第10話 - 経験と誤算

文字数 2,616文字

「(他人の超能力を複写(コピー)して利用する超能力(ちから)か……状況を考えれるとFrom型超能力……!)」

 固有の超能力の発現はFrom型とTo型で分けられる。

 From型は発現時、サイクスが自動的に超能力者の感情・環境を考慮して適した超能力を創造する。更に発動条件も最大限潜在能力(ポテンシャル)を発揮できるように設定され、超能力者はこれを感覚的に理解する。
 一方でTo型は超能力者本人の裁量に委ねられ、自由に超能力・発動条件を設定することができる。しかし、これは自由であるが故にその超能力がその超能力者の潜在能力(ポテンシャル)を最大限引き出せるものとは限らず、そもそもその超能力に適性があるかも分からない。

 徳田は更に分析を続ける。

「(その上で自在に使えたり、併用して使えたりするならばとんでもない超能力(ちから)ね。ただ、あの超能力を使いこなすには月島さんのサイクス量を持ってしても多くの条件を課されているでしょうね)」

 徳田は自分の超能力が戦闘向きでないことから相手の力量や癖を冷静に分析し、状況を打開することの大切さを理解している。そしてその場面に応じての判断力に自信を持っている。

「(上野もサイクス量が多いとは言ってもこれだけ注射器を複数回使っていれば限界が近いはず。故に彼女は短期戦を望んでいるはず。一方で月島さんも上野の状態は理解しているはず。なるべく時間を稼ぎつつサイクスの消費を促す長期戦狙い。私は今のうちに愛香たちに連絡しなければ)」

 徳田は数本折れている肋骨を抑えながら奪われた自分の携帯を探しに向かった。

 徳田の分析は概ね正しい。
 "病みつき幸せ生活(ハッピー・ドープ)"の度重なる使用によりサイクスは限界に近付いていた。それは山内に追加の注射器を打って指示を出すことが困難な程である。

「(ハァ……ハァ……まずい。ここまで長時間使用したことは初めて。残りの注射は全て私に投入して全力で月ちゃんを向かい撃たないと。それもなるべく早く)」

 一方の瑞希も自らに多大なる負担がかかっていることに気付いた。

「(まずい……身体がすごく怠い……)」
「(瑞希、大丈夫? この疲労は新しい超能力を発現して慣れていないこととキミ自身の超能力の仕組みのせいだ)」
「(詳しい仕組みのことは後で聞くことにするわ……。あとどの位この超能力(ちから)を使える?)」
「(やっぱりキミはとっても強い女の子だね。あと()って5分位だろうね。その後キミはサイクスを3時間全く使用することが出来なくなってしまうんだ)」

「(短期戦……!)」

 瑞希と菜々美の利害が一致した瞬間である。

––––"病みつき幸せ生活(ハッピー・ドープ)"……!!

 2人は同時に右脚に注射を打ち、一気にお互いの距離を詰め、打撃の応酬が開始された。
 超能力(ちから)を使い慣れた菜々美はスピードと手数で瑞希を凌駕し、サイクスの残量でアドバンテージを持つ瑞希が1発の威力と防御力で菜々美を凌駕する。

「(ここからはお互い本当の土壇場……!!!)」

 両者のサイクスの衝突と気迫は無数の火花となって散り、旧校舎・科学実験室の床を破壊した。

「(なっ!! 予想以上に激しい戦闘!? もしかして月島さんが押されてる!?)」

 予想に反して繰り広げられる激しい戦闘に一瞬、最悪の展開が頭を(よぎ)る。

「(いや、月島さんのサイクスも感じる! まさか月島さんも限界に近かった? もしそうなら戦況は五分……いや、本来の練度からいって上野の方が有利になるかもしれない……! 急がなければ!)」

 徳田は1階の事務室へ辿り着き、床に倒れている旧校舎博物館・館長、江口史郎を発見する。

「(確かこの館長さんが私の携帯を持っているはず)」

 江口のスーツの内ポケットを探りながら徳田は彼が絶命していることに気付いた。

「(やはり、注射の打ち過ぎは身体の負担になるようね。更に私の予想では個体差があると思われる。山内さんも館長さんより若いとはいえ、身体への負担が心配だわ)」

 自分の携帯を取り出し、瀧へ連絡する。

「瀧、聞こえる?」
「徳田か! ようやく繋がった! 何してたんだ! お前の学校の旧校舎、とんでもないサイクスが検出されてこっちはてんやわんやだ。武装許可が上から出されて既に突入の準備がされている」
「そのサイクス、愛香の妹のものよ」
「どういうことだ?」

 それから徳田はこれまでの経緯全てを瀧に伝えた。

「一連の事件、全て女子高生の犯行だったってのか!? しかも瑞希の幼馴染みだったなんて」
「えぇ、これが真実よ」

 その時、雷鳴のごとく激しい音が響き渡る。

「とにかく早く突入を開始して! 今は瑞希さんが止めてくれているけどあの子も限界が近い」
「了解した」

 瑞希と菜々美は3階の科学実験室、2階の視聴覚室を突き破り瓦礫の中対峙していた。

「ハァ……ハァ……」

 両者共に限界は近い。

「月ちゃん、次、最後の力で行くよ。月ちゃんももう限界でしょ?」
「ハァ……ハァ……ふぅ……分かった。行くよ」

 2人は右拳にサイクスを溜めて向かって行った。

「!?」

 予想より早く相手の元へ辿り着いたのは菜々美。
 菜々美はサイクスの配分に変化を加えた。残りのサイクスのうち約3割を脚へ集中させ確実に先制を狙ったのだ。

「(まずい、間に合わない)」

 瑞希は正真正銘全てのサイクスを右拳に込めていた。
 最終局面においても冷静に策を練った菜々美の勝利。本来ならばそれで決着。


––––しかし、誤算があった。


 サイクスを使った戦闘を経験したものなら無意識的に菜々美のようにサイクスの配分を変えている。
 先の徳田が咄嗟に足にサイクスを溜めてバランスを保ちながら瑞希を抱えて上階へ逃れた行為がその一例である。"病みつき幸せ生活(ハッピー・ドープ)"の実験を繰り返すうちに菜々美にもその発想が備わっていった。

 瑞希に戦闘経験は皆無。

 自身の身体的状態の把握は未だ未熟。サイクスを足に溜めねばバランスを保てない程にギリギリの状態であった。

 瑞希は左足のバランスを崩し菜々美の右拳が描いた軌道から瑞希の上体が逸れる。

「(!? まさか!? 読まれた!? いや……これは……)」


––––瑞希の右拳が菜々美の下顎を一閃する


 少しの経験の"無さ"が2人の勝敗を分けた。

「p-Phone内のサイクス残量が無くなりました。月島瑞希は3時間、如何なるサイクスも使用することは出来ません」

ピボットはそうアナウンスするとp-Phoneと共に姿を消した。


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