第47話 ゴーゴン・ヘッド

文字数 1,274文字

「ウツロ、これがわたしのアルトラだよ」

 ()びあがった黒髪(くろかみ)が、ヘビのようにしゅるしゅるとうねって、似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)(うで)に、(どう)に、首に()きついた。

「なっ、なんだこれはっ!?」

「あはは、叔父様(おじさま)! このままペシャンコにしてあげるよ!」

 ギリギリと()めあげるその力に、彼はもがくことしかできない。
 星川雅(ほしかわ みやび)の変身、その異形(いぎょう)の姿に、ウツロとアクタは息をのんだ。
 彼女の形相(ぎょうそう)はまさに、獲物(えもの)(なぶ)るヘビのそれだ。

(あば)れたのと、二人ががんばって(さけ)んでくれたおかげで、()せずしてだけれど、正気(しょうき)(もど)れたよ」

 似嵐鏡月はもはや、言葉を(はっ)することも難しいほど強く締めつけられている。
 その苦しむ様子を、彼女は舌をなめながら観察している。

「どう? (おどろ)いたでしょ? ゴーゴン・ヘッドって名前なんだ。こうやって髪の毛で相手を弱らせてから、そのあとね――」

「――!」

 ヘビの髪が

中空(ちゅうくう)へ持ち上げ、そのまま少女の頭上(ずじょう)へと()()せた。

 星川雅の後頭部(こうとうぶ)がパックリ()れて、とがった歯と、バカでかい舌が姿を現す。

「この大きな口で、むしゃむしゃ食べるんだよ」

 舌なめずりをする大きな口に、似嵐鏡月が運ばれる。

「バケモノ……」

 アクタは思わず、そう(つぶや)いてしまった。

「バケモノ? そうだよ、わたしはバケモノなんだよ、アクタ? ヘビの触手(しょくしゅ)とこの大口(おおぐち)、これがわたしのアルトラ、ゴーゴン・ヘッド。バラの花みたく見えない?」

 星川雅はケラケラと笑っている。

「うふ、ゴーゴンはギリシャ神話の怪物、バケモノのことだものね。気に入ってるんだ、このネーミング」

 彼女は呆然(ぼうぜん)とするウツロのほうを見た。

「どう思う、ウツロ? (みにく)いでしょ、わたしの姿は。アルトラとは精神の投影。つまり、わたしの心は、こんなにもおぞましい醜さってこと」

 言葉にならない。
 どう声をかければよいのか――

 ウツロの心境(しんきょう)悲痛(ひつう)だった。

「毒虫がどうとかって言ってたよね? それがなんなの? この醜さに比べれば、毒虫が何よ? わたしがどんな思いで、こんなのと向き合ってきたと思う? 地獄の苦しみだよ。これがわたしの正体(しょうたい)なんだ、わたしの心はこんなに醜いんだ、ってね」

 自分の放った言葉で感傷的(かんしょうてき)になり、星川雅は急に、切ない顔になった。

「ウツロ、こんなわたしを、愛してくれる?」

 ウツロには確かに見えた。
 そう言った少女のまなじりに、光るものが――

(『第48話 (なみだ)』へ続く)
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登場人物紹介

ウツロ(男性、16歳、身長175cm)


孤児だったが、似嵐鏡月に拾われ、アクタとともに育てられる。

アクタのことは兄貴分として、似嵐鏡月のことは師として慕っている。


トラウマが強く、「自分は人間ではない、毒虫のような存在だ」という、自己否定の衝動に苦しめられている。

それに向き合うため、哲学書や思想書を愛読している。

好きな思想家はトマス・ホッブズ。


剣術・料理を得意とする。

アクタ(男性、16歳、身長185cm)


ウツロと同じく孤児であり、似嵐鏡月の手で育てられた。

ウツロのことは、よき弟分としてかわいがっている。


明るく、気さくで、考えることは面倒な性格。

自分を責めるウツロのことを気にかけ、何かにつけて助け舟を出す。


力が強く、体力があることから、体術に秀でている。

似嵐鏡月(にがらし・きょうげつ、男性、30代後半、身長190cm)


孤児だったウツロとアクタを拾い上げ、隠れ里で育てた。

暗殺を稼業とする殺し屋であり、ウツロとアクタを後継者にするべく、その技術を伝授している。

マルエージング鋼製の大業物『黒彼岸』を愛刀とする。

真田龍子(さなだ・りょうこ、女性、黒帝高校1年生)


傷ついたウツロを救出し、献身的に看護する。

性格は明るく、勉強もできるが、運動のほうが得意。


仏のような慈愛・慈悲の心を持つが、それは過去のトラウマから派生している。

ウツロに対し、特別な感情を抱く。


真田虎太郎は実弟。

星川雅(ほしかわ・みやび、女性、黒帝高校1年生)


精神科医を両親に持ち、鋭い観察眼を会得している。

気は強いが、冷静沈着。

しかし内面には暗部を隠し持っていて、それを悟られないよう、気を使っている。

ウツロに『アルトラ』の存在を教える。

南柾樹(みなみ・まさき、男性、黒帝高校1年生)


ウツロには何かにつけて、きつく当たるが、それは彼が、ウツロに自分自身を投影してのことだった。

料理が得意。

真田虎太郎(さなだ・こたろう、男性、黒帝中学校1年生)


真田龍子の実弟。

頭脳明晰だが、考えすぎてしまう癖がある。


音楽をこよなく愛する。

好きな作曲家はグスタフ・マーラー。

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