第74話 エクリプス

文字数 1,614文字

魔王桜(まおうざくら)が与えた力、これが俺のアルトラです」

 ウツロは自身のアルトラの覚醒(かくせい)宣言(せんげん)した。

 地の底を何かが()うような音が聞こえる。
 だが、ただそれだけだ。

「……何も起こらんではないか。生意気にハッタリなどかましおって」

 似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)はウツロの言葉を『こけおどし』だと断じた。

「おい、ウツロ。そんなところにいつまで浮いている気だ? 目障(めざわ)りだぞ?」

「……」

(たた)()としてくれるわ!」

 彼はウツロに襲いかかろうとした。

「……?」

 首の下に違和感を覚え、似嵐鏡月はそちらに目を向けた。

「ひっ……」

 山犬の肩口(かたぐち)を、一匹の大きなムカデが()っている。
 彼は(あわ)ててそれを(はら)おうとした。

「な、なんだ……? 体がムズムズするぞ……」

 似嵐鏡月は全身に感じる奇妙なむずがゆさを不審に思った。

「おい……なんだ、ありゃあ……!」

叔父様(おじさま)の体の上を何かが()ってる……それも一匹や二匹じゃない……あれは、あの形は、まさか……」

 山犬(やまいぬ)皮膚(ひふ)の色に擬態(ぎたい)して(うごめ)異形(いぎょう)の者どもの存在に、南柾樹(みなみ まさき)星川雅(ほしかわ みやび)は気がついた。

「こっ、これは、ムカデの群れ……ひっ、やめろ、来るな……!」

 似嵐鏡月はあまりのおぞましさに動転して、必死でそれを振り払おうとした。
 だが、()いでも薙いでも、ムカデの群れは延々(えんえん)と、無限にわいてくるかのように、彼の足を(つた)って、体に(のぼ)ってくる。

「これが俺の能力です、お師匠様。『虫使い』――どうです? 俺にはピッタリだと思いませんか?」

 ウツロの言葉など耳に入れる(ひま)もなく、ムカデの大群は休むこともなく、似嵐鏡月を襲い続ける。

「……おのれ、ウツロ。こしゃくな真似(まね)を……!」

 彼は破れかぶれで中空(ちゅうくう)のウツロを攻撃しようとした。

「――!?」

 足から突然、力が抜けて、似嵐鏡月はその場にひざまずいた。

「ぬ、なんだ……体に、力が入らんぞ……?」

 そのまま両手も地面について、彼はすっかり土下座(どげざ)でもしているようなかっこうになった。

「ムカデの毒ですよ。生き物の体を麻痺(まひ)させる効果があり、実戦における暗器(あんき)の代わりとして、または古来から医療の手法として用いられる。あなたに教わったのですよ、お師匠様?」

 自分の教えた技を自分に使用される――
 似嵐鏡月は屈辱(くつじょく)でならなかった。

 だが、いくなんでも一度にこれほど大量のムカデを用意できることまでは、さすがの彼も想定の範囲外だった。

「ぐ、ぬう……ウツロ、よくもわしに、こんな真似を……!」

 山犬は『土下座』をしながら、大量の汗を大地に垂れ流している。
 無様(ぶざま)なかっこうをさせられ、似嵐鏡月は耐えがたい心境(しんきょう)だった。

(みやび)

「――?」

 ウツロは星川雅に視線を送った。

「俺は砂時計に似ている……そう言ったね? 永遠に()まらない穴を埋めようとしている、と。そうかもしれない……俺の心には、どこかにポッカリと『穴』が開いている……そんな気がするんだ」

「ウツロ……」

「欠落している……それはちょうど、欠落した月、月蝕(げっしょく)のように……」

 ウツロは天を(あお)いで、鏡のように光る満月を(なが)めた。

「エクリプス……それがいい。この力の名前は、エクリプス……」

(『第75話 宣戦布告(せんせんふこく)』へ続く)
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

ウツロ(男性、16歳、身長175cm)


孤児だったが、似嵐鏡月に拾われ、アクタとともに育てられる。

アクタのことは兄貴分として、似嵐鏡月のことは師として慕っている。


トラウマが強く、「自分は人間ではない、毒虫のような存在だ」という、自己否定の衝動に苦しめられている。

それに向き合うため、哲学書や思想書を愛読している。

好きな思想家はトマス・ホッブズ。


剣術・料理を得意とする。

アクタ(男性、16歳、身長185cm)


ウツロと同じく孤児であり、似嵐鏡月の手で育てられた。

ウツロのことは、よき弟分としてかわいがっている。


明るく、気さくで、考えることは面倒な性格。

自分を責めるウツロのことを気にかけ、何かにつけて助け舟を出す。


力が強く、体力があることから、体術に秀でている。

似嵐鏡月(にがらし・きょうげつ、男性、30代後半、身長190cm)


孤児だったウツロとアクタを拾い上げ、隠れ里で育てた。

暗殺を稼業とする殺し屋であり、ウツロとアクタを後継者にするべく、その技術を伝授している。

マルエージング鋼製の大業物『黒彼岸』を愛刀とする。

真田龍子(さなだ・りょうこ、女性、黒帝高校1年生)


傷ついたウツロを救出し、献身的に看護する。

性格は明るく、勉強もできるが、運動のほうが得意。


仏のような慈愛・慈悲の心を持つが、それは過去のトラウマから派生している。

ウツロに対し、特別な感情を抱く。


真田虎太郎は実弟。

星川雅(ほしかわ・みやび、女性、黒帝高校1年生)


精神科医を両親に持ち、鋭い観察眼を会得している。

気は強いが、冷静沈着。

しかし内面には暗部を隠し持っていて、それを悟られないよう、気を使っている。

ウツロに『アルトラ』の存在を教える。

南柾樹(みなみ・まさき、男性、黒帝高校1年生)


ウツロには何かにつけて、きつく当たるが、それは彼が、ウツロに自分自身を投影してのことだった。

料理が得意。

真田虎太郎(さなだ・こたろう、男性、黒帝中学校1年生)


真田龍子の実弟。

頭脳明晰だが、考えすぎてしまう癖がある。


音楽をこよなく愛する。

好きな作曲家はグスタフ・マーラー。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み