第59話 ファントム・デバイス

文字数 1,490文字

「さあ、ミスター・キョウゲツ、その装置の前に立ってください。それだけでいいのです。あとはそのファントム・デバイスが、すべてやってくれます」

 奇妙な装置だった。
 金属でできた大きな(ぼん)のような形で、その(まわ)りには太いケーブルがところ(せま)しとつながれている……なるほど、ここから魔王桜(まおうざくら)が姿を現すのだな……そう思った。

「そういえば、テオドラキアはどこに?」

「別の部屋で(ひか)えています。あなたの実験を終えたあと、

をするためにね」

「……どういうことだ」

概要(がいよう)はこうです。まず、このファントム・デバイスで魔王桜を召喚(しょうかん)する。魔王桜はあなたに、アルトラを植えつけようとするでしょう。その(すき)に、魔王桜から体細胞(たいさいぼう)を採取し、すぐさまアンプルを作成、テオドラキアに、移植(いしょく)するのです」

「……なんと、なぜ、そんなことを……」

「そうすれば……ふふ……テオドラキアに、魔王桜の能力が備わるのですよ」

「なん、だって……テオドラキアは、グレコマンドラ……あなたの娘だぞ……?」

「これはわが一族(いちぞく)、ディオティマの一族が、長いときの中で(つちか)ってきた知識であり、われわれの悲願(ひがん)なのです。テオドラキアもその血を()ぐ者として、じゅうぶん了解しています」

「……狂っている……なぜ、僕が選ばれた……? いったいお前は、何者だ……?」

「ミスター・キョウゲツ、共感覚(きょうかんかく)というものをご存じですか?」

「キョウカンカク……とは……?」

「生まれ持った脳の機能で決まると考えられている特別な能力で、たとえば物質を見ると、数字の羅列(られつ)が頭に浮かんだり、音を聞いたとき固有の周波数がわかるなどといった事例(じれい)が確認されています」

「それが……僕の質問と、何の関係が……?」

「わたしも持っているのですよ、その、共感覚をね。わたしには人間の精神状態が、(いろ)でわかる。ミスター・キョウゲツ……あなたの『色』は真っ赤……血のように、いや、地獄の炎のように」

「わけがわからない……何を言っているんだ、あなたは?」

「魔王桜はそんな赤い、()の感情に満ちた色を持つ者を好むのです。『食事』としてね……」

「……」

「あなたを病院で見かけたとき、興奮を禁じえませんでした。ふふ、こんな『赤』は、見たことがない、とね」

「……たばかったな、グレコマンドラ」

「もう遅い、遅いのです、ミスター・キョウゲツ。ほら、この『音』が聞こえるでしょう? ファントム・デバイスが起動したのです。そして、ふふ……」

「――っ!?」

 グレコマンドラの手は、わしの(むな)ぐらを、そっと後ろへ押した――

「最後に教えてあげましょう。ディオティマのアルトラ、その能力とは……自分の精神を思念体(しねんたい)として、その血を継ぐ者にバトンタッチさせることができる……能力名は『ファントム・デバイス』……そう、

ディオティマなのです」

「わあああああっ!」

「長かった、ここまでたどりつくのに……これでわたしは、魔王桜の力で、全知全能(ぜんちぜんのう)に……オリュンポスの神々(かみがみ)すら、蹴散(けち)らせる存在に……ふふ、ふふっ、ふはははははっ!」

(『第60話 似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)魔王桜(まおうざくら)』へ続く)
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登場人物紹介

ウツロ(男性、16歳、身長175cm)


孤児だったが、似嵐鏡月に拾われ、アクタとともに育てられる。

アクタのことは兄貴分として、似嵐鏡月のことは師として慕っている。


トラウマが強く、「自分は人間ではない、毒虫のような存在だ」という、自己否定の衝動に苦しめられている。

それに向き合うため、哲学書や思想書を愛読している。

好きな思想家はトマス・ホッブズ。


剣術・料理を得意とする。

アクタ(男性、16歳、身長185cm)


ウツロと同じく孤児であり、似嵐鏡月の手で育てられた。

ウツロのことは、よき弟分としてかわいがっている。


明るく、気さくで、考えることは面倒な性格。

自分を責めるウツロのことを気にかけ、何かにつけて助け舟を出す。


力が強く、体力があることから、体術に秀でている。

似嵐鏡月(にがらし・きょうげつ、男性、30代後半、身長190cm)


孤児だったウツロとアクタを拾い上げ、隠れ里で育てた。

暗殺を稼業とする殺し屋であり、ウツロとアクタを後継者にするべく、その技術を伝授している。

マルエージング鋼製の大業物『黒彼岸』を愛刀とする。

真田龍子(さなだ・りょうこ、女性、黒帝高校1年生)


傷ついたウツロを救出し、献身的に看護する。

性格は明るく、勉強もできるが、運動のほうが得意。


仏のような慈愛・慈悲の心を持つが、それは過去のトラウマから派生している。

ウツロに対し、特別な感情を抱く。


真田虎太郎は実弟。

星川雅(ほしかわ・みやび、女性、黒帝高校1年生)


精神科医を両親に持ち、鋭い観察眼を会得している。

気は強いが、冷静沈着。

しかし内面には暗部を隠し持っていて、それを悟られないよう、気を使っている。

ウツロに『アルトラ』の存在を教える。

南柾樹(みなみ・まさき、男性、黒帝高校1年生)


ウツロには何かにつけて、きつく当たるが、それは彼が、ウツロに自分自身を投影してのことだった。

料理が得意。

真田虎太郎(さなだ・こたろう、男性、黒帝中学校1年生)


真田龍子の実弟。

頭脳明晰だが、考えすぎてしまう癖がある。


音楽をこよなく愛する。

好きな作曲家はグスタフ・マーラー。

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