第65話 招かれざる客

文字数 1,944文字

虎太郎(こたろう)……!」

 真田虎太郎(さなだ こたろう)――
 弟の場違いすぎる登場に、姉・龍子(りょうこ)(うめ)くような声を上げた。

「なん、で……虎太郎が、ここに……?」

 南柾樹(みなみ まさき)も振り返った状態で、その意味がわからず混乱した。

「ああ、たいへん……あの『メモ』だわ……わたし、なんてことを……」

 星川雅(ほしかわ みやび)は思い出した。
 ウツロを(もてあそ)ぶため、たわむれに書いた『()()き』のことを。
 それがまさか、こんな最悪の事態を(まね)くなんて……

 実際に彼、虎太郎はそのメモを見て、姉たちのあとを追う形で、ここ人首山(しとかべやま)にやってきた。
 しかしそれは、やはり最悪のタイミングで、だった――

 柾樹の巨体と雅の髪の毛が、自分を拘束(こうそく)するその力が明らかに(ゆる)んできたのを、似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)見逃(みのが)さなかった。

「ぬうん!」

「うがっ――!?」

 油断していた柾樹の体を、彼は勢いよく押しのけた。

「柾樹っ!」

「お前もこうだ、雅っ!」

 (から)()られていたのを逆に利用し、髪の毛を(つか)んで振り回して、桜の大木(たいぼく)(たた)きつけた。

「きゃあっ!」

 星川雅は背中をしたたかに打ち、木の下に転げ落ちる。

「柾樹、雅っ!」

 真田龍子が叫んでいる間にも、似嵐鏡月はおよそ考えうる最悪の行動に出た。

「わあっ!」

 自由を得た(すき)に、真田虎太郎のもとまでダッシュし、あろうことか人質(ひとじち)に取ったのだ。

「うぐぐ……」

 山犬の大きな手が、小柄(こがら)な虎太郎の体を(にぎ)り、()めつける。

「虎太郎っ! やめて、似嵐さんっ!」

 助けを()う真田龍子の顔は絶望に(ゆが)んでいる。

「そうはいかんな、お(じょう)ちゃん。しかし、ふふ……どうだ? わしの言ったとおりだろ? お前の存在は、真田龍子……弟を不幸にすると。くく、くくっ」

「あ……あ……」

 彼女は絶望のあまり、地面にへたりこんでしまった。

「うぬぬ……」

 相変わらず握りしめてくる手に、真田虎太郎は苦しそうにしている。

「虎太郎くん、君も不幸だな、(おろ)かな姉を持って。なんだか同情を禁じえないよ。まあ、方便(ほうべん)だがなあ」

 似嵐鏡月の卑怯(ひきょう)きわまる仕打ち。
 しかし真田虎太郎は、その大きな目をカッと見開いた。

「……姉さんに、謝ってください……!」

 こんな状況で弟は姉を擁護(ようご)してみせた。
 その態度に山犬は(つら)をしかめた。

「なんだ貴様、姉を守ろうというのか? 貴様のような何の力も持たぬガキが? 虎太郎くん、わしは知っているのだぞ? 君の姉がかつて、君にどんな仕打ちをしたのかをな。それでも君は姉を守るというのか?」

 似嵐鏡月は自分と虎太郎を(かさ)()わせた。
 それゆえ、姉を助けようとする弟の心理がまったく理解できない。
 その発露(はつろ)としての言動だった。

「……謝って、ください……!」

 真田虎太郎の意志はいっこうにブレない。
 山犬・鏡月はますます腹立たしくなった。

「なぜだ、なぜ姉を守る……!? お前を死に追いやろうとした、にっくき姉だぞ……!? そんな者を助ける価値など――」

「謝ってくださああああいっ!」

 弟は丸く開いた目を血走(ちばし)らせて絶叫(ぜっきょう)した。
 そして『もう一人の弟』はついにブチ切れた。

「ならば、こうしてくれるわあっ!」

「虎太郎おおおおおっ!」

 ああ、真田虎太郎は山犬の(こぶし)の中に消え失せた。

「あ……」

 ショックのあまり姉・龍子は、呼吸のしかたも忘れそうになった。

 やっぱり自分は、この男の言うとおり、弟を不幸にする存在……

 真田龍子はわき上がる自責(じせき)の念に、思考が吹っ飛ぶ寸前(すんぜん)だ。
 しかし、そのとき――

「ああ、あれを見て……!」

 満身創痍(まんしんそうい)で事の成り行きを見守っていた星川雅が、山犬の手を指差しながら叫んだ。

 似嵐鏡月の拳が緑色のまばゆい光に包まれている。

「あれはまさか、虎太郎のアルトラ……!」

 南柾樹も驚いてそれを凝視(ぎょうし)した。

 緑色の光は、ついに山犬の(にぎ)(こぶし)からあふれ出た――

「イージス……!」

(『第66話 イージス』へ続く)
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登場人物紹介

ウツロ(男性、16歳、身長175cm)


孤児だったが、似嵐鏡月に拾われ、アクタとともに育てられる。

アクタのことは兄貴分として、似嵐鏡月のことは師として慕っている。


トラウマが強く、「自分は人間ではない、毒虫のような存在だ」という、自己否定の衝動に苦しめられている。

それに向き合うため、哲学書や思想書を愛読している。

好きな思想家はトマス・ホッブズ。


剣術・料理を得意とする。

アクタ(男性、16歳、身長185cm)


ウツロと同じく孤児であり、似嵐鏡月の手で育てられた。

ウツロのことは、よき弟分としてかわいがっている。


明るく、気さくで、考えることは面倒な性格。

自分を責めるウツロのことを気にかけ、何かにつけて助け舟を出す。


力が強く、体力があることから、体術に秀でている。

似嵐鏡月(にがらし・きょうげつ、男性、30代後半、身長190cm)


孤児だったウツロとアクタを拾い上げ、隠れ里で育てた。

暗殺を稼業とする殺し屋であり、ウツロとアクタを後継者にするべく、その技術を伝授している。

マルエージング鋼製の大業物『黒彼岸』を愛刀とする。

真田龍子(さなだ・りょうこ、女性、黒帝高校1年生)


傷ついたウツロを救出し、献身的に看護する。

性格は明るく、勉強もできるが、運動のほうが得意。


仏のような慈愛・慈悲の心を持つが、それは過去のトラウマから派生している。

ウツロに対し、特別な感情を抱く。


真田虎太郎は実弟。

星川雅(ほしかわ・みやび、女性、黒帝高校1年生)


精神科医を両親に持ち、鋭い観察眼を会得している。

気は強いが、冷静沈着。

しかし内面には暗部を隠し持っていて、それを悟られないよう、気を使っている。

ウツロに『アルトラ』の存在を教える。

南柾樹(みなみ・まさき、男性、黒帝高校1年生)


ウツロには何かにつけて、きつく当たるが、それは彼が、ウツロに自分自身を投影してのことだった。

料理が得意。

真田虎太郎(さなだ・こたろう、男性、黒帝中学校1年生)


真田龍子の実弟。

頭脳明晰だが、考えすぎてしまう癖がある。


音楽をこよなく愛する。

好きな作曲家はグスタフ・マーラー。

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