番外編②-26 – 霧島流心武源拳

文字数 2,639文字

「如何にも。俺の名は内倉祥一郎だ」

 内倉はそれまで身体を覆っていた赤い鎧を解き、それまで装着していた石のようにゴツゴツした無表情の仮面を取って瀧に告げる。

「やけに素直じゃねーか」

 瀧は内倉を真っ直ぐに見つめながら言う。

「ふっ......。もう足掻いても無駄だろう。徳田花を最初に逃した時点でな」

 少し穏やかな表情を見せる内倉に対して瀧は複雑な心境を持ちながら尋ねる。

「牧田くんがDEEDの連中に......乱暴に扱われていたのを見て冷静さを失ったってのは本当か?」

 内倉は黙ったまま答えようとしない。

「何故......そんな人間的な側面を見せる?お前たちは相手に情なんて送らないだろう?」

 内倉は瀧の話を聞きながら少しだけ笑い、言葉を発する。

「分かっているんだろう?暇潰しさ。俺たち十二音は常に心の渇きを嫌う。心に潤いをもたらす為に自分たちが不利になることだってやるさ。暇しない方を選択するのさ」

 瀧は内倉の返答に対して納得しない。

「それなら何故俺と合わせるように闘った?牧田くんの身の安全や周囲への被害を考えてじゃないのか?そもそも楽しむのが目的ならばDEEDなんて利用せずに一般人を襲って血を集めりゃ良いじゃねーか。月島の妹を気にしたんじゃねーかって話が出てたが、たかだか15歳だぞ?」

 瀧の中で消化しきれていなかった疑問が一気に溢れ出す。内倉はそれを黙って聞いている。その表情はまるで学校生活に不満を持つ生徒をたしなめているかのようである。

「何なら教師なんかに拘らなくたって良かっただろ?それに血だってそんなに大量に必要ないだろ?」
「必要なんだよ」

 内倉はここで初めて瀧の話を遮り、更に語気に力が籠る。

「もうお喋りは終わりで良いか?これからは本気でやれる」

––––ゴゴゴゴ......

 内倉のサイクスが赤く力強く輝きだす。

「何故、俺がさっきまでお前のペースに合わせた戦闘をしていたか疑問に思っていたな?」

––––"俺の血となり肉となれ(マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン)"

 内倉の屈強な肉体が(うね)り、赤く染まって巨大化した筋肉の表面を内倉の圧倒的なサイクスが覆う。その力強さは先ほどまで瀧が対峙していた内倉と同一人物とは思えないほどの殺気を孕む。

「本気を出せない強者を相手に勝利してもただの恥だろう?」

 内倉の顔がサイクスで具現化された赤い鎧で覆われる。

「これで言い訳出来ないぞ?本気で来い。捻り潰してやるよ」

––––ゴゴゴゴ

 瀧は内倉の挑発には動じないもののその纏われた強大なサイクスに対して瀧も膨大なサイクスで持って対峙する。

––––"血と汗の結晶(レッド・ドラゴン)"

 瀧は右手に真紅に輝くガントレットを構える。"血と汗の結晶(レッド・ドラゴン)"に込められているサイクスもまた、D–2ビルでの戦闘とは比較にならないほどに強力である。

「(分かったよ。それなら拳で語り合おうぜ)」

 瀧の表情に少しの笑みが浮かんだのを見て内倉は僅かに身震いする。

「!」

 瀧はこれまでの構えを変える。

 左足を大きく前方に踏み出し、前膝を90度に曲げた立ち方である前屈立ちの状態となる。半身の体制で"血と汗の結晶(レッド・ドラゴン)"が装着された右拳を握って腰の位置に置き、左手を広げたまま内倉に向けて構える。

霧島流(きりしまりゅう)心武源拳(しんぶげんけん)(めい)

 これまで力強く放出されてきた瀧のサイクスが静かに美しく、滑らかに身体中を駆け巡る。

––––"霧島流心武源拳"

 霧島和人の祖父、霧島浩三が25歳という若さで月島姉妹の祖父、吉塚仁と共に考案。30歳過ぎて完成させる。(仁は煩わしいという理由で道場を持つなどの後進を育てる役割を拒絶、心武源拳の生まれでもあった浩三に任せた)
 『武の源流は心である』という心武源拳の教えの"心"の部分と『サイクスは感情と密接に関係する』という事実を結び付け、心武源拳とサイクスを融合させた新たな武術を編み出した。

「コォォォォ......」

 放出される静かなサイクスとは裏腹に湯気が発生するほどに瀧の肉体が烈々たる闘志をみなぎらせる。

 アウター・サイクスはサイクスを肉体の周りに留めて無駄な消費を防ぐ技術、インナー・サイクスはサイクス全てを体内に留めて自然消費を完全に抑え、且つ更に消費したサイクスの回復を促す技術である。

 心武源拳においてこれら2つの技術を応用する。
 
 アウター・サイクスによって肉体の周囲に留まらせているサイクスを限界まで圧縮し、サイクスの密度を高める。
 一方で体内サイクスにおいては心身を鎮めてフローを穏やかにすることで身体中にサイクスが満遍なく行き渡るように努める。そして鎮めた心身に"武"の精神を込めることでサイクスを活性化させて密度を高めた体外サイクスとの共鳴を引き起こし、強靭な肉体と精神を創り出す。

 この技術を霧島流心武源拳では『(めい)』と呼び、サイクスの消費を抑えつつ同時に消費サイクスを回復、防御力を高めつつもより強力な攻撃を可能とする。また、その静かなサイクスは対敵から次のサイクスの動きが読まれ辛く、より効率的で迅速な超能力の発動をも可能とする。

 霧島流心武源拳は僅か40年程度と歴史の浅い武術であるもののこうした技は門下生でなくとも知る者、会得する者は多く日本のサイクス戦闘に多大な影響を与えている。

「(霧島流心武源拳の門下生か。それであっても肉体から湯気が立つほどの"鳴"とは......!)」

 "鳴"の会得には弛まぬ努力が必要で誰でも会得できる技術ではない。また、会得できたとしても持続時間に個人差が生じたり、発動に時間がかかったりする。
 実際、サイクス量の多くない花は持続時間が短く更に発動にもかなりの時間を要するためにアウター・サイクスとインナー・サイクスの切り替えの方が寧ろ効率的であるため"鳴"をほぼ使用しない。一方で瀧は発動に一定の時間が必要であるがその強力さと持続時間の長さから積極的に取り入れる。

 仁と浩三は"鳴"を得意としており、常に発動して生活している。故にサイクスの静けさとそれに内包する覇気の溝に気圧される者たちが続出している。

「俺はお前たちの技術など知らん。が......」

 内倉の肉体が更に強度を増す。

「似たことは出来るぞ」

 瀧と内倉の2人は互いに不敵な笑みを浮かべ、直後、衝突が開始された。



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