最終話 桜の朽木に虫の這うこと
文字数 2,792文字
ウツロはくだんの洋館アパートの自室で、
はじめにここでもらった服はボロボロになっていたから、新しいもの――やはりスポーツパーカーとジョガージャージだったが――それを身につけた。
しかし、
「ウツロ」
「どうぞ」
真田龍子が入室した。
彼女も例により、桜色のブルゾンとロングスパッツの
「ここのリーダー、
「ああ、もうちょっとかかりそうだね。わたしもそそっかしいけど、あの人は
「もうひとり、ここの
「
「哲学教授か、気になるね……ぜひ、学問のご教授を……」
「やめといたほうがいいよ? なんていうか、
「龍崎さんのほうは、どんな人なのかな?」
「このアパートに事務所をかまえてる弁護士の先生だね。もちろん、『
「そう、か……よかった。ありがとう、龍子……何から何まで、やってくれて……」
「なーにをいまさら。それに、ウツロはもう、あ……」
「……」
真田龍子は調子に乗って、余計なことを言いかけた。
彼女の顔が一瞬くもったので、ウツロはフォローしようとした。
「いや、いいんだよ、龍子。これから俺が体験することに……これから俺が、歩いていく道のりに比べれば……」
ウツロが配慮をしてくれたことをうれしく思う反面、真田龍子は彼の
さしあたってウツロは、特定生活対策室の本部へ送られ、身体検査や聞き取り調査などを受けることになっている。
そのあとは
当たり前というか、管理・監督される形で。
つらい目にもきっと、あうだろう。
それに彼が、ウツロが
そんなことを考えると、真田龍子は胸が
「龍子」
「え――?」
ウツロが彼女を見つめている。
笑顔だ。
「
「……」
彼は真田龍子をすくい取るように抱きしめた。
このときウツロは初めて、真田龍子への気持ちの正体を理解したのだった。
それは理屈ではなく、感情で。
「龍子」
「ウツロ」
身を寄せあい、
何度も何度も、舌を
「ん……」
「あ、ふ……」
おりしも風に乗った桜の花びらが窓から
これも
それは誰にもわからない。
ただ、その桜の渦は、ウツロと真田龍子の愛をしばし、世界から封印した――
「ウツロ、苦しい……」
「ご、ごめん。キスなんて、その、慣れてないから……」
「これから少しずつ、ね?」
「うん、龍子。で――」
「ん?」
「このあとはどうすればいいのか、不勉強で、その……」
ウツロの
「なに? このケダモノ! 最低っ! 毒虫じゃなくて、ケダモノだよ!」
「うう、アクタあ……俺はやっぱり、毒虫なんだあ……」
「ぷっ……」
「あはっ、あはは」
二人ははち切れんばかりに、笑いあった。
ウツロが笑っている、こんなに素敵な笑顔で……
真田龍子はそれがうれしくてうれしくて、しかたがなかった。
「ごほんっ……!」
いつの
「ノックくらいしたらどうかな?」
ウツロは
「したんだけど。
星川雅はあからさまに「イライラしています」という態度を表明した。
「お楽しみのところ申し訳ないんだけれど、ウツロ。今後のことについてみんなで話し合うから、ちょっと顔、貸してくれない?」
「かしこまったよ、雅」
ウツロはどこか
「急に人間っぽくなったじゃん。なんだか生意気」
「君には負けるよ」
星川雅は「一本、取られました」というしぐさをした。
「これから俺は、概念の世界で生きていくことになるんだね」
「そういうことになりますわね」
ウツロは
「はめ込めばいい、
ウツロの意志を星川雅は受け取った。
「見届けさせてもらうよ、
毒虫のウツロ
?」それだけ言って、彼女は退室した。
ただ、その表情は満足感にあふれていた。
「君も」
「――?」
「見届けてくれ、龍子――!」
真田龍子は
「うんっ!」
彼は、ウツロは
だがその毒虫は、確かにいま、
(了)