離を詰めてラッシュを浴びせた後に右回し蹴りを見舞う。JESTERは全ての打撃を防御したものの最後の一撃の重さはJESTERの想定を超え、防御ごと吹き飛ばされる。

「女はもっとお淑(しと)やかな方が受けが良いわよ」

　JESTERは左肩に付着した埃をパッと払いながら柳に話しかける。

「最初から私を女として扱ってくれるのには感謝するけど、後半は同意出来ないわね。私は受け身な愛ではなく、自ら愛を与えたい側なのよ」

　JESTERはマスクの奥でフッと笑うと柳に返答する。

「私と燃えるような"戦闘(恋)"する？」
「是非」

　柳もそれにニコッと笑って応じて構え、右人差し指をJESTERに向けながらクイクイと曲げる。

「面白い人たちだねぇ……。それに皆んな強い」

　未だ上空にいるJOKERはジャケットの懐(ふところ)からナイフを取り出しつつ鈴村とPUPPETEER、柳とJESTERの対峙を愉快そうに眺める。

「ボクらも始めるかい？」

––––"愛は海よりも深く(ハウ・ディープ・イズ・ジ・オーシャン)"

　JOKERの問いかけが終わらないうちに仁は"愛は海よりも深く(ハウ・ディープ・イズ・ジ・オーシャン)"を発動し、空気を手で掴む。
　
　JOKERは自身の周囲の異常を察知し、"弾性恋愛物語(エラスティック・ラヴ)" を発動しようとした瞬間、勢いよく仁に引き寄せられる。

「！？」

　仁は不敵な笑みをこぼしながら右拳にサイクスを溜め込み、JOKERの鳩尾 (みぞおち)を殴りつける。

「ゴフッ」

　殴られる瞬間に腹部にサイクスを集中させて防御させたために致命傷とはならなかったものの、仁の拳の勢いでJOKERのマスクが取れ、吐血する。

「あら？」

　JESTERはその様子を横目に見ながら腑に落ちない表情を浮かべる。

––––"弾性恋愛物語(エラスティック・ラヴ)"

　JOKERの両足先からバネが発動。

　JOKERは上空へと仁の蹴りを回避した際に鈴村が召喚していたオフィスデスクに事前にバネを接続。仁の一撃で吹き飛ばされた勢いがバネに伝導し、２台のオフィスデスクが背後から仁を強襲する。

「ぬぅ……」

　不意を突かれるも仁は左手で防御しながら軽く跳躍し、空中で右回し蹴りを繰り出してオフィスデスクを２台とも弾き飛ばす。
　弾き飛ばされたオフィスデスクはしばらく飛んだ後にバネの復元力によって再び戻ってくる。仁はそれを余裕で回避し、２台のオフィスデスクの行方を見守る。

「解除」

　既に着地していたJOKERは"弾性恋愛物語(エラスティック・ラヴ)" を解除し、飛んできたオフィスデスクを回避する。

「ククク……。液体だけじゃあないみたいだね」

　JOKERは強烈な一撃を喰らっても意に介さないどころか楽しんでおり、被っていたマスク以上に不気味な笑みを浮かべながら仁に話しかける。

「フン、報告は正確にじゃな」

　JOKERはそれを聞いて肩を竦(すく)める。

「さて、ワシもお主らについて疑問に思うことが多々あるが……。そっちの２人は第三覚醒まで、お主は更に珍しいの、第三覚醒の覚醒維持状態かの？」

　JOKERはニヤッと笑った後に「ご名答」と言いながら落としていたナイフを拾い上げた。