第63話 呪われた存在

文字数 1,678文字

「はじめわしは、殺そうと思った……アクタ、ウツロ……お前たちを……そしてひとおもいに、自分も死のう……そう、思った……だがな……」

 漆黒(しっこく)山犬(やまいぬ)似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)は、牙の生えた口をもごもごさせながら(つぶや)いた。

「ある考えが……悪魔の考えが、頭をよぎったのだ……それは……」

 今度はへらへらと、薄気味悪(うすきみわる)()みを浮かべはじめる。

「この子らに……愛するアクタの命を奪った、にっくき二人の(のろ)()に……地獄の苦しみを味合(あじあ)わせてやる……みずからがみずからの存在を呪うような、地獄の苦しみを……それがわしの、わしにできる……お前たちへの、復讐(ふくしゅう)……そう、考えたのだよ……」

 アクタとウツロの胸中(きょうちゅう)やいかばかりであろう?
 彼らがいったい何をしたというのだ?

 それをこんな理由で、自分を世界でいちばん不幸だと思い込んでいる男の、的の外れたわがままで、すべてを奪われたのだ。
 家庭も、青春も、人生そのものも――

 こんなことを実の父から告白されて、冷静でいろというほうが常軌(じょうき)(いっ)している。
 ウツロとアクタの頭の中は真っ白になった。

 もう何も考えられない。
 もう、どうでもいい――
 いっそ殺してくれ、それがいちばん楽だ。

 二人の『呪われた存在』は次の瞬間、何かの気まぐれによって、意識が吹っ飛びそうな状態に(おちい)っていた。

 しかし、そんな二人を救おうとする存在が一歩(いっぽ)(あゆ)()た。

「ガキだな」

 南柾樹(みなみ まさき)だ。

「話はわかった。だがな、てめえの理由で、てめえの都合(つごう)だけで、よりによって、てめえの子どもを苦しめる……おっさん、そりゃあ、ガキの屁理屈(へりくつ)だぜ?」

 そのセリフに、似嵐鏡月は腹立(はらだ)たしくなった。

「何がわかる? 貴様のようなガキに。アクタの不幸を、わしの苦しみを――」

「じゃあてめえは、アクタとウツロの苦しみがわかんのかよ?」

「黙れ、ガキがっ! 偉そうに説教か? そんなやつらのことなど、知ったことではないわ!」

「どうあっても、アクタとウツロに、わびを入れる気はねえってか?」

「当たり前だ。その二人を苦しめることが、わしの生きがいだからな」

「……そうか。似嵐鏡月……てめえはクソだ……! てめえがてめえのわがままで、どんだけ取り返しのつかねえことをしでかしたのか、それをわからせてやるよ……!」

「ははっ、これはケッサクだ! いったい何ができる? 貴様のような年端(としは)も行かぬ、バラガキ風情(ふぜい)に……!」

 にやり――

 南柾樹は笑った。

「アルトラにはアルトラで、なんだろ?」

 星川雅(ほしかわ みやび)真田龍子(さなだ りょうこ)にはわかった、彼の考えていることが。
 だからこそ、止めようとした。

「柾樹、ダメよっ! あの能力を使ったら、あなたはただでは済まない……!」

「そうよ、柾樹っ! あれを使ったら、ほかでもない、あなたがいちばん苦しむことになる……!」

 だが、彼の決意は固かった。

「だから何だよ? アクタとウツロの苦しみに比べりゃあ、()みてえなもんだろ?」

 桜の森の大気(たいき)がざわつく。
 あやかしのような大木(たいぼく)の群れが、眼前(がんぜん)の少年に(おび)えているようだった。

「な、なんだ、いったい……」

 似嵐鏡月もそうだった。
 山のような猛獣(もうじゅう)と化した自分が、目の前のちっぽけなガキに身震(みぶる)いしている――
 彼はその得体(えたい)の知れなさに、(ひたい)から冷や汗を()らした。

(おが)ませてやるぜ……これが俺のアルトラ、サイクロプスだ……!」

(『第64話 サイクロプス』へ続く)
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登場人物紹介

ウツロ(男性、16歳、身長175cm)


孤児だったが、似嵐鏡月に拾われ、アクタとともに育てられる。

アクタのことは兄貴分として、似嵐鏡月のことは師として慕っている。


トラウマが強く、「自分は人間ではない、毒虫のような存在だ」という、自己否定の衝動に苦しめられている。

それに向き合うため、哲学書や思想書を愛読している。

好きな思想家はトマス・ホッブズ。


剣術・料理を得意とする。

アクタ(男性、16歳、身長185cm)


ウツロと同じく孤児であり、似嵐鏡月の手で育てられた。

ウツロのことは、よき弟分としてかわいがっている。


明るく、気さくで、考えることは面倒な性格。

自分を責めるウツロのことを気にかけ、何かにつけて助け舟を出す。


力が強く、体力があることから、体術に秀でている。

似嵐鏡月(にがらし・きょうげつ、男性、30代後半、身長190cm)


孤児だったウツロとアクタを拾い上げ、隠れ里で育てた。

暗殺を稼業とする殺し屋であり、ウツロとアクタを後継者にするべく、その技術を伝授している。

マルエージング鋼製の大業物『黒彼岸』を愛刀とする。

真田龍子(さなだ・りょうこ、女性、黒帝高校1年生)


傷ついたウツロを救出し、献身的に看護する。

性格は明るく、勉強もできるが、運動のほうが得意。


仏のような慈愛・慈悲の心を持つが、それは過去のトラウマから派生している。

ウツロに対し、特別な感情を抱く。


真田虎太郎は実弟。

星川雅(ほしかわ・みやび、女性、黒帝高校1年生)


精神科医を両親に持ち、鋭い観察眼を会得している。

気は強いが、冷静沈着。

しかし内面には暗部を隠し持っていて、それを悟られないよう、気を使っている。

ウツロに『アルトラ』の存在を教える。

南柾樹(みなみ・まさき、男性、黒帝高校1年生)


ウツロには何かにつけて、きつく当たるが、それは彼が、ウツロに自分自身を投影してのことだった。

料理が得意。

真田虎太郎(さなだ・こたろう、男性、黒帝中学校1年生)


真田龍子の実弟。

頭脳明晰だが、考えすぎてしまう癖がある。


音楽をこよなく愛する。

好きな作曲家はグスタフ・マーラー。

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