第5話 絶叫
文字数 2,396文字
「恐れながらお師匠様、それは先程もお聞きしました。しかし、それが何でしょう? 生きるために他を犠牲にするのは、世の常でございます」
ウツロはこのように申し立てをした。
アクタも言葉には出さずとも同意している。
「もう、10年ほど昔のことになるが――わしはある政治家の暗殺を依頼された。わしはすぐに、その男の身辺を調査した。名を、
「そのような
「最後まで聞いてくれ、ウツロ。わしは身辺調査の過程で、万城目優作が、国際的なテロ組織から、何度も脅迫されていることを知り、これを利用することにした。万城目が主催するパーティーの会場を、そのテロ組織の犯行に見せかけて、襲う計画を立てたのだ。ビルのほとんどを爆破するという、大胆な作戦だったが、正体を知られないためには、一番、合理的だった」
「その話が、いったいどう、つながるのでしょうか?」
話の筋が見えない。
アクタはぶしつけを承知で、恐る恐る質問した。
「わしは万城目の娘――日和のことが、気にかかっていた。ちょうどお前たちと、同じ年頃だったからだ。わしはなんとか、彼女だけでも逃がしたいと考えていた。父親を殺せば、万城目日和は
ウツロとアクタは、ごくりと
「万城目日和は、その会場にいたのだ。父が忘れた、スピーチの原稿を、届けるという理由で。こっそり行って、パパを驚かそうという、子どもの発想で」
まさか、と二人の顔に、冷や汗が浮き出る。
「わしはこの、
人殺しいっ!
お父さんをっ、返してえええっ!
「わしは名状しがたい恐怖に駆られた。いままでわしのしてきたことは、すべて間違いだったのではないかと。そしてわしは、混乱したわしは、手に握っていた黒彼岸を、その少女に向かって、振り下ろした――」
ウツロとアクタは絶句した。
「そのとき以来わしは、頭の中からあの少女のことが、離れなくなってしまった。あの声が、わしに憎悪を惜しみなく向ける、あの顔が……」
まるで覚醒しながら悪夢を見ているかのような心境を、
ウツロもアクタも、身じろぎすらできずにいる。
「あの少女が、お前たちと重なる。お前たちが成長するごとに、わしの頭の中のあの少女も、大きくなってくるのだ。そして、いつかわしに恨みを晴らしに来るのではないかという、幻影が……」
このように彼は、精神の中に巣食う
普段の威厳ある師匠からは想像もできないその姿に、二人は息をのむのも精一杯だった。
「だからもう、わしは耐えられなくなった。この稼業を続けることに。アクタよ、ウツロよ、どうかわかってくれんだろうか? このとおりだ!」
似嵐鏡月はおもむろにその頭を深々と下げ、板の間に両手をついた。
「おやめください、お師匠様!」
「頭をお上げください、お師匠様!」
ウツロとアクタは慌てふためいて、師を土下座へ追いこんでしまったことを、激しく後悔した。
「アクタ、ウツロ。愚かなわしを許してくれ」
*
その後、三人は会話も
ウツロとアクタは、師のすすめで風呂に入ることになった。
二人は順番に湯につかったが、先ほどのことが頭から離れない。
不器用ながらも、親を演じようとする態度に、彼らは人知れず、
その涙は文字どおり、
風呂から上がったあと、ウツロとアクタは薪をくべると申し出たが、似嵐鏡月に「残り湯で入るから、お前たちは休みなさい」と、逆に気づかわれた。
彼らは
言葉は、ない。
アクタは頭の下に両腕を組んで、天井をボーっと見つめている。
いっぽうウツロは、書棚から一冊の本を、おもむろに取り出した。
(『第6話