第7話 来襲

文字数 2,284文字

「お師匠様っ!」

 似嵐鏡月(にがらし・きょうげつ)縁側(えんがわ)にどっしりと座って、黒彼岸(くろひがん)を片手に握りしめながら、苦い表情をしている。

「いったい、何事でしょう?」
(ぞく)だな、明らかに。とすれば、答えは一つ。わしらを殺しにきたのよ」

 このような状況での気づかいは、むしろ厄災(やくさい)の元だ。
 似嵐鏡月ははっきり、「殺しにきた」と二人に伝えた。

「ま、わしに恨みを持つ何者かが放った刺客、といったところだろうな。やれやれ」
「そんな……」
「いつかはこんなことが、と思っていた。アクタ、ウツロ、すまぬ」
「こんなときに、お師匠様!」
「話はことが済んでからだ。お前たち、わしについてきなさい」

 似嵐鏡月はすぐさま、普段自室にしている『はなれ』に、ウツロとアクタを導いた。
 二人とも彼の部屋へ入るのは、日課になっている掃除のときくらいだ。

 似嵐鏡月は室内の一番奥にある、長持(ながもち)の前まで、彼らを案内した。
 重量感のある木製のそれを開けると、黒光りするアタッシェケースが二つ、収められている。

「これは……」
「お師匠様……」
「お前たちがわしの仕事を継ぐときにと思い、ひそかに用意していたのだ」
「なんと……」
「これがアクタ、ウツロのはこれだ」

 似嵐鏡月は順番に、そのロックを解除した。

「まずは戦闘時に着る衣装だ。二人とも、身につけて見せてくれ」
「はい、お師匠様!」

 ウツロとアクタは師匠の手を借りながら、その『戦闘服』を身にまとった。

 強化繊維の下地は薄く軽量だが、急所の集まる正中線上は、ナノレベルで高密度に作られていた。
 やはり繊維強化が施された胸当てと肩当ては、心臓や肩甲骨をじゅうぶんに守れる上、防御力はもちろん、機敏に動ける仕様だ。
 手袋(てぶくろ)足袋(たび)を模したものは、フットワークが軽くなるように設計されている。

 いずれも衝撃を最大限、分散させられる効果を持っていた。
 すなわち、防御のときは受けた衝撃を最小に抑え、攻撃のときは与えた力を最大にできる。
 現代科学の(すい)による、闘争に特化した技術の結晶である。
 目的にかなうこと申し分ない。

 前腕(ぜんわん)下腿(かたい)のみ、素肌が露出している。
 あえて弱い部分を作ることで、そこへの攻撃を相手に誘導し、活路を見出すためだ。人間の心理をうまく利用した戦術と言えよう。

 黒く(つや)のあるそれらを装備した二人は、すっかり戦士の()で立ちとなった。
 その姿は実に(りん)としている。

「うん、よく似合っているぞ。さて、武器だ。まずはアクタ」
「はっ、お師匠様!」
「この手甲(しゅこう)を使ってくれ」
「これは……」

 見た目はカブトガニのような、V字に細かく装甲が重ねられた、合金製の手甲。

「アクタ、お前は体術に優れている。これを両腕に装着し、戦うがよい」
「もったいない、ありがたき幸せにございます!」
「そしてウツロ、お前はこれだ」
「なんと……」
「剣術に長けたお前には、この刀を授けよう。黒彼岸を模して作ったものだが、ちゃんとお前の体躯(たいく)にあわせてある」

