第130話 - MT–72

文字数 3,068文字

「過剰な都市化で日本の美しい景観を破壊するのを今すぐ止めろー!」
「日本の美しい自然に敬意を!」

 これは日本環境保全団体『CLAIR(クレア)』によるデモ活動の様子である。彼らは科学技術、更に超能力者の出現によって都市化を進める傾向にある企業・政府に対して日本本来の自然を保護し、人間本来の生き方の推進を行っている。
 こうした団体は数多く存在し、日本政府もこれら団体の要求に応えて『環境保全特別指定区域』を全国各所に創出した。

「超能力者と非超能力者の格差をなくせ!」

 また、"CLAIR"は『人間本来の生き方推進』も行っている。これは人間本来の生き方、(すなわ)ち非超能力者の生活を保護する名目で超能力者と非超能力者の生活格差の是正や差別をなくす活動を積極的に行っている。

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「我々はこの歪んでしまった社会を正しい方向へと進める橋架けとなることを目指しています」

 これはCLAIR公式ページに掲載されている声明の一部である。

「日本は昔からグローバルな視点に疎く、国としての水準が低いと言わざるを得ない場面が多々ありました。代表的な議題で言えば"男尊女卑"という醜い慣習を正し、男女格差に対する理解を得るのにも多大な時間を要しました。他にはLGBTQも代表的な事例でしょう」

「そして数百年前にサイクスという未知のパワーが観測されて以降、多くの超能力者が出現しました。近年では悲しいことにサイクスを持たない者、非超能力者との格差が大きくなってきました。超能力者というだけで所得に差が出ることは社会として間違っている。政府や各企業団体は非超能力者であっても重要なポストに就いている者は数多くいると主張するでしょう。しかし、そこまでに費やす時間や労働開始時の給与格差は見逃せないものであります」

「進み過ぎた科学技術、未知の力であるサイクス、これらが融合した将来を、現在を、我々は非常に危惧しております。そこで我々は科学・超能力に頼り過ぎない人間本来の生活を推進する活動を進めております」

 日本環境保全団体『CLAIR(クレア)』代表: 夏芽(かが)恭平(きょうへい)

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 先のJOKERとの会話において吉塚仁が言及した東京都第10地区は首都・東京において勝ち取った環境保全区域ということでこれら団体の功績として大きく取り上げられる。

「美しい自然の中で生活するのはとても気持ちが良いです」
「閉塞する社会において私たちに落ち着きをもたらしてくれます」
「心が洗われる思いです」
「サイクスや科学技術に捉われることなく伸び伸びと生活できます」

 上の意見は『実際に第10地区に住む人々の声』としてCLAIR公式ページに掲載されているものである。

 
––––その実、東京都第10地区は他の地区と比べてより深刻な貧困エリアとなった。


 その深刻さは1つの地区が運営するには難しいものであったが、政府からの補助金や各団体からの協力金によって現在まで体裁を保っている。

 その援助の中で最も高い貢献をしているのが日本陽光党・白井康介。

 本来、彼のスタンス・性格ならばこのような活動に対して一笑に付すはずであるが、彼は第10地区市民団体を中心に取り引きを行った。
 
 その内容は超能力者の覚醒に関する実験に協力すること。また、新生児の実験への協力に同意すれば、その家族を希望の地区への移住、大企業への推薦、重要ポスト就任の確約、平均以上の生活水準などを保障するよう手配した。

 34年前のテロ事件が収束して数年間は表立って覚醒の研究を行えたが、政府判断から中止となった。しかし、白井はその後も多くの実験を秘密裏に行ってきた。

––––32年前、1人の男が東京都第10地区に誕生する。

 彼は東京都第10地区の地下に広がる特殊研究施設にて産まれる。彼の両親は共に第10地区で生まれ育った。しかし、彼らはその貧しい生活に辟易(へきえき)し、故郷に何の思入れもなかった。2人は白井との取り引きで身籠った子を研究施設に譲り、第5地区へと移住して不自由ない生活を保障された。

 故に彼に名はない。

 強いて言えば研究施設で呼ばれていた『MT–72』があるのみ。彼は生まれながらにして膨大なサイクス量を持ち、覚醒者となることを期待されて身体やサイクスの様子を常にチェックされた。

 MT–72は幼少の頃から自分は特殊な環境にいることを理解していた。それと同時に両親の不自由ない生活のために自分は犠牲になったことも理解した。しかし、彼はそれに対して何の感情も抱かなかった。

「(空を飛べるようになりたい)」

 MT–72の生活の全ては施設内。

 彼の相手をしてくれる研究者たちの<PROJECT(プロジェクト) AWEAKEN(アウェイクン)>の期待に応えようと発奮した。そのために彼はまず固有の超能力を発現させようと様々な思いにふけった。それらは彼のサイクス量を持ってすれば実現可能なものばかりであった。

 しかし、施設生活において彼に固有の超能力が発現することはなかった。

 彼は研究施設の中でも期待外れの実験体として徐々に邪険に扱われ、いつしか忘れられた存在となった。

「(外の世界はどうなっているんだろう……)」

 MT–72の興味は施設外の世界へと移った。彼は研究施設内での教育において学んだ知識や手にした資料を眺める。

 自分がいる場所は東京都第10地区と言われて自然豊かな地域であること、そしてその外には9つの別の地区があって東京都を構成していること。

「(トウキョウ以外にもあるんだ)」

 東京以外の道府県を知り、それら全体で日本という国を構成し、更に海の向こうには巨大な大陸が存在して地球の1つの小さな要素でしかないことを知った。

––––僕は何も知らない。何も見ていない。

––––そう、お前は何も知らないんだ、MT–72

 いつしかMT–72の脳内で6人の者たちとの会話が繰り広げられた。彼はそれを本能的に自分のサイクスだと理解した。

––––外に行こうよ

––––もうここに用は無いだろう?

––––私たちがいなくなっても誰も何も思わないわよ

「(でも怒られるかも……)」

––––怖いの? MT–72

––––怖くないよ、MT–72

––––協力するぞ、MT–72


 そしてMT–72は死んだ。


 超能力者が強い思いを持って死に至った場合、"思念"となって残された超能力者の肉体を依り代として宿る。クラスマッチでの樋口兼の"怨念"は恨みを持って死に至った場合に引き起こされるもので"怨念"は"思念"の中の1つである。

 MT–72の肉体は火葬されたものの、MT–72の『外へ行きたい』という強い思いが強力な"思念"となり、それに彼の中の6つのサイクスが共鳴して肉体を生成し、主人格であるMT–72を再び世にもたらした。

––––お帰りMT–72

––––お帰りMT–72

––––お帰りMT–72

––––お帰りMT–72

––––お帰りMT–72

––––お帰りMT–72

「ここは……?」

 MT–72は第10地区の樹海エリア奥深くで再び生を受ける。そして彼は1つの違和感に気付く。

「サイクスが……ない……?」

 彼は紛れもなく超能力者である。しかし、彼のサイクスには色が無く、無色・透明である。
 彼の中に宿った6人はそれぞれ別の型のサイクスを持つ。故にMT–72は自由にサイクスのタイプを変更することが可能となった。

 そして再び生を受けてしばらくしてから彼の超能力が発現する。



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