第17話 - サイクスの自然消費

文字数 2,811文字

 全ての教育機関は2学期制が採用されており、6月には中間考査とクラスマッチが予定されている。
 中間考査は国・数・英・社・理の従来の主要5科目にサイクス学が加わった新主要6科目に家庭・情報・芸術 (音楽、美術、工芸、書道からの選択)、保健体育の副教科から構成される。また、超能力者はサイクス学・実技試験を受けなければならない。
 東京第三地区高等学校はサイクスを持たない者への差別問題などの人権問題を考慮し、サイクスの有無でクラスを分けることはしていない。

 2週間後に迫った中間試験に向けて焦る者、計画的に学習を進める者、最初から諦めている者と様々である。

「瑞希はやっぱり余裕そう?」

 綾子は瑞希と距離を縮め"瑞希"と呼ぶようになった。殆どの生徒が瑞希のことを"月島さん"と呼ぶ中で若干の優越感が感じられる。

「うーん、サイクス学は大丈夫だけど5科目はちゃんと勉強しないとねー。中等教育までの内容とは変わってきてるし」
「そっかぁ。でも瑞希は頭良いしなぁ」

 正直なところ瑞希は中間考査の心配をあまりしていなかった。それよりも彼女の意識は今日から始められるというサイクスの特別訓練に向けられている。

「(一体何をするのかなぁ……ていうか教えてくれる人、優しい人だと良いなぁ)」

 緊張と不安、そしてそれ以上に期待を抱いてこの後を心待ちにしているのだ。

「そんなことよりクラスマッチだろ」

 綾子の後ろの席に座る城島(じょうじま) 康太(こうた)が口を挟む。

「月島さんはどの競技に出るの?」
「うーん、決めてないよ」

 クラスマッチでは8人制男子サッカー、女子バレーボール、男女混合ドッジボール、男子バスケ、女子バスケを超能力者と非超能力者で分けて行われる。

「早く決めなよー。月島さん確実にエースになるし」
「クラスマッチは試験の1週間後だからまだ良いでしょ。瑞希なら余裕だって」

 クラスの男子はクラスマッチに燃え、今から誰がどの競技に出るかといった話で盛り上がっている。

「男子って子供だよねー」

 そう言って綾子は帰り仕度を済ませ瑞希に別れを告げる。

「今日はお母さんと待ち合わせしてるからー! 瑞希、また明日ね」
「うん、バイバイ」

 綾子が教室を出たのを確認した後、瑞希も仕度を済ませてクラスメイトの女子数人と軽く談笑をした後、帰路に就いた。

 帰宅後に瑞希は、着替えて阿部が準備していた軽食を摂った後にサイクスの訓練が行われるサイクス第二研究所へと向かった。

「(ここがサイクス第二研究所かぁ)」

 自宅の最寄駅から二駅の所にある。時刻は17時40分を回ったところだ。約束の時間まであと20分程度ある。

 瑞希は研究所へ入るとすぐに2回の瞬きでスマートコンタクトを起動、共有モードにして受付の女性に第三地区の住民バーコードIDを表示する。

 今日(こんにち)ではXR (クロスリアリティ=Extended Reality、現実世界と仮想世界を融合して、新しい体験を作り出す技術の総称) が発展し、日常生活に大きな影響を与えている。
 現実世界を拡張するためのデバイスとしてスマートコンタクトとスマートグラス (度入りも存在) は日用品として普及し、それらを起動することでネットに接続、空間上にデータを表示する。空間に浮かぶキーボードを操作してリアルタイムに更新するMR (ミックスドリアリティ=Mixed Reality、複合現実) も可能となっている。
 これらは携帯やタブレット、PCとの同期が可能で、そのデータを空間上に表示し、操作が出来る。

 わざわざ携帯やPCなどの端末を取り出して操作する煩わしさは無くなっているものの、端末の利便性は未だ健在で、組み合わせて使うことで多くのことを同時に操作することが可能となっている。

 また、これらXRには『専有モード』と『共有モード』の2つが存在し、前者は使用者のみに表示され、後者は使用者が許可したデバイスとの共有を可能とする。

 女性は瑞希のバーコードIDを読み込んで本人照会をした後、呼ばれるまで待合室で座って待っているよう指示した。

 瑞希は後ろの端の席に腰掛けると辺りを見回す。白衣を着た多くの研究者が歩き回っている。
 2590年代後半よりサイクスを持つ人類が出現して以来、500年以上が経過した現代でもサイクスに関する謎は非常に多く、全国に複数箇所存在するサイクス研究所では日々研究が進められている。

しばらくして1人の女性が瑞希の元へやって来て話しかけてきた。

「初めまして、月島さん。私は田島(たじま) 梨花(りか)と申します。ここではサイクスが人体にどのような影響を与えるのかを主に研究しています。これからサイクス訓練室まで案内しますね」
「ありがとうございます。田島さんが私の指導をして下さるんですか?」
「いいえ。私は月島さんたちの様子を観察して記録するの」
「(たち……?)」

 瑞希は田島について行き、サイクス訓練室Aと書かれた部屋へ入った。

「あれ、和人くん!?」
「瑞希!?」

 そこには特別教育機関で共に学んだ霧島(きりしま) 和人(かずと)がいた。和人は首席の瑞希に対して次席の成績を残していた。彼は卒業後、東京第一地区高等学校へと入学していた。

「元気にしてた?」
「勿論! 瑞希は……色々大変だったみたいだね」
「うん……なっちゃんがね……」
「ごめん、話題にするの辛いよね」
「ううん、大丈夫だよ」

 瑞希が事件の話や自身の超能力の話を終えると同時に部屋の扉が開くとそこには徳田花が入って来た。

「徳田先生だ!」
「知ってるの?」
「うん、うちの高校で教えてたの!」

 瑞希が軽く花について和人に説明するのを待った後、花が話を始めた。

「さぁ、月島さん、霧島くん……何かしら月島さん」

 瑞希の不満そうな視線を感じ花は尋ねた。

「この前、瑞希って呼んでくれたのに今日は月島さんになってる」
「この間は愛香もいた手前、月島さんだと紛らわしいでしょ?」
「嫌です」

 花は面倒臭そうに溜息をついた後、

「……2人とも下の名前で呼ぶわね。瑞希、和人。これからあなたたち2人にサイクスの応用訓練を行うわ。2人共、事前に言われた通り今日は1日サイクスを使ってない?」

 瑞希は満足そうに笑った後に和人と共に頷いた。

「OK。瑞希p-Phoneを出して」

 瑞希は言われた通りに具現化した。

「あー、ようやく出れたよ」
「ピボット、瑞希と和人のサイクスの残量はいくつ? ついでに和人のサイクス量を教えて」
「瑞希は37PBで和人は150PBが最大で現在は146PBだね」

 2人は顔を見合せる。

「あれ? 私、今日は1回もサイクス使ってないのに……」
「俺も……」
「ちなみに花は最大値110PBで残量は110PBだよ」

 瑞希と和人は更に驚き、その様子を見て花はピボットと目を合わせて少し笑い、話を始めた。

「サイクスは自然消費するものなの。これから2人にはサイクスの自然消費を抑える方法を教えるわ」


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