第12話 面影の奥に

文字数 2,758文字

 その鋭い眼差(まなざ)しには、目力(めぢから)のみで相手の心臓を止めるような(すご)みがある。
 黒くボリュームのある髪の毛は、あちこちピンで留めてあって、白いタンクトップからのぞく体躯(たいく)は、筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)としている。
 ()せたブルーのダメージデニムを()いた(あし)は、次の瞬間、蹴りでも繰りだしてきそうなたくましさだ。
 いかにもいけ好かない、うさんくさい感じの男だった。
 けれど不思議なことにウツロは、彼を見てアクタを連想したのだ。
 背格好くらいしか共通点はないのに――
 だが何か――雰囲気というか、オーラというか――アクタに共通する何かが、感じ取られたのだ。

 そしてその大男の陰から、もう一人の少年――大男と比較して、ずいぶん背の低い少年がひょっこり顔を出して、二度驚いた。
 ザンギリ頭にひきつった笑顔。
 結んだ口は下に(とつ)の緩い弧を描いていて、口角に不自然な

ができている。
 角ばった太い眉の下に、丸い目をギンと見開き、こげ茶色の肌には脂汗(あぶらあせ)がにじんでいる。
 鼻の穴は大きく開かれて、いまにも鼻毛が見えそうだ。
 赤白チェックのネルシャツとカーキのチノパンを、ピシッと着つけている――というより、

印象を受ける。
 二人の少年は、ウツロにまじまじと視線を送った。

「虎太郎、こっちへおいで」

 真田龍子(さなだ・りょうこ)が合図をすると、小さいほうの少年が、てくてくとした動きで、早歩きで寄ってくる。

「ウツロくん、弟の虎太郎(こたろう)だよ。虎太郎、この方はウツロくんという人なんだ。あいさつしてごらん」

「ど、どうも、どうも」

 しどろもどろではあったが、その少年――真田虎太郎は、ウツロにぺこりと会釈(えしゃく)をしてみせた。
 彼はウツロを警戒しているのか、姉の前にしゃきんと立って、何やら守るような体勢を取っている。

 いっぽう最初の大男は、ハンドポケットでつかつかとウツロのほうへやってくると、ベッドに横たわっている彼を見下ろして、見世物でも眺めるかのような薄笑いを浮かべた。

「目え覚めたんだな、


柾樹(まさき)っ」

 開口一番で悪態をついた彼を、真田龍子がなだめるように制した。

「柾樹、お客人に失礼でしょ。それにこの子は原始人じゃなくて、ウツロくんて名前なの。ああ、ウツロくん。こいつは(みなみ)柾樹。わたしたちと、このアパートに住んでいる、ルームメイトだよ。こんな感じだけれど、悪いやつじゃないから、安心して」

 星川雅(ほしかわ・みやび)はさりげなく南柾樹の紹介をした。

「ウツロ? ウツロってどういうこと? 偽名? コードネームとかか?」

 思ったとおりの態度で、彼はウツロを挑発した。
 当然、ウツロの心中は穏やかではない。

「本名だ。お師匠様からいただいた名を侮辱するな」
「『お師匠様』だあ? こいつガチで原始人じゃね? 平成も終わったってのに、『お師匠様』だと」
「貴様っ! 俺はまだしも、お師匠様を愚弄することは許さん!」
「何キレてんの? 変じゃね、お前? もっと言ってやろうか? 


「貴様あっ!」

 ウツロは両側の手すりを(つか)んで、前方へ(ひるがえ)り、壁を蹴って、弾丸のように勢いよく、南柾樹へと跳びかかった。
 その加速のままに、体の中心の急所を狙い、攻撃を仕掛けようとする。
 しかし――

「がはっ!?」

 南柾樹に首根っこを取られ、遠心力で床に叩きつけられる。

「柾樹っ、やめて!」

 真田龍子が叫んでいる間にも、ウツロは体を起こし、次の攻撃に備えようとした。
 だが――

「ぐっ!?」

 ウツロの体は、たちどころに(から)め取られた。
 南柾樹が裸締(はだかじ)めをきめたのだ。
 必死で抵抗を試みるが、完全にきまった技から、逃れることができない。

「柾樹、そのまま動かないで」

 星川雅はシャーペンから『軸』を取り出し、それを口に含んだ。

「うっ……」

 軸から飛び出した『(しん)』が、ウツロの腕の静脈に突き刺さった。

「雅っ、何を!?」
「護身用の暗器だよ、龍子。ヒグマも黙らせるレベルの麻酔薬が入ってるんだ」
「そういうことじゃなくて!」

 ウツロの体から力が抜けていく。
 意識を失いかけながら、彼は真田龍子のほうを見た。
 弟、真田虎太郎が姉をかばうようにしている。
 その光景にアクタのことが頭をよぎった。
 アクタが俺にするように、彼は姉にしているのか?
 大切な存在を守るために――