 師の愛刀を一回り小さくしたような黒刀(こくとう)が、手渡される。

「お師匠様、うれしゅうございます! (つつし)んで(うけたわ)ります!」
「よし、首尾(しゅび)は大丈夫だな。ゆくぞ、アクタ、ウツロ」
「はっ!」

 装備を整え、三人は急ぎ足で、玄関へと向かった。

「さて、どの辺まで来おったかの」
「『(ひる)の背中』を、やすやすと越えてきやがる。お師匠様っ!」
「ああ、相当な手練(てだ)れとみえるな。ウツロ、何人かわかるか?」
「すごい数です。20……いや、全部で30人……!」
「10倍か。敵もやりおるわ」
「なあに、1人10人だ。俺らにかかれば一ひねりですって」
「うむ、アクタ。その意気だ」
「お師匠様、どうかこたびの作戦をお授けください!」
「ウツロ、よく申した。よいか、これからわしの言うことをよく聴きなさい」
「はっ! 何なりとお申しつけください!」
「アクタ、ウツロ。わしが時を稼ぐゆえ、戦いながらバラバラに分かれ、逃げるのだ」
「なっ、お師匠様! 逃げるなどと! われらが力を合わせれば、相手が何人だろうと、負けることなどありえません!」
「ウツロの言うとおりです、お師匠様! それに逃げるということは、この里を捨てるということ! 里が敵の手に落ちてしまう可能性だって、じゅうぶんにあります!」
「2人とも、冷静になれ!」

 逃げるという指示が()に落ちず、反論した二人に、似嵐鏡月は『(かつ)』を入れた。

「よいか、アクタ、ウツロ。この隠れ里の存在が知られた以上、たとえこの場はやりすごせたとしても、敵は何度でも、ここを襲いにやってくるだろう。わしとしても不本意であるし、なにより、お前たちの故郷であるこの里を落とすのは口惜しいが、やむをえないのだ。アクタ、ウツロ、どうかわかってくれ」

 二人は(くちびる)()みしめ、(こぶし)を強く握った。
 しかし師匠の言い分は、至極(しごく)もっともである。
 彼らに同意しないという選択肢は、あり得なかった。

「……(おお)せにしたがいます、お師匠様」
「すまぬ。そうと決まれば、二人とも。覚悟を決めてかかるのだ」
「はい! お師匠様!」

(『第8話 カラスの群れとの戦い』へ続く)
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

ウツロ(男性、16歳、身長175cm)


孤児だったが、似嵐鏡月に拾われ、アクタとともに育てられる。

アクタのことは兄貴分として、似嵐鏡月のことは師として慕っている。


トラウマが強く、「自分は人間ではない、毒虫のような存在だ」という、自己否定の衝動に苦しめられている。

それに向き合うため、哲学書や思想書を愛読している。

好きな思想家はトマス・ホッブズ。


剣術・料理を得意とする。

アクタ(男性、16歳、身長185cm)


ウツロと同じく孤児であり、似嵐鏡月の手で育てられた。

ウツロのことは、よき弟分としてかわいがっている。


明るく、気さくで、考えることは面倒な性格。

自分を責めるウツロのことを気にかけ、何かにつけて助け舟を出す。


力が強く、体力があることから、体術に秀でている。

似嵐鏡月(にがらし・きょうげつ、男性、30代後半、身長190cm)


孤児だったウツロとアクタを拾い上げ、隠れ里で育てた。

暗殺を稼業とする殺し屋であり、ウツロとアクタを後継者にするべく、その技術を伝授している。

マルエージング鋼製の大業物『黒彼岸』を愛刀とする。

真田龍子(さなだ・りょうこ、女性、黒帝高校1年生)


傷ついたウツロを救出し、献身的に看護する。

性格は明るく、勉強もできるが、運動のほうが得意。


仏のような慈愛・慈悲の心を持つが、それは過去のトラウマから派生している。

ウツロに対し、特別な感情を抱く。


真田虎太郎は実弟。

星川雅(ほしかわ・みやび、女性、黒帝高校1年生)


精神科医を両親に持ち、鋭い観察眼を会得している。

気は強いが、冷静沈着。

しかし内面には暗部を隠し持っていて、それを悟られないよう、気を使っている。

ウツロに『アルトラ』の存在を教える。

南柾樹(みなみ・まさき、男性、黒帝高校1年生)


ウツロには何かにつけて、きつく当たるが、それは彼が、ウツロに自分自身を投影してのことだった。

料理が得意。

真田虎太郎(さなだ・こたろう、男性、黒帝中学校1年生)


真田龍子の実弟。

頭脳明晰だが、考えすぎてしまう癖がある。


音楽をこよなく愛する。

好きな作曲家はグスタフ・マーラー。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み