第40話 出現

文字数 1,782文字

「『家族』の()(ごと)に口を(はさ)まないでもらおうか? 出てこい」

 桜の並木(なみき)が作る(やみ)(おく)から、ひとりの少女が姿を現した。

 星川雅(ほしかわ みやび)――

 確かに彼女だ。

 しかしその()()ちは、闇に()()むような黒装束(くろしょうぞく)

 上半身(じょうはんしん)上腕(じょうわん)下半身(かはんしん)大腿(だいたい)までを(おお)五分丈(ごぶたけ)強化繊維(きょうかせんい)
 その上から強化装甲(きょうかそうこう)装着(そうちゃく)している。

 手には手袋(てぶくろ)、足には足袋(たび)
 スカートを()したパーツもついている。

 ウツロとアクタのそれを女性用に仕立てたような、そんな『戦闘服』だった。

 その背中には()(たけ)にもおよぶほどの(つい)になった大刀(だいとう)がくくりつけられている。
 太い()から見て、七分目(しちぶめ)(あた)りが異様(いよう)(ふく)れあがった、バカでかい柳葉刀(りゅうようとう)だ。

 彼女の顔にはこの世のものとは思えない、狂気(きょうき)じみた()みがたたえられている。
 それはさしずめ、愛する者に告白をしながら(うし)()にナイフを(かく)()っている、気の()れた乙女(おとめ)のような笑顔(えがお)であった。

相変(あいか)わらずのクズっぷりだね、『叔父様(おじさま)』」

「クズとは心外(しんがい)だのう。久しぶりだな、『(みやび)』」

 星川雅は確かな(あゆ)みでこちらへとやってくる。

「大きくなったな。最後に会ったのは確か、お前が小学校に上がったときか?」

「ええ、よく覚えてるよ。何せわたしを拉致(らち)った挙句(あげく)、殺そうとしたんだから」

「いやいや、そうだったな。お前を切り刻んで『姉貴(あねき)』にプレゼントしたかったのさ」

「ふん、ぬけぬけと。あのあと()けつけた『お母様(かあさま)』から袋叩(ふくろだた)きにされたくせに」

「しかし姉貴は、わしにとどめはささなかった。命まで(うば)うことはしなかったのだ。だからわしはいま、こうして生きている。悪魔も道を開けるようなあの女がだ。雅、お前の母もしょせん人の子よ。肉親(にくしん)に手はかけられんのだ」

 彼女は突然、何かに()かれたかのように、ケラケラと高笑(たかわら)いをはじめた。

「何がおかしい?」

「いえ、ごめんなさい。息子どうしを殺し合わせるようなクズが、よくも言えたもんだなーと。あは、おかしい」

「ふん、わしのほうが姉貴よりも上手(うわて)だという証明よ。生まれてこの方あの女の優位(ゆうい)に立てたことは一度たりともなかったが、いまならどうかな?」

 今度は両手で腹を(かか)え、笑い出した。
 いったいどんな道化役者(どうけやくしゃ)が、このように人を笑い狂わせることができるというのか?

 彼女は引きつりながらあふれる涙を(ぬぐ)っている。

勘違(かんちが)いはよくないね叔父様。お母様がその気になれば、叔父様なんてすぐに始末(しまつ)できるんだよ? 黙殺(もくさつ)されてるってことに気づかなかった? それにあのとき叔父様を見逃(みのが)したのは、教育上(きょういくじょう)配慮(はいりょ)らしいよ?」

「なんだと、どういうことだ?」

(むすめ)の前で母親が実弟(じってい)肉塊(にくかい)にするのは、児童心理学的(じどうしんりがくてき)によろしくないってこと。どんな状況でも医者であることは忘れない。うーん、わが母ながら名医(めいい)だよ。頭のわるーい叔父様とは違うんだから、ね?」

「はっ、言いおるわ! 姉貴らしい。お前もな、雅。姉貴の娘らしいぞ」

「どうでもいいってそんなこと。あなたはこれから、死ぬんだし」

 星川雅は眼前(がんぜん)の『叔父』をギリッとにらみつけた――

(『第41話 似嵐家(にがらしけ)』へ続く)
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登場人物紹介

ウツロ(男性、16歳、身長175cm)


孤児だったが、似嵐鏡月に拾われ、アクタとともに育てられる。

アクタのことは兄貴分として、似嵐鏡月のことは師として慕っている。


トラウマが強く、「自分は人間ではない、毒虫のような存在だ」という、自己否定の衝動に苦しめられている。

それに向き合うため、哲学書や思想書を愛読している。

好きな思想家はトマス・ホッブズ。


剣術・料理を得意とする。

アクタ(男性、16歳、身長185cm)


ウツロと同じく孤児であり、似嵐鏡月の手で育てられた。

ウツロのことは、よき弟分としてかわいがっている。


明るく、気さくで、考えることは面倒な性格。

自分を責めるウツロのことを気にかけ、何かにつけて助け舟を出す。


力が強く、体力があることから、体術に秀でている。

似嵐鏡月(にがらし・きょうげつ、男性、30代後半、身長190cm)


孤児だったウツロとアクタを拾い上げ、隠れ里で育てた。

暗殺を稼業とする殺し屋であり、ウツロとアクタを後継者にするべく、その技術を伝授している。

マルエージング鋼製の大業物『黒彼岸』を愛刀とする。

真田龍子(さなだ・りょうこ、女性、黒帝高校1年生)


傷ついたウツロを救出し、献身的に看護する。

性格は明るく、勉強もできるが、運動のほうが得意。


仏のような慈愛・慈悲の心を持つが、それは過去のトラウマから派生している。

ウツロに対し、特別な感情を抱く。


真田虎太郎は実弟。

星川雅(ほしかわ・みやび、女性、黒帝高校1年生)


精神科医を両親に持ち、鋭い観察眼を会得している。

気は強いが、冷静沈着。

しかし内面には暗部を隠し持っていて、それを悟られないよう、気を使っている。

ウツロに『アルトラ』の存在を教える。

南柾樹(みなみ・まさき、男性、黒帝高校1年生)


ウツロには何かにつけて、きつく当たるが、それは彼が、ウツロに自分自身を投影してのことだった。

料理が得意。

真田虎太郎(さなだ・こたろう、男性、黒帝中学校1年生)


真田龍子の実弟。

頭脳明晰だが、考えすぎてしまう癖がある。


音楽をこよなく愛する。

好きな作曲家はグスタフ・マーラー。

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