第78話 降臨

文字数 1,959文字

「バカな、これは……」

魔王桜(まおうざくら)……」

 似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)とウツロは、うめくように口走(くちばし)った。

 魔王桜――

 人間の前に出現し、異能(いのう)の力・アルトラを植えつける、異界(いかい)の王。

 それが桜の森の空間を破壊して、姿を現したのだ。
 面前(めんぜん)の者たちは、激しい戦慄(せんりつ)を禁じえなかった。

「あの女が、グレコマンドラが言っていた……」

 誰かに動かされるように、似嵐鏡月が口を(ひら)いた。

「魔王桜は、人間の持つ悪意を主食(しゅしょく)にすると……そして、その悪意を効率よく生み出すため、人間にアルトラを発動させるのだと……」

「……なぜ、アルトラ使いを作り出すことが、悪意を生み出すことにつながるのでしょうか……?」

 (ふる)える体を(だま)らせながら、ウツロは()にたずねた。

「アルトラの能力とはすなわち、精神の投影……もし、強い願望なり欲望なりを持つものがアルトラ使いとなれば、より多くの悪意を吐き出させることが可能となる……」

「願望……それでは、まさか……!」

「ああ、魔王桜にとって、われら人間は『食い物』でしかないのさ……しかも、より長く味わえる『あめ玉』であるほどよい……」

「そん、な……」

「やつがいったい何者で、どこからやってくるのかまでは、わからんがな……」

 魔王桜はあやしい妖気(ようき)を振りまいて、呼吸でもするかのように、どろどろと(うごめ)いている。

「魔王桜め、一度アルトラを与えた者たちの前にまた現れるとは、いったい何を考えて……まさか……!?」

 似嵐鏡月は自分で放った言葉に、愕然(がくぜん)とした。
 ウツロも

に気がついた。

「アクタ、逃げろっ!」

「――?」

「わしとしたことがうかつだった! この中で魔王桜に会ったことのない、アルトラ使いになっていないのはアクタ、お前だけだ!」

「な……」

「きゃつめ、おそらくお前にアルトラを植えつけるため、出現したのだ! 逃げよアクタ、逃げるのだ!」

「そんなこと、言われてもよ……体が、ん……っ!」

 皮肉なことにアクタは、彼の身を案じる父・鏡月に受けたダメージのせいで、満足に体を動かすことができない。

「くそっ、お師匠様! 俺がアクタを、な……っ!?」

 アクタのもとへ走ろうとしたウツロの足が、根を張ったように動かない。

「これは……!?」

 文字どおり、



 いつの間にか地面から顔を出した魔王桜の『根』が、彼の足をしっかりと(から)()っていたのだ。

 そして太い枝の一本がゆっくりと、その先端を()()まし、ウツロのほうへ向かってくるではないか。

「ヤロウ、邪魔しようとするウツロをまず始末する気だぜ……!」

「ウツロっ! くそっ、こうなったらわたしのゴーゴン・ヘッドで、な……っ!?」

「な、なんだ、こりゃあ!?」

 なんと南柾樹(みなみ まさき)星川雅(ほしかわ みやび)の体までも、魔王桜の『根』によって(ふう)じられてしまった。

「柾樹っ、雅っ!」

「ならば僕のイージスで、わ……っ!?」

「きゃあっ!」

「ぬぬぬ……」

 やはり真田龍子(さなだ りょうこ)と弟・虎太郎(こたろう)も。

「みんな! くそっ、こんな『根』なんかに、ぐあ……っ!?」

「ウツロっ! くそ、わしの体さえ動けば……」

 『根』は歯向かおうとするウツロを、さらに強く()めあげた。
 似嵐鏡月はなんとか助けようとするが、やはり皮肉なことに、ウツロから受けたダメージのため、うまく体を動かせない。

「あ、あ……」

 魔王桜の(するど)枝先(えださき)は、目玉のようなおびただしい数の花を()かせ、ウツロの目前(もくぜん)まで(せま)ってきた。

「くっ……!」

 恐怖のあまりウツロは目を閉じた。

「……」

 何も起こらない。
 ゆっくりとその目を開くと……

「……」

 似嵐鏡月がそこに立っていた。

 全身の半分、いや、三分の一にも満たない程度が、山犬(やまいぬ)の姿に変わっている。

 残されたわずかな力を()(しぼ)り、『息子』を守るため、アルトラ『ブラック・ドッグ』を使ったのだ。

 その(むな)もと、心臓の(あた)りを(つらぬ)いて、枝の先端がウツロの目の前で止まっている。

 ウツロの顔が(くず)れた。

……っ!」

(『第79話 父と子と』へ続く)
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登場人物紹介

ウツロ(男性、16歳、身長175cm)


孤児だったが、似嵐鏡月に拾われ、アクタとともに育てられる。

アクタのことは兄貴分として、似嵐鏡月のことは師として慕っている。


トラウマが強く、「自分は人間ではない、毒虫のような存在だ」という、自己否定の衝動に苦しめられている。

それに向き合うため、哲学書や思想書を愛読している。

好きな思想家はトマス・ホッブズ。


剣術・料理を得意とする。

アクタ(男性、16歳、身長185cm)


ウツロと同じく孤児であり、似嵐鏡月の手で育てられた。

ウツロのことは、よき弟分としてかわいがっている。


明るく、気さくで、考えることは面倒な性格。

自分を責めるウツロのことを気にかけ、何かにつけて助け舟を出す。


力が強く、体力があることから、体術に秀でている。

似嵐鏡月(にがらし・きょうげつ、男性、30代後半、身長190cm)


孤児だったウツロとアクタを拾い上げ、隠れ里で育てた。

暗殺を稼業とする殺し屋であり、ウツロとアクタを後継者にするべく、その技術を伝授している。

マルエージング鋼製の大業物『黒彼岸』を愛刀とする。

真田龍子(さなだ・りょうこ、女性、黒帝高校1年生)


傷ついたウツロを救出し、献身的に看護する。

性格は明るく、勉強もできるが、運動のほうが得意。


仏のような慈愛・慈悲の心を持つが、それは過去のトラウマから派生している。

ウツロに対し、特別な感情を抱く。


真田虎太郎は実弟。

星川雅(ほしかわ・みやび、女性、黒帝高校1年生)


精神科医を両親に持ち、鋭い観察眼を会得している。

気は強いが、冷静沈着。

しかし内面には暗部を隠し持っていて、それを悟られないよう、気を使っている。

ウツロに『アルトラ』の存在を教える。

南柾樹(みなみ・まさき、男性、黒帝高校1年生)


ウツロには何かにつけて、きつく当たるが、それは彼が、ウツロに自分自身を投影してのことだった。

料理が得意。

真田虎太郎(さなだ・こたろう、男性、黒帝中学校1年生)


真田龍子の実弟。

頭脳明晰だが、考えすぎてしまう癖がある。


音楽をこよなく愛する。

好きな作曲家はグスタフ・マーラー。

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