 アクタ、無事なんだろうか?
 会いたい、アクタ――
 ウツロは一筋の涙とともに、再び気を失った。
 南柾樹はベッドの上にそっとウツロを降ろす。

「ウツロくんっ!」

 真田龍子はかけよって彼の身を案じたが、息はあることを確認して、胸を()で下ろした。

「二人とも、ひどいよ!」
「だって、向こうから手え出したんだし。龍子だって見てただろ?」
「まったく、無茶してくれるじゃん。まさか、あの状態で動けるなんてね」

 南柾樹と星川雅は、まったく意に介していない態度だ。

「もうっ! 彼は重傷なんだから! もう少し手を抜いてくれても――」

 真田虎太郎が、姉の上着の(すそ)を引っ張った。
 彼はそうしながら、横たわるウツロに、(いつく)しむような眼差しを送っている。

「虎太郎?」
「この方は、悪い人には見えませんでした」
「……虎太郎」

 弟のことを知る姉は、そのいたわりの精神に胸が痛くなった。
 星川雅は、仕込みの暗器を何事もなかったかのように戻している。

「念のためにシロナガスクジラ用のも用意しておかなきゃ」

 あっけらかんとした彼女に、南柾樹は引き気味に口を開けた。

「それにしても」
「なんだよ?」

 切り出した星川雅に対し、南柾樹はベッドの(さく)に寄りかかって、いかにも気まずそうな顔をしながら返答した。

「彼はうなされながら確かに言っていた。『魔王桜(まおうざくら)』と――」
「つまり、それは……」

 彼女の一言に、真田龍子は一抹(いちまつ)の不安を(ぬぐ)い去れなかった。

「こいつ

、『アルトラ使い』になったってことかよ?」
「可能性として、低くはないでしょうね」

 南柾樹と星川雅は顔を見合わせた。

 真田龍子は心の中で、この純真無垢(じゅんしんむく)な少年が背負ってしまった、重すぎるその宿命を(うれ)いた――

(『第13話 タイガー&ドラゴン』へ続く)
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登場人物紹介

ウツロ(男性、16歳、身長175cm)


孤児だったが、似嵐鏡月に拾われ、アクタとともに育てられる。

アクタのことは兄貴分として、似嵐鏡月のことは師として慕っている。


トラウマが強く、「自分は人間ではない、毒虫のような存在だ」という、自己否定の衝動に苦しめられている。

それに向き合うため、哲学書や思想書を愛読している。

好きな思想家はトマス・ホッブズ。


剣術・料理を得意とする。

アクタ(男性、16歳、身長185cm)


ウツロと同じく孤児であり、似嵐鏡月の手で育てられた。

ウツロのことは、よき弟分としてかわいがっている。


明るく、気さくで、考えることは面倒な性格。

自分を責めるウツロのことを気にかけ、何かにつけて助け舟を出す。


力が強く、体力があることから、体術に秀でている。

似嵐鏡月(にがらし・きょうげつ、男性、30代後半、身長190cm)


孤児だったウツロとアクタを拾い上げ、隠れ里で育てた。

暗殺を稼業とする殺し屋であり、ウツロとアクタを後継者にするべく、その技術を伝授している。

マルエージング鋼製の大業物『黒彼岸』を愛刀とする。

真田龍子(さなだ・りょうこ、女性、黒帝高校1年生)


傷ついたウツロを救出し、献身的に看護する。

性格は明るく、勉強もできるが、運動のほうが得意。


仏のような慈愛・慈悲の心を持つが、それは過去のトラウマから派生している。

ウツロに対し、特別な感情を抱く。


真田虎太郎は実弟。

星川雅(ほしかわ・みやび、女性、黒帝高校1年生)


精神科医を両親に持ち、鋭い観察眼を会得している。

気は強いが、冷静沈着。

しかし内面には暗部を隠し持っていて、それを悟られないよう、気を使っている。

ウツロに『アルトラ』の存在を教える。

南柾樹(みなみ・まさき、男性、黒帝高校1年生)


ウツロには何かにつけて、きつく当たるが、それは彼が、ウツロに自分自身を投影してのことだった。

料理が得意。

真田虎太郎(さなだ・こたろう、男性、黒帝中学校1年生)


真田龍子の実弟。

頭脳明晰だが、考えすぎてしまう癖がある。


音楽をこよなく愛する。

好きな作曲家はグスタフ・マーラー。

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