第70話 鉄格子の中のおたけび

文字数 1,296文字

龍子(りょうこ)おおおおおっ!」

 星川雅(ほしかわ みやび)の絶叫もむなしく、真田龍子(さなだ りょうこ)はウツロの中へとのみ()まれた。

   *

「う……」

 真田龍子が気づいたとき、彼女は深い、杉林の中にいた。
 ただ、真夜中のように、辺りは暗い。

 キョロキョロと見回すと、前方に日本家屋(にほんかおく)、その右側には小さな畑もある。

「ここは……きっと、(かく)(ざと)……ウツロくんの、心の中なんだ……」

 彼女は不安と恐怖に()(つぶ)されそうだったが、表皮(ひょうひ)に光る緑色の(まく)を見て、弟・虎太郎(こたろう)(みやび)柾樹(まさき)、アクタのことを思い出し、勇気を()(しぼ)った。

「みんな、お願い……わたしに、力を貸して……!」

 真田龍子は(いさ)んで、足を踏み出した。

 彼女がさらに目を()らすと、屋敷の縁側(えんがわ)に誰かが腰かけて、うなだれているのに気がついた。

「ウツロくん――!」

 ウツロ、確かにウツロだ。

 だが『彼』は、真田龍子が呼びかけても、微動(びどう)だにしない。
 それは聞こえていないのではなく、聞こえているけれど、応じる気はない――
 そんなふうに彼女は感じた。

「ウツロくん、大丈夫!?」

 真田龍子はウツロに()()った。

「しっかり、ウツロくん!」

 ウツロは顔も上げず、ただただ、うなだれているだけだ。

「ウツロくん……」

 真田龍子の再三にわたる呼びかけに、ウツロはやっと、口を動かした。

「……誰も、俺のことを、わかってくれない……」

「……」

 予想はしていたが、その闇は想像以上に深い――

 慎重(しんちょう)に行動しなければと、真田龍子は自分に言いきかせた。

「……こんなにつらいのに、こんなに苦しいのに……」

「ウツロくん……」

 ウツロの主張は、自分本位のもの。
 しかしそれは、どんな人間でも(かか)えているもの。

「……苦しい、苦しい……俺は、毒虫だ……俺という存在は、呪われている……」

「……」

 苦しいのは誰だって同じ――
 真田龍子の頭にはその思いがあった。

 しかし、言い方というものがある。
 苦しみも個性であるならば、それは名状しがたい事実ではある――
 だが、現実に苦しんでいる人間に、その言葉はあまりにも、重すぎる。

「……なんで、なんでだ……なんでこんなに、苦しいんだ……つらい、つらい……こんなにつらいのなら、いっそもう……生きたくなんか、ない……」

「……」

 苦しみを次々と吐露(とろ)するウツロ。
 その姿に真田龍子は、なんだかだんだん、腹が立ってきた。

「……苦しい、苦しい……俺なんか、俺なんか、生まれてこなければ、よかったんだ――!」

   ぱしんっ!

 ウツロの(ほほ)を、真田龍子の平手(ひらて)()った。

「めそめそすんなあああああっ!」

(『第71話 愛』へ続く)
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登場人物紹介

ウツロ(男性、16歳、身長175cm)


孤児だったが、似嵐鏡月に拾われ、アクタとともに育てられる。

アクタのことは兄貴分として、似嵐鏡月のことは師として慕っている。


トラウマが強く、「自分は人間ではない、毒虫のような存在だ」という、自己否定の衝動に苦しめられている。

それに向き合うため、哲学書や思想書を愛読している。

好きな思想家はトマス・ホッブズ。


剣術・料理を得意とする。

アクタ(男性、16歳、身長185cm)


ウツロと同じく孤児であり、似嵐鏡月の手で育てられた。

ウツロのことは、よき弟分としてかわいがっている。


明るく、気さくで、考えることは面倒な性格。

自分を責めるウツロのことを気にかけ、何かにつけて助け舟を出す。


力が強く、体力があることから、体術に秀でている。

似嵐鏡月(にがらし・きょうげつ、男性、30代後半、身長190cm)


孤児だったウツロとアクタを拾い上げ、隠れ里で育てた。

暗殺を稼業とする殺し屋であり、ウツロとアクタを後継者にするべく、その技術を伝授している。

マルエージング鋼製の大業物『黒彼岸』を愛刀とする。

真田龍子(さなだ・りょうこ、女性、黒帝高校1年生)


傷ついたウツロを救出し、献身的に看護する。

性格は明るく、勉強もできるが、運動のほうが得意。


仏のような慈愛・慈悲の心を持つが、それは過去のトラウマから派生している。

ウツロに対し、特別な感情を抱く。


真田虎太郎は実弟。

星川雅(ほしかわ・みやび、女性、黒帝高校1年生)


精神科医を両親に持ち、鋭い観察眼を会得している。

気は強いが、冷静沈着。

しかし内面には暗部を隠し持っていて、それを悟られないよう、気を使っている。

ウツロに『アルトラ』の存在を教える。

南柾樹(みなみ・まさき、男性、黒帝高校1年生)


ウツロには何かにつけて、きつく当たるが、それは彼が、ウツロに自分自身を投影してのことだった。

料理が得意。

真田虎太郎(さなだ・こたろう、男性、黒帝中学校1年生)


真田龍子の実弟。

頭脳明晰だが、考えすぎてしまう癖がある。


音楽をこよなく愛する。

好きな作曲家はグスタフ・マーラー。

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