第13話 タイガー&ドラゴン

文字数 1,473文字

 気絶したウツロは、再び悪夢にうなされていた。
 似嵐鏡月(にがらし・きょうげつ)とアクタが、遠くのほうに並んで、こちらを見ている。
 彼らはどこか、悲しそうな表情で視線を送っていた。

「お師匠様、アクタっ!」

 ウツロが呼びかけると、2人はふいに、背を向けて歩きはじめる。

「……なん、で……」

 ゆっくりとした動きのはずなのに、彼らはどんどん遠ざかっていく。

「お師匠様、アクタっ! 行かないで!」

 2人の姿はとうとう、豆粒のように小さくなってしまった。

「……どうして……お師匠様……アクタ……」

 ウツロは必死に、彼らを追いかけているつもりなのに、その距離は限りなく広がっていく。

「……俺を……独りにしないで……」

 2人の姿はついに、消えてしまった。

「……なんで……なんで……」

   *

「お」
虎太郎(こたろう)?」
「姉さん、目を覚まされました」

 落涙とともにウツロが目を覚ましたとき、かたわらには真田(さなだ)虎太郎がよりそっていて、すぐさま姉の龍子(りょうこ)にその事実を報告した。
 もっとも、すぐ報告できるように、ずっと彼によりそっていたのだけれど――

「……ん」
「大丈夫? ウツロくん?」
「……うん」
「さっきはごめんね。勢いとはいえ、柾樹(まさき)(みやび)が酷いことをしてしまって」
「……いや、謝るのは俺のほうだよ。ごめん、あんな風に暴れてしまって」
「……あ、いえ」

 ウツロの気づかいに、真田龍子はその心根の良さを認めた。
 その上で、少しでも彼の気を紛らわそうと、場を和ませることにした。

「改めて紹介するね。わたしは真田龍子。『りょう』は『龍』、『ドラゴン』の『龍』だね。変わった当て字でしょ? で、弟の虎太郎だよ。『こ』は『虎』、『タイガー』の『虎』だね。龍と虎の姉弟(きょうだい)なんだ。ちょっと面白くない?」

 彼女はウツロを元気づけるため、少しおどけた調子で自己紹介をしてみた。

「『タイガー』の虎太郎です。ウツロさん、よろしくお願いします」

 真田虎太郎も姉の意思をくみ取って、流れに乗ってみせる。

「……うん。なんだか素敵だね」

 ウツロはその気づかいを理解したものの、どこかぎこちない返しになってしまい、もどかしく思った。

「……ごめん、2人とも俺に気をつかってくれているのに」
「いや、いいんだよ。こっちこそ、ちょっとおせっかいだったかもね」

 真田龍子はまた態度に詰まってしまった。真田虎太郎も同様に萎縮してしまっている。
 ウツロは気まずくなって、何か話を切りだして雰囲気を変えようと思った。

「さっきの男――(みなみ)柾樹、だっけ? なんだか俺と同じ感じがした」

 真田龍子は息を呑んだ。彼はまた、とんでもないことを言おうとしているのではないのか?

「俺が何者なのかを伝えておきたいんだけど、その……話してもいいかな?」

 やはり、と彼女は思った。そんなことをさせたら、彼はさらに苦しむのではないか?
 せめてこの場はやりすごさなければ――

「ウツロくん、とても傷ついていると思うし……あ、無理して話さなくてもいいんだよ?」
「いや、さっきあんなことをしてしまったし。誤解があったらいろいろ困ると思うんだ」
「あ、うん……ほんとに、いいの……?」
「聴いてほしいんだ。俺はいったい何者で、どこから来たのかを」

 真田姉弟はお互いに視線で確認し、黙ってうなずいた。

(『第14話 慟哭(どうこく)へ続く)
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登場人物紹介

ウツロ(男性、16歳、身長175cm)


孤児だったが、似嵐鏡月に拾われ、アクタとともに育てられる。

アクタのことは兄貴分として、似嵐鏡月のことは師として慕っている。


トラウマが強く、「自分は人間ではない、毒虫のような存在だ」という、自己否定の衝動に苦しめられている。

それに向き合うため、哲学書や思想書を愛読している。

好きな思想家はトマス・ホッブズ。


剣術・料理を得意とする。

アクタ(男性、16歳、身長185cm)


ウツロと同じく孤児であり、似嵐鏡月の手で育てられた。

ウツロのことは、よき弟分としてかわいがっている。


明るく、気さくで、考えることは面倒な性格。

自分を責めるウツロのことを気にかけ、何かにつけて助け舟を出す。


力が強く、体力があることから、体術に秀でている。

似嵐鏡月(にがらし・きょうげつ、男性、30代後半、身長190cm)


孤児だったウツロとアクタを拾い上げ、隠れ里で育てた。

暗殺を稼業とする殺し屋であり、ウツロとアクタを後継者にするべく、その技術を伝授している。

マルエージング鋼製の大業物『黒彼岸』を愛刀とする。

真田龍子(さなだ・りょうこ、女性、黒帝高校1年生)


傷ついたウツロを救出し、献身的に看護する。

性格は明るく、勉強もできるが、運動のほうが得意。


仏のような慈愛・慈悲の心を持つが、それは過去のトラウマから派生している。

ウツロに対し、特別な感情を抱く。


真田虎太郎は実弟。

星川雅(ほしかわ・みやび、女性、黒帝高校1年生)


精神科医を両親に持ち、鋭い観察眼を会得している。

気は強いが、冷静沈着。

しかし内面には暗部を隠し持っていて、それを悟られないよう、気を使っている。

ウツロに『アルトラ』の存在を教える。

南柾樹(みなみ・まさき、男性、黒帝高校1年生)


ウツロには何かにつけて、きつく当たるが、それは彼が、ウツロに自分自身を投影してのことだった。

料理が得意。

真田虎太郎(さなだ・こたろう、男性、黒帝中学校1年生)


真田龍子の実弟。

頭脳明晰だが、考えすぎてしまう癖がある。


音楽をこよなく愛する。

好きな作曲家はグスタフ・マーラー。

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