第17話 投影

文字数 2,400文字

 肉体的に圧倒的な差がある大男を相手取り、彼はこのように勇気を見せた。
 ウツロはその少年の矜持(きょうじ)に驚くとともに、どうして自分にそこまでしてくれるのか、その心中を計り知れずにいた。

 さすがの南柾樹(みなみ・まさき)も、真田虎太郎(さなだ・こたろう)の勢いに気圧されたようだ。

「……わかったって虎太郎。どうせ俺は悪者だよーっと」
「待ちなさい、柾樹」

 立ち去ろうとした南柾樹を、星川雅(ほしかわ・みやび)が引きとめた。

「なんだよ? まだ何かあんのかよ?」
「ウツロくんに着替えてもらうから。手伝ってあげてちょうだい」
「はあっ? なんで俺が?」

 どこか命令を下す支配者のような視線を、星川雅は南柾樹に送った。

「……けっ、わかったよ」

 素直に従う彼を見て、ウツロはこの奇妙な主従関係をいぶかった。

「着替え、って?」
「その『衣装』はボロボロになってるし、アパートの中じゃ不釣り合いでしょ? 動きにくそうでもあるしね」

 『戦闘服』のことを指摘され、師から授かった『黒刀(こくとう)』の存在を彼は思いだした。

「……俺の刀は……お師匠様から頂戴(ちょうだい)した黒刀は?」
「刀って

のこと?」

 星川雅の手には、いつのまにかその黒刀が握られている。
 彼女は挑発するように、それをひらひらと(もてあそ)んでみせた。

「返せっ!」
「おあずけ」
「返してくれっ! それはとても大事なものなんだ!」
「ウツロくん、お願いだから立場を理解してよね? これはわたしが預かっておく。ちゃんと保管しておくから、そこは心配しないで」
「誰が信じると思う?」
「ウツロくん、わたしはあなたに頼んでるんじゃない。命令してるんだよ? すでにね」

 煮え湯をのまされている気分だったが、この場はおとなしくしておき、期を見計らう必要がある。
 ウツロはそう考えた。

「……扱いには、気をつけてほしいな」
「よしよし、いい子ね。じゃあ柾樹、着替えはこれだから、あとはお願いね」

 星川雅はウツロの思考に気付いていたが、面倒を避けるためあえて詮索はせず、南柾樹に着替えの入った(かご)を手渡して、そそくさと医務室を出ていった。

「へいへい、雅様。ほらほら、おめえらも。まったく、やってらんねえぜ」

 南柾樹は真田姉弟(きょうだい)にも退出を促した。

「ウツロくん、本当にごめんね。雅にはわたしからちゃんと言っておくから」
「いや、真田さん。俺は大丈夫だから」

 そんなことをしたらあの女に何かされるのではないかと思い、彼は真田龍子(さなだ・りょうこ)を気づかった。
 結局、あとにはウツロと南柾樹が残された。
 なんとも重苦しい空気が流れる。

「ほら、手伝ってやるから。とっとと着替えようぜ、


の走るやつだ」
「何とでも言えよ。女の陰に隠れるような腰抜けが」
「何だと!」
「はいはい、わかったから。ちっとも話が進まねえだろ。ほれ、着替えだ」

 手渡された籠の中には、柔らかそうな布地が、きちんとたたまれて収まっている。

「……これを、着るのか?」
「着る以外にどう使うんだよ。火でも起こすのか?」
「火種にしては燃えにくそうだ」
「おめえな――ちっ……ほれ、ベッドに腰かけな」

 南柾樹は当たるのをこらえて、着替えを手伝うという目的を優先させることにした。
 それに従い、ウツロはそろりそろりと(きし)む体を動かす。

「うっ……」
「痛むか? ほら、ゆっくりでいいから」

 なるべく体を動かさなくてもいいように配慮しながら、南柾樹はウツロが身につけている装甲(そうこう)を脱がせていく。

「ふう、やっとはずれたぜ。そのピチピチした下着はそのままでいいから、上にこれを着な。野郎の裸なんて見たくねえし」

 紺色七分袖(こんいろしちぶそで)のスポーツパーカーと、黒地(くろじ)に白の3本ラインが入ったジョガージャージ。
 ともにノーブランド。

 やはり気をつかいながらウツロに着させる。

「へえ、意外と似合うじゃん。どうだい? 『人間』の服の感想は」
「柔らかくて、肌に吸いついて、動きやすいから、立ち合いのときにはいいかもしれないけれど。こんな薄っぺらい布じゃ、防御力は期待できないかな」
「『立ち合い』ね。まったく、クラシックな野郎だぜ」

