第103話 - 狂気

文字数 2,717文字

「(ノータイムで()りにいった……!)」

 花は瑞希の胸に現れた黒い渦からJESTERが出現した瞬間、仁の躊躇なく距離を詰めた後の無慈悲な一閃に驚倒(きょうとう)する。
 その一閃は周囲に衝撃を与え、大気を割る。その衝撃的な一撃は静かに音もなく3隻の大型コンテナ船を上下に切断し、切断された船の上部は一瞬浮き上がった後にそのまま一寸のズレもなく静かに落下。一見、元の船のコンテナ船3隻と変わらない状態となった。

 一方でJESTERは仁の速攻に反応し、跳躍して躱そうと試みる。その際、JESTERの周囲にも瑞希と同じ黒いドーム状サイクスが展開されている。

––––ヒュンッ

 JESTERは完全に躱すことに失敗し、逆さの状態で宙に浮いたまま両腕が切断される。

「(JESTERの反応速度も恐ろしいけど、両腕を切断して一瞬で戦闘不能に追い込んだ!)」

 花は仁の一撃の後に起こった風圧を手で顔を覆いながら防御し、戦況を見つめる。

––––ズズズズズ……

「出血していない!?」
 
 両腕を切断されても切り口から出血せずに余裕の表情で笑うJESTERを見て花は違和感を持つ。その直後、切断された右腕が黒いサイクスで少しずつ覆われ始める。それと同時に上空に逃れたJESTERを見つめる仁の背後に黒いサイクスの渦が生じ始める。
 その渦の中心から今しがた上空にあった右腕が指を尖らしながら現れ、仁の背を突く。

 仁は背後からの攻撃を躱し、瑞希をお姫様抱っこの形で抱きかかえて離脱、黒いサイクスの渦が現れた胸付近と額に手を当て、異常が無いかを確認する。

「(今のところ異常は無いが、みずを中心として展開されているこの黒いサイクスの囲いは消えんな……。奴の超能力であろうことは間違いない)」

 仁の背後にあった黒いサイクスの渦はすでに消滅しており、上空の両腕は何事も無かったかのようにJESTERの身体に接続している。JESTERは上空で人差し指をマスクの口元に当てつつ仁に告げる。

「ウフフ。安心してその子には()()何もしないわよ」

 そのまま後ろの倒れている近藤と手錠と異不錠をかけている町田の方を見る。すると今度は近藤を中心に黒いサイクスのドームが作られ、町田ごと覆う。

「!?」

 町田が反応する間もなく目の前にメスを持ったJESTERが現れる。町田は咄嗟に所持していた拳銃を構える。

「あら、この中にいると危ないわよ?」

 JESTERがそう告げた瞬間、メスで町田の首を切断する。町田の頭部は切断面から出血することなく真上に跳ねられそのまま留まって浮遊する。一方で残された身体はその場に直立したままである。JESTERは「フフフ」と少し笑いながら頭部を手で掴む。

「な……何だ!? どうなってんだ!?」

 身体から切り離された町田は痛みを全く感じておらず、首だけで話している。

「不思議でしょう? 慣れれば切り離された身体も動かせるわよ」

 直ぐさま鈴村は気絶している萌と結衣を、同じく気絶している田川と和人、金本を柳が抱えてその場から離れる。ほぼ同時に花も2人についてその場から離れて距離を取った。

「良い判断ね」

 柳は隣にいる花にウィンクしながら告げる。JESTERの超能力はサイクスのドーム内で発動することは明らかで、その範囲をどこまで拡張出来るか分からない以上、距離を取る判断を鈴村、柳、花は下した。
 仁は瑞希の額に手を当てたままJESTERの方を最大限の警戒を持って凝視する。

「この中では私からいくら刻まれても痛みを感じないし、死なないから安心してね」

 JESTERはそう告げると町田の頭部を右手に持ったまま左手で近藤の身体に触れる。JESTERの左手から黒いサイクスが溢れ、近藤の身体が包まれる。完全に覆った後もしばらく近藤の身体に触れ続け、その後、満足そうに声を漏らして笑いながら町田の頭部を宙に投げ、メスを近藤の身体に向けて振り回して切り刻む。

 近藤の身体はJESTERの手によって正確に細かく解剖され、それらがドーム内で浮遊する。
 JESTERは「あった、あった」と愉快そうに呟いた後に、心臓とそこから伸びる血管 (左右の総頚動脈と椎骨動脈は脳に到達するまでにいくつかに枝分かれする)と脳をそのまま取り出す。

「回収〜♡」

 その後、抜き出した部分から黒いサイクスの渦が出現して飲み込まれて消失し、代わりに別の心臓、血管、脳が繋がれたものを出現させる。

「それはいらないからそっちで処理ヨロシクね〜」

 そう言って出現した部位を近藤の解剖された身体が浮遊する中に投げ込む。

「(何て残酷な……気持ちの悪い超能力なの……)」

 花はJESTERが再び町田の頭部に近付いていくのを見ながら言葉を失う。

「さっきはこの中なら大丈夫って言ったけど、ここから出たらどうなるか分かる?」

 JESTERは町田の頭部を両手で持ちながら尋ねる。それを聞かれた瞬間、町田の表情が一気に恐怖で歪み、「や……やめてくれ!」と叫ぶ。

「フフフ。そんな意地悪しないわよぉ〜」

 と言って町田を安心させ、町田も少しだけ安堵の表情を見せる。

「うっそ〜♡」

 そう言ってJESTERは首のない町田の身体を蹴り飛ばし、ドーム外へと吹き飛ばす。

––––ブシュウッ!

 首の切断面から勢いよく血が吹き出し、町田の身体は糸の切れた人形のようにドシャッとその場に倒れ込む。同時に町田の悲鳴が響き渡る。

「うわあああああああああ!!!!!」

 その様子を見ながら興奮気味にJESTERは町田に声をかける。

「あははははは!!! 痛いでしょう? でもまだこのドーム内にいるからあなたは首だけで生きているのよォ! どんな気持ちィ!? 死を待つだけの無力なあなたは今、どんな気持ちなのぉ!?」

 その狂気に満ちた笑いが交じった言葉に町田は涙を流しながら悲鳴を上げる。

 しばらく泣き叫んだ後に状況を覆すことは不可能だと悟った町田は静かにJESTERに懇願した。

「もう……殺してくれ……」

 その言葉を聞いた瞬間にJESTERはそれまでの笑いをピタリと止め、一気に冷めた口調で告げる。

「面白くないわねぇ。醜く生にしがみつきなさいよ」

 JESTERは町田の鼻をツンツンと突つきながらつまらなそうに話す。

「もう少し遊んでみようかしら」

 町田の顔の中心から黒いサイクスの渦が出現する。

「!?」

 仁は同時に瑞希の顔も黒いサイクスの渦に覆われていくのに気付いた。

––––ズズズズ……

 瑞希の頭部は涙で汚れた町田の頭部に変わり、一方、瑞希の頭部はJESTERの両手に包み込まれていた。

「あぁ……」

 JESTERはうっとりした声を上げながら着けているマスクを上にずらし、素顔を露わにした。



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