第72話 覚醒

文字数 1,154文字

「なんだ、ありゃあ……!」

「まさか、龍子(りょうこ)が、ウツロに……」

 南柾樹(みなみ まさき)星川雅(ほしかわ みやび)が、(うめ)くような声を上げた。

 真田龍子(さなだ りょうこ)がウツロに取り込まれてから、実時間(じつじかん)にして五分()らず。

 一時的に静止していた異形(いぎょう)の毒虫が、にわかにまた(うごめ)きはじめたのだ。

「ふふ、やはりあの女には、君のお姉さんには無理だったようだな、虎太郎(こたろう)くん?」

 正座して待っていた真田虎太郎(さなだ こたろう)を、似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)はさりげなく(ののし)った。

「いえ、逆です」

「なに?」

「あれをご覧ください、似嵐さん」

「……!」

 蠢いていた毒虫が、また静止した。

「なにも起こらんではないか。ガキが、ふざけたことを――」

「気づかねえのか、バカ親父?」

「ああ?」

 桜の木にもたれかかっていたアクタが、『父親』を制した。

「お前までふざけるのはよせ、ゴミが」

「虎太郎くん、ありがとうな。君のおかげだ」

「僕はなにも。姉さんが、いえ、ウツロさんの力です」

 似嵐鏡月など眼中(がんちゅう)になく、アクタと真田虎太郎は、うれしそうに対話している。

「無視しおって。いったい、ウツロがなんだと――」

   バキッ……

「……!?」

 音が聞こえた。
 (かた)い物体に亀裂(きれつ)が入るような音だ。

「……な、なんだ……」

 バキッ、バキバキ……!

「な、なんだ、この音は……!」

 どんどん大きく、激しくなる。

「アクタさん」

「ああ、虎太郎くん。お姉さんが、ウツロが、(もど)ってきた……!」

 バチンッ!

「……ど、どういうことだ……!?」

 毒虫の表皮(ひょうひ)(はじ)けとんで、まばゆい光があふれ出す。

「この光は、龍子の……!」

「ったく、心配かけやがってよ……」

 星川雅と南柾樹が(おどろ)き、涙腺(るいせん)(ゆる)ませている(あいだ)にも、毒虫の(から)(くだ)け、そこから光線があふれつづける。

「な、なんなのだ……いったいこれは、なんなのだ……!?」

 似嵐鏡月が黒い山犬(やまいぬ)の姿で戦慄(せんりつ)する中、ついにその光は、桜の森の夜を消し飛ばすがごとく、強く強く(かがや)いた。

「姉さん……!」

「おせえぜ、ウツロ……!」

 森の中空(ちゅうくう)に集約した光の中心には、真田龍子を両手で()きかかえた、ウツロの(りん)とした勇姿(ゆうし)があった――

(『第73話 説教』へ続く)
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登場人物紹介

ウツロ(男性、16歳、身長175cm)


孤児だったが、似嵐鏡月に拾われ、アクタとともに育てられる。

アクタのことは兄貴分として、似嵐鏡月のことは師として慕っている。


トラウマが強く、「自分は人間ではない、毒虫のような存在だ」という、自己否定の衝動に苦しめられている。

それに向き合うため、哲学書や思想書を愛読している。

好きな思想家はトマス・ホッブズ。


剣術・料理を得意とする。

アクタ(男性、16歳、身長185cm)


ウツロと同じく孤児であり、似嵐鏡月の手で育てられた。

ウツロのことは、よき弟分としてかわいがっている。


明るく、気さくで、考えることは面倒な性格。

自分を責めるウツロのことを気にかけ、何かにつけて助け舟を出す。


力が強く、体力があることから、体術に秀でている。

似嵐鏡月(にがらし・きょうげつ、男性、30代後半、身長190cm)


孤児だったウツロとアクタを拾い上げ、隠れ里で育てた。

暗殺を稼業とする殺し屋であり、ウツロとアクタを後継者にするべく、その技術を伝授している。

マルエージング鋼製の大業物『黒彼岸』を愛刀とする。

真田龍子(さなだ・りょうこ、女性、黒帝高校1年生)


傷ついたウツロを救出し、献身的に看護する。

性格は明るく、勉強もできるが、運動のほうが得意。


仏のような慈愛・慈悲の心を持つが、それは過去のトラウマから派生している。

ウツロに対し、特別な感情を抱く。


真田虎太郎は実弟。

星川雅(ほしかわ・みやび、女性、黒帝高校1年生)


精神科医を両親に持ち、鋭い観察眼を会得している。

気は強いが、冷静沈着。

しかし内面には暗部を隠し持っていて、それを悟られないよう、気を使っている。

ウツロに『アルトラ』の存在を教える。

南柾樹(みなみ・まさき、男性、黒帝高校1年生)


ウツロには何かにつけて、きつく当たるが、それは彼が、ウツロに自分自身を投影してのことだった。

料理が得意。

真田虎太郎(さなだ・こたろう、男性、黒帝中学校1年生)


真田龍子の実弟。

頭脳明晰だが、考えすぎてしまう癖がある。


音楽をこよなく愛する。

好きな作曲家はグスタフ・マーラー。

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