第8話 カラスの群れとの戦い

文字数 2,547文字

 ほどなくして、くだんの(ぞく)たちは現れた。

 杉並木の隙間(すきま)から、虫が()い出るように、ぞろぞろとその姿を見せる。

 全員が一様に、黒装束(くろしょうぞく)
 顔にはカラスを模したような、『とんがり』のついた仮面を(かぶ)っている。

 ウツロの予見どおり、その数、実に三十名。
 玄関の前に陣取る三人の前を、弧を描くように、たちどころに取り囲む。

「こんな夜更けに、何のご用かな?」
「問答無用、似嵐鏡月(にがらし・きょうげつ)。お前に(うら)みを持つ者は、お前が思うよりも、多いということだ」
「ふん。見ればえらく大人数だが、引っ越しでも始める気かね?」
「ああ、そのとおりさ。ただし運ばれる荷は、お前たちだ。あの世へな」

 弧の中心の、首魁(しゅかい)とおぼしき男は、似嵐鏡月の皮肉を、皮肉で返した。
 だが当然、皮肉で終わらせるという雰囲気ではない。

「さかしらぶりおって。黒彼岸(くろひがん)の『(さび)』にしてくれる」
「そう、うまくいくかな? 者ども、かかれえいっ!」

 合図とともに、『カラス』の群れは、一気に、三人へ跳びかかった。

「ぐげっ!?」

 似嵐鏡月の黒彼岸が、前方の中空(ちゅうくう)を、大きく切り裂いた。
 五、六人が、そのまま後ろに吹っ飛んで、杉の大木に叩きつけられる。

「なっ……」
「ひるむなっ! かかれ、かかれえいっ!」
「ぎゃっ!?」
「ぐえっ!?」

 黒彼岸は次々と、襲い来るカラスの群れを叩き落す。
 彼らはまるでハエがされるように、たちまちのうちに

しまった。

「おやおや、もう半分くらいになってしまったのう。誰をあの世へ送るだって?」
「くそっ、調子に乗りおって! ガキだ、皆の者! 後ろのガキ二人を人質に取れ!」
「させるかっ!」

 似嵐鏡月はまた、黒彼岸を大きく払った。

「ぬっ!?」

 吹っ飛んだそのさらに上方から、別動隊が出現し、彼の後ろまで、ついに降り立った。

「くっ、しくじったわ! アクタ、ウツロ! 逃げろっ!」
「ごえっ!?」

 カラスの一人の首から上が、ねじれるように(はじ)けた。
 アクタが身につけた手甲(しゅこう)で、裏拳(うらけん)炸裂(さくれつ)させたのだ。

「人質に取るだって? 取られるのは、てめえらの命のほうだ!」
「ガキがあっ!」

 カラスたちは空から円陣を組んで、アクタに襲いかかる。が――

「げおっ!?」

 鉄壁に(かま)えた彼は、正中線(せいちゅうせん)を軸に、体を回転させ、その群れを()ぎ払った。

「なんだこいつ、強いぞっ! もう一人を狙え! いかにも弱そうだ!」
「失礼だな」
「ひっ!?」

 ウツロはカラスよりも高く、跳躍していた。
 落下しながら舞うように、カラスの群れを、矢継(やつ)(ばや)に叩きのめしていく。

 ――ヒヨドリ()

 その姿はまさに、踊っているかのようだ。

 彼の身軽さと俊敏さ、そして一体化でもしたように刀を操る、無駄など一切存在しない動き。

 それらすべての要素が有機的に絡み合うことによって、初めて可能となる、ウツロの個性を最大級に生かした絶技(ぜつぎ)だった。

 こんな彼を、いったい何者に御することができるというのか――

「誰が弱いだって?」

 音もなく着地して、すぐさま体勢を整えたウツロは、自分が倒した敵たちに問いかけた。

 『念のため』


 答えなど帰ってくるはずがないということを、彼は知っているからだ。

 自分がまかり間違っても、仕損じるはずがない――初めての実戦にして、ウツロは絶対の確信を持っていた。
 それは決しておごりなどではなく、突き詰められた経験が彼にそう、教えるのだった。

 時間にして、ほんの二十分ほど。
 屋敷の前の庭には、大地に接吻(せっぷん)するカラスの山ができあがっていた。

「ふん、他愛(たあい)もない。アクタ、ウツロ、見事だったぞ。初陣(ういじん)ではあったが、学んだことを発揮してくれ、うれしい限りだ」
滅相(めっそう)もないことです、お師匠様!」
「アクタの言うとおりです。お師匠様からのご教授があったればこそで――」

