第58話 魔王桜の秘密

文字数 991文字

「グレコマンドラ、魔王桜(まおうざくら)とはいったい、何なのですか?」

 わしはたずねた、あのマッド・サイエンティストに。
 すると彼女は、どこか楽しげに、その『秘密』を口走(くちばし)ったのだ――

「わたしの祖先(そせん)は、古代ギリシャのすぐれた巫女(みこ)だったのです。神々(かみがみ)託宣(たくせん)(つかさど)る巫女たちの中でも、いちばんすぐれた、ね。ディオティマというその巫女は、なんとも喜劇(きげき)ですが、神ではなくよりにもよって悪魔、すなわち魔王桜を呼び出したのです。悪魔などという概念(がいねん)すらなかったその時代、その場所においてね。そして彼女、ディオティマは人類史上、最初のアルトラ使いになった。どんな能力だったのか、までは……ふふ……彼女を開祖(かいそ)とする一族の現・頭領(とうりょう)であるわたしにも、わからないのですが……」

 彼女のする話はまるでおとぎ(ばなし)、そのすべてが。だが、もちろん彼女は大真面目(おおまじめ)だった。わしの意思とはまったく関係なく、着々(ちゃくちゃく)と進行する『実験』の準備……あわただしく動き回る研究者たち、見たこともない最新鋭(さいしんえい)の機器の数々(かずかず)……そして何より、それを統括(とうかつ)する、誰あろう魔女グレコマンドラの、いっぺんのくもりもない、自信に満ちあふれた態度が、如実(にょじつ)にそれを物語(ものがた)っていた。

 ただ、気になったのは……開祖ディオティマを語るときの、愉悦(ゆえつ)に満ちたあの顔……まるで自分自身がディオティマであるような……

「キョウゲツ、心配しないで! キョウゲツの大切な人、アクタさんはきっとよくなるから! ママに任せておけば大丈夫だよ! ママならきっと、魔王桜の力で、アクタさんを治してくれる! わたしも、強い力を手に入れる……誰にも負けない、最強の力を……そして絶対、神になるんだ……!」

 正直に思った、彼女は、テオドラキアは……この狂った母に、だまされているのではないか、とな。しかし、いまさら引き返せない……アクタを助けるためなら、わしは魔道(まどう)にだって落ちる……その覚悟だったからだ。そしてついに、『実験』のときがやってきた……

(『第59話 ファントム・デバイス』へ続く)
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登場人物紹介

ウツロ(男性、16歳、身長175cm)


孤児だったが、似嵐鏡月に拾われ、アクタとともに育てられる。

アクタのことは兄貴分として、似嵐鏡月のことは師として慕っている。


トラウマが強く、「自分は人間ではない、毒虫のような存在だ」という、自己否定の衝動に苦しめられている。

それに向き合うため、哲学書や思想書を愛読している。

好きな思想家はトマス・ホッブズ。


剣術・料理を得意とする。

アクタ(男性、16歳、身長185cm)


ウツロと同じく孤児であり、似嵐鏡月の手で育てられた。

ウツロのことは、よき弟分としてかわいがっている。


明るく、気さくで、考えることは面倒な性格。

自分を責めるウツロのことを気にかけ、何かにつけて助け舟を出す。


力が強く、体力があることから、体術に秀でている。

似嵐鏡月(にがらし・きょうげつ、男性、30代後半、身長190cm)


孤児だったウツロとアクタを拾い上げ、隠れ里で育てた。

暗殺を稼業とする殺し屋であり、ウツロとアクタを後継者にするべく、その技術を伝授している。

マルエージング鋼製の大業物『黒彼岸』を愛刀とする。

真田龍子(さなだ・りょうこ、女性、黒帝高校1年生)


傷ついたウツロを救出し、献身的に看護する。

性格は明るく、勉強もできるが、運動のほうが得意。


仏のような慈愛・慈悲の心を持つが、それは過去のトラウマから派生している。

ウツロに対し、特別な感情を抱く。


真田虎太郎は実弟。

星川雅(ほしかわ・みやび、女性、黒帝高校1年生)


精神科医を両親に持ち、鋭い観察眼を会得している。

気は強いが、冷静沈着。

しかし内面には暗部を隠し持っていて、それを悟られないよう、気を使っている。

ウツロに『アルトラ』の存在を教える。

南柾樹(みなみ・まさき、男性、黒帝高校1年生)


ウツロには何かにつけて、きつく当たるが、それは彼が、ウツロに自分自身を投影してのことだった。

料理が得意。

真田虎太郎(さなだ・こたろう、男性、黒帝中学校1年生)


真田龍子の実弟。

頭脳明晰だが、考えすぎてしまう癖がある。


音楽をこよなく愛する。

好きな作曲家はグスタフ・マーラー。

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