第75話 宣戦布告

文字数 1,650文字

「エクリプス……それがいい。俺のアルトラの名前は、エクリプス」

 エクリプス――

 『(しょく)』、すなわち『欠落』。

 ウツロは月蝕(げっしょく)を引き合いに出したが、それは誰あろう、実の父・似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)への意識があってのことだった。

 ウツロは真田龍子(さなだ りょうこ)を両手に(かか)えたまま、ゆっくりと降下した。

「ウツロさん、姉さん、よくぞご無事で」

 降り立った二人のそばへ、真田虎太郎(さなだ こたろう)はすぐさま()()った。

「虎太郎、ありがとう……あなたの能力がなかったら、わたし……」

「いえいえ、なんにもです。ひとえに姉さんとウツロさんの、愛の力の勝利です」

「え……ああ、あはは……」

 弟の指摘を受け、姉はかなり気恥ずかしくなった。

「虎太郎くん、お姉さんを、龍子を頼みます」

「はい、お任せください、ウツロさん!」

 ウツロは真田龍子を弟・虎太郎に(たく)した。

「やはり、愛の力だったようです……!」

「……あはは」

 ウツロが姉を『呼び捨て』にしたことに、真田虎太郎は愛の力の成就(じょうじゅ)を確信した。

 弟が何か勘違いしているような気がすると、姉は照れくさく感じた。

 いっぽうウツロは父・似嵐鏡月の前へ、凛然(りんぜん)として立ちはだかった。

「お師匠様、立ち合いを望みます。俺はその中で、答えを見出したいのです」

 このように彼は、自分の覚悟のほどを、父親に向かって表明した。

「……父子(おやこ)対決か、ふむ、悪くない。ならばウツロ、見せてもらおうか、わしがついに成し得なかったこと……『人間論』に、お前が解答を見出せるかどうかをな」

 ムカデの姿はいつの間にか消え失せていた。
 毒のしびれもほとんど納まっている。

 尋常(じんじょう)に立ち合いたいという、ウツロの気構(きがま)えからだった。

「虫を(あやつ)るその力、確かに脅威(きょうい)だ。だがウツロよ、よもやそれだけでわしをねじ伏せられるとは、思ってなどおるまいな?」

「さすがはお師匠様、ご理解の早さ、おそれいります」

「ふん、恐縮などせんでよい。見せてみろ、お前の『とっておき』をな」

「されば、お師匠様……」

 再び大地が(うごめ)きだす。
 地の底から何か、異形(いぎょう)の者どもが、次々とわき出してくる。

「虫たちよ、俺に力を貸してくれ――!」

 ウツロの呼びかけに(こた)えるように、それらは姿を現した。

「……!」

 先ほどのムカデ、いや、それだけではない。
 春を支配する虫たち、チョウ、ハチ、アブ、ガ、ハンミョウ、テントウムシなどの羽虫(はむし)から、地中で眠っていた者たちも時期を間違えたように顔を出し、名前もわからないような地虫(じむし)にいたるまで、その(おびただ)しい数が、ウツロの体にどんどんまとわりついていく。

「これは……!」

 虫たちを身にまとい、ウツロは異形(いぎょう)の戦士の姿へと変身した。

 美しさと毒々しさが混在した色合い、部分によって甲殻(こうかく)だったり軟体(なんたい)だったり……

 しかしその本質は、およそ虫という存在が持つ要素の結晶である――
 そんな所感を与えずにはいられない姿だった。

魔道(まどう)()ちても、か……本当にそれでよいのだな、ウツロ?」

「すべては偉大なるお師匠様のため。覚悟はとうに決まっております」

「……わかった。来い、ウツロ……!」

 オモチャのようなサイズに見える黒彼岸(くろひがん)を、似嵐鏡月は前方(ぜんぽう)(かま)えた。

 それを受け、ウツロもまた同様に、黒刀(こくとう)を構える。

「推して参ります、お師匠様――!」

(『第76話 ウツロ 対 似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)』へ続く)
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登場人物紹介

ウツロ(男性、16歳、身長175cm)


孤児だったが、似嵐鏡月に拾われ、アクタとともに育てられる。

アクタのことは兄貴分として、似嵐鏡月のことは師として慕っている。


トラウマが強く、「自分は人間ではない、毒虫のような存在だ」という、自己否定の衝動に苦しめられている。

それに向き合うため、哲学書や思想書を愛読している。

好きな思想家はトマス・ホッブズ。


剣術・料理を得意とする。

アクタ(男性、16歳、身長185cm)


ウツロと同じく孤児であり、似嵐鏡月の手で育てられた。

ウツロのことは、よき弟分としてかわいがっている。


明るく、気さくで、考えることは面倒な性格。

自分を責めるウツロのことを気にかけ、何かにつけて助け舟を出す。


力が強く、体力があることから、体術に秀でている。

似嵐鏡月(にがらし・きょうげつ、男性、30代後半、身長190cm)


孤児だったウツロとアクタを拾い上げ、隠れ里で育てた。

暗殺を稼業とする殺し屋であり、ウツロとアクタを後継者にするべく、その技術を伝授している。

マルエージング鋼製の大業物『黒彼岸』を愛刀とする。

真田龍子(さなだ・りょうこ、女性、黒帝高校1年生)


傷ついたウツロを救出し、献身的に看護する。

性格は明るく、勉強もできるが、運動のほうが得意。


仏のような慈愛・慈悲の心を持つが、それは過去のトラウマから派生している。

ウツロに対し、特別な感情を抱く。


真田虎太郎は実弟。

星川雅(ほしかわ・みやび、女性、黒帝高校1年生)


精神科医を両親に持ち、鋭い観察眼を会得している。

気は強いが、冷静沈着。

しかし内面には暗部を隠し持っていて、それを悟られないよう、気を使っている。

ウツロに『アルトラ』の存在を教える。

南柾樹(みなみ・まさき、男性、黒帝高校1年生)


ウツロには何かにつけて、きつく当たるが、それは彼が、ウツロに自分自身を投影してのことだった。

料理が得意。

真田虎太郎(さなだ・こたろう、男性、黒帝中学校1年生)


真田龍子の実弟。

頭脳明晰だが、考えすぎてしまう癖がある。


音楽をこよなく愛する。

好きな作曲家はグスタフ・マーラー。

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