 嗅覚(きゅうかく)不穏(ふおん)なにおいを感じ取り、ウツロは息をこらした。

「どうした、ウツロ?」

 突然黙った彼をいぶかるアクタが、その顔をのぞきこむようにたずねた。

「お師匠様っ、遠くからまた気配が!」
「何だって!?」

 まさかと、アクタは混乱気味に叫んだ。

「ちいっ、援軍か!」
「どのくらいかわかるか、ウツロ?」

 不安げなアクタの質問を受け、ウツロは嗅覚神経をフル稼働させている。

「においが強すぎて鼻が曲がる……ゆうに50人は軽く超えています!」
「そんな……」

 アクタは戦慄(せんりつ)のあまり、冷や汗を垂らした。
 いまの戦闘は圧勝とはいえ、三人には確実に、疲労が蓄積されていたからだ。

「……どうやらここまでのようだな。アクタ、ウツロ、かくなる上は当初の予定どおり、三方(さんぽう)に散って、逃げのびるのだ。わしが時を稼ぐ。早く行け!」

 意を決した似嵐鏡月は、力強くそう言い放った。

「そんなっ、お師匠様も一緒に!」
「このままでは共倒れになってしまう。ウツロよ、何とかこらえてくれ」
「いやです、お師匠様! 俺は、あなた様とともにいとうございます!」
「ウツロっ! 落ち着け!」

 慌てたアクタは、動揺するウツロを押さえつける。
 その様子に似嵐鏡月は、覚悟を決めた。

「……仕方がない。アクタ!」
「うっ……」

 ウツロの首筋に、鈍い感覚が走る。
 アクタが当て身を見舞ったのだ。
 崩れ落ちるウツロの体を、アクタはすくい取るように支えた。

「アクタ、ウツロを頼む!」
御意(ぎょい)! お師匠様も必ず!」
「なぁに、すぐにまた会えるさ!」

 気絶したウツロを担いで、アクタは山のさらに奥へと駆け抜けた。
 止まらないその涙を、必死に隠しながら――

(『第9話 邂逅(かいこう)』へ続く)
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登場人物紹介

ウツロ(男性、16歳、身長175cm)


孤児だったが、似嵐鏡月に拾われ、アクタとともに育てられる。

アクタのことは兄貴分として、似嵐鏡月のことは師として慕っている。


トラウマが強く、「自分は人間ではない、毒虫のような存在だ」という、自己否定の衝動に苦しめられている。

それに向き合うため、哲学書や思想書を愛読している。

好きな思想家はトマス・ホッブズ。


剣術・料理を得意とする。

アクタ(男性、16歳、身長185cm)


ウツロと同じく孤児であり、似嵐鏡月の手で育てられた。

ウツロのことは、よき弟分としてかわいがっている。


明るく、気さくで、考えることは面倒な性格。

自分を責めるウツロのことを気にかけ、何かにつけて助け舟を出す。


力が強く、体力があることから、体術に秀でている。

似嵐鏡月(にがらし・きょうげつ、男性、30代後半、身長190cm)


孤児だったウツロとアクタを拾い上げ、隠れ里で育てた。

暗殺を稼業とする殺し屋であり、ウツロとアクタを後継者にするべく、その技術を伝授している。

マルエージング鋼製の大業物『黒彼岸』を愛刀とする。

真田龍子(さなだ・りょうこ、女性、黒帝高校1年生)


傷ついたウツロを救出し、献身的に看護する。

性格は明るく、勉強もできるが、運動のほうが得意。


仏のような慈愛・慈悲の心を持つが、それは過去のトラウマから派生している。

ウツロに対し、特別な感情を抱く。


真田虎太郎は実弟。

星川雅(ほしかわ・みやび、女性、黒帝高校1年生)


精神科医を両親に持ち、鋭い観察眼を会得している。

気は強いが、冷静沈着。

しかし内面には暗部を隠し持っていて、それを悟られないよう、気を使っている。

ウツロに『アルトラ』の存在を教える。

南柾樹(みなみ・まさき、男性、黒帝高校1年生)


ウツロには何かにつけて、きつく当たるが、それは彼が、ウツロに自分自身を投影してのことだった。

料理が得意。

真田虎太郎(さなだ・こたろう、男性、黒帝中学校1年生)


真田龍子の実弟。

頭脳明晰だが、考えすぎてしまう癖がある。


音楽をこよなく愛する。

好きな作曲家はグスタフ・マーラー。

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