 いちいち()っかかるウツロに、南柾樹はすっかり呆れた様子だ。

「あの」
「ああ?」
「……あり、がとう」

 感謝してくれているということは了解しつつ、南柾樹は「ふん」とまた悪態をちらつかせた。

「歩けるか?」
「……ん、大丈夫だ」

 南柾樹はウツロを支えながらスリッパを履かせ、そっと歩かせた。

「無理すんなよ。とりあえず外へ出るぞ」
「ああ、すまない……」

 『人間』の服、か。それを着たからって、人間になれるわけじゃない。

 俺は虫だ……醜い、おぞましい毒虫。
 でも、あの子は――

 真田さんは俺に言った、人間だと。
 俺が人間だと言ってくれた。

 何なんだろう、この感じは。
 胸が、苦しい……苦しいのに、心が安らぐ。

 わからない、いまの俺には。
 でも、あの子は……真田さんは――

   *

 南柾樹は肩を貸すウツロのことを憂いていた。
 自分と同じ本質を持つこの少年を――

 彼にはわかっていた。
 つらく当たったのは、自分と同じだから。
 鏡で自分を見ているようで、イラついたから――

 こいつを救ってやりたい。
 もしかしたら、それが自分にとっても救済になるのではないか?

 虫か……知ったらこいつは軽蔑するのかな?
 俺も、虫だってことを――

(『第18話 幕間劇(まくあいげき)』へ続く)
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登場人物紹介

ウツロ(男性、16歳、身長175cm)


孤児だったが、似嵐鏡月に拾われ、アクタとともに育てられる。

アクタのことは兄貴分として、似嵐鏡月のことは師として慕っている。


トラウマが強く、「自分は人間ではない、毒虫のような存在だ」という、自己否定の衝動に苦しめられている。

それに向き合うため、哲学書や思想書を愛読している。

好きな思想家はトマス・ホッブズ。


剣術・料理を得意とする。

アクタ(男性、16歳、身長185cm)


ウツロと同じく孤児であり、似嵐鏡月の手で育てられた。

ウツロのことは、よき弟分としてかわいがっている。


明るく、気さくで、考えることは面倒な性格。

自分を責めるウツロのことを気にかけ、何かにつけて助け舟を出す。


力が強く、体力があることから、体術に秀でている。

似嵐鏡月(にがらし・きょうげつ、男性、30代後半、身長190cm)


孤児だったウツロとアクタを拾い上げ、隠れ里で育てた。

暗殺を稼業とする殺し屋であり、ウツロとアクタを後継者にするべく、その技術を伝授している。

マルエージング鋼製の大業物『黒彼岸』を愛刀とする。

真田龍子(さなだ・りょうこ、女性、黒帝高校1年生)


傷ついたウツロを救出し、献身的に看護する。

性格は明るく、勉強もできるが、運動のほうが得意。


仏のような慈愛・慈悲の心を持つが、それは過去のトラウマから派生している。

ウツロに対し、特別な感情を抱く。


真田虎太郎は実弟。

星川雅(ほしかわ・みやび、女性、黒帝高校1年生)


精神科医を両親に持ち、鋭い観察眼を会得している。

気は強いが、冷静沈着。

しかし内面には暗部を隠し持っていて、それを悟られないよう、気を使っている。

ウツロに『アルトラ』の存在を教える。

南柾樹(みなみ・まさき、男性、黒帝高校1年生)


ウツロには何かにつけて、きつく当たるが、それは彼が、ウツロに自分自身を投影してのことだった。

料理が得意。

真田虎太郎(さなだ・こたろう、男性、黒帝中学校1年生)


真田龍子の実弟。

頭脳明晰だが、考えすぎてしまう癖がある。


音楽をこよなく愛する。

好きな作曲家はグスタフ・マーラー。

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