第15話 光の中で

文字数 2,444文字

 真田龍子(さなだ・りょうこ)はウツロに跳び付き、両腕で力強く彼を抱きしめた。

「あっ……?」

 ウツロはびっくりしたが、彼女はさらに強く彼の体を圧迫する。

「ちょ……」

 その体がほのかに光り出した。

「……え?」

 温かい、優しい光。

 何が起こっているのか、ウツロはわからなかった。
 わからない、が――これは?

 楽になってくる。
 傷付いた体も、心さえも。

 うまく表現できないけれど、心身から『(うみ)』が消えていくような――

 体の痛みが和らいでくる。
 心に巣食う毒虫の群れが消えていく。

 安らぐ――こうしていると。

 この少女のおかげなんだろう。
 その慈しみは、それがそのままこの子の存在であるような――

「ん……」
「……どう、ウツロくん?」
「……何だか、とても楽になった」
「よかっ、た……」
「姉さん!」

 ウツロを抱いたまま、真田龍子はベッドに崩れ落ちかけ、慌てた弟にすかさず支えられた。

「真田さんっ! 大丈夫!?」
「ええ、全然平気だから……」
「全然平気そうじゃないよ! 誰か、人を――」
「いいんだ、ウツロくん。『この力』を使うとね、けっこう疲れちゃうんだ。いつものことだから、安心して」
「……まさか、俺にずっと『それ』を?」
「えへへ」
「なんで、そんなこと……自分を犠牲にして、……他人を癒やすなんて」
「だって、見てらんないでしょ? 目の前に傷付いた人がいるのに」

 ウツロは自分を呪った。
 他でもない、自分の身勝手な思いこみについてだ。

 俺は、苦しいのは、自分だけだとでも思っていたのか?

 この子を見ろ。
 真田龍子という、この高潔な少女を。

 彼女の力については何なのかはわからない。
 だがそれは少なくとも、わが身を犠牲にして、他人を癒やすというもののようだ。

 彼女はそれを使った。
 俺のために、こんな俺を救うために――

 お師匠様も、アクタも、この真田龍子も、自分を賭して俺を助けてくれた。
 それなのに俺はなんだ?

 自分だけ苦しいとのたまい、他者に施しなどせず、なんて自分勝手なんだ。
 それは結局、自分のことしか考えていないということだ。

 恥ずかしい、俺は自分が恥ずかしい――

「ウツロくん」

 自分を卑下した彼が顔を上げると、真田龍子がほほえんでいる。
 その表情は、神仏(しんぶつ)が持つと聞いた慈愛の心――まさにそれが表われていた。

「また、余計なこと考えてるでしょ?」

 彼女はウツロの額を優しく打った。
 そのしぐさに、いやおうなくアクタが重なる。

 みんな、こんな風に俺を、心配してくれていたんだな――

「あ、俺、俺は……」
「バカのほうがいいこともあるんだよ?」
「……そう、かもね」
「パッパラパーになっちゃえばいいのに」
「え? パッパラパーか、はは」

 まさにアクタ、いや、上辺のことだけではなく、その本質的な部分が、アクタと似通っているのだろう。

 人間。
 これが、人間なのかもしれない――

「ウツロさん、よかったです」
虎太郎(こたろう)くん、