第9話 邂逅

文字数 1,876文字

「ここまで来れば、とりあえず大丈夫だ」
「アクタ、なんで……」

 目を覚ましたウツロは、肩を貸すアクタとともに、暗い林の中を歩いていた。
 小一時間ほど山中を駆けめぐり、木の枝に傷付けられ、(こけ)むした岩に足を取られ、二人はもうボロボロになっている。

「アクタ、少し休んでくれ。もう傷だらけじゃないか」
「なあに、こんなもん。ちょっとかゆいくらいさ。俺よりウツロ、お前が心配だ」
「……なんで、俺のことばっかり」
「何回言わすんだ。お前は俺が守るんだっつーの」
「アクタ……」
「ま、一休みか。少しだけな」

 ちょうどいい大きさの岩壁があったので、アクタはそこにウツロを降ろして休ませ、自分も隣へ座った。

「ふう」

 アクタはうなだれながら一息ついた。
 その顔はなぜか穏やかだ。

「へへっ」
「アクタ?」
「いや、わりい。昔のことを思い出しちまってな」

 ウツロは不思議に思って、アクタを見つめた。

「覚えてっか? ガキの頃、お前『(かわや)』ですっ転んで、頭からはまったことあったよな?」
「あれは、アクタ! お前が前の日に掃除をさぼったのが悪かったんだろ!」
「お前、クソ(まみ)れになってただろ? 落とすのたいへんだったし、しばらく(くさ)かった」
「おまっ、こんなときに俺の人生の汚点を!」
「汚物だけに汚点ってか?」
「バカ、アクタっ! 全然うまくないぞ!」

 アクタはゲラゲラ笑っている。
 ウツロは顔を赤くしながらも、何だかおかしくなって、一緒に笑いあった。

「……もう、戻れないのかな? あの楽しい日常に」
「さあな。ま、これからまた作りゃいいだろ? 三人で、な?」
「……うん、そうだよね。それがたとえ、別な場所でも」
「そうさウツロ。また一緒にネギ育てようぜ。知ってっか? この辺はネギの産地で有名なんだと」
「ネギ、か。思索(しさく)にネギ掘りはうってつけだしね」
「またネギこさえて、そしたら思う存分思索したらいいぜ?」
「うん、そうだね。俺はやっぱり、考えてるのが(しょう)にあっているしね」
「哲学者だかにでもなったらどうだ? (もう)かるんじゃねえの?」
「お金か。概念(がいねん)は人間の敵だからね。俺は人間のほうがいいよ」
「おっ、出たな思索!」
「悪いかよ。俺は人間的生命活動の発露(はつろ)として――」
「はいはい、わかったから。ほんと難しいよな、お前の『人間論』は」
「アクタの頭が悪すぎるんだよ」
「何だとー? お前もパッパラパー助くんにしてやろうか!?」
「やだよ、そんなの」
「うるせー。そらっ、パッパラパー助くんになれー!」
「バカっ、来るな! アク――」

 気配を感じて、ウツロとアクタは息を殺した。

「この辺まで歩いた跡があるぞ」
「残りは近くに必ずいる。探せ!」

 二人としたことが、疲れとしゃべることに気を取られ、敵の接近に気付くのが遅れてしまったのだ。

「ウツロ、ここは俺がなんとかする。先に行け!」
「そんな……ダメだ、アクタ!」

 真剣な表情のアクタに、ウツロは言い知れない不安を感じた。
 これがもしや今生の別れになってしまうのではないかと――

「このままじゃお師匠様の言うとおり共倒れだ。なあに、すぐ追いつくから心配すんな」
「いやだ! 一緒に行こう、アクタ!」

   ぱしんっ

 アクタはウツロに、気付けのビンタを食らわせた。
 ウツロはほほを押さえながら、悲しい顔でアクタを見た。

「ウツロ、こらえてくれ。大事なのは生きのびることだ。俺はもちろん、お師匠様が万が一にもやられるわけねえだろ? だからウツロ! 俺を信じてここは行ってくれ!」
「う、アクタ……」
「泣くんじゃねえよバーカ。パッパラパー助お兄ちゃんは無敵なんだぜ?」

 複数の声が近づいてくる。

「いたぞ、あそこだ!」
「ちっ、見つかったか。ウツロ、行けっ!」
「……絶対、会えるよね……アクタ?」
「あったりめえだろ。俺たちは二人で一つ、な?」
「……うん」
「よし、行けっ!」

 ウツロの背中を押すと、アクタは(はば)むように、敵のほうへと突っこんでいく。

「かかってこい! パッパラパー助お兄ちゃんが相手だっ!」
「殺せ、殺せえいっ!」

 ウツロは振り返らなかった。
 振り返ればアクタ、そしてお師匠様の気持ちを踏みにじってしまうから。
 独り戦う兄貴分を背に、ウツロはただ、ひたすら駆け抜けた――

(『第10話 魔王桜(まおうざくら)』へ続く)
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登場人物紹介

ウツロ(男性、16歳、身長175cm)


孤児だったが、似嵐鏡月に拾われ、アクタとともに育てられる。

アクタのことは兄貴分として、似嵐鏡月のことは師として慕っている。


トラウマが強く、「自分は人間ではない、毒虫のような存在だ」という、自己否定の衝動に苦しめられている。

それに向き合うため、哲学書や思想書を愛読している。

好きな思想家はトマス・ホッブズ。


剣術・料理を得意とする。

アクタ(男性、16歳、身長185cm)


ウツロと同じく孤児であり、似嵐鏡月の手で育てられた。

ウツロのことは、よき弟分としてかわいがっている。


明るく、気さくで、考えることは面倒な性格。

自分を責めるウツロのことを気にかけ、何かにつけて助け舟を出す。


力が強く、体力があることから、体術に秀でている。

似嵐鏡月(にがらし・きょうげつ、男性、30代後半、身長190cm)


孤児だったウツロとアクタを拾い上げ、隠れ里で育てた。

暗殺を稼業とする殺し屋であり、ウツロとアクタを後継者にするべく、その技術を伝授している。

マルエージング鋼製の大業物『黒彼岸』を愛刀とする。

真田龍子(さなだ・りょうこ、女性、黒帝高校1年生)


傷ついたウツロを救出し、献身的に看護する。

性格は明るく、勉強もできるが、運動のほうが得意。


仏のような慈愛・慈悲の心を持つが、それは過去のトラウマから派生している。

ウツロに対し、特別な感情を抱く。


真田虎太郎は実弟。

星川雅(ほしかわ・みやび、女性、黒帝高校1年生)


精神科医を両親に持ち、鋭い観察眼を会得している。

気は強いが、冷静沈着。

しかし内面には暗部を隠し持っていて、それを悟られないよう、気を使っている。

ウツロに『アルトラ』の存在を教える。

南柾樹(みなみ・まさき、男性、黒帝高校1年生)


ウツロには何かにつけて、きつく当たるが、それは彼が、ウツロに自分自身を投影してのことだった。

料理が得意。

真田虎太郎(さなだ・こたろう、男性、黒帝中学校1年生)


真田龍子の実弟。

頭脳明晰だが、考えすぎてしまう癖がある。


音楽をこよなく愛する。

好きな作曲家はグスタフ・マーラー。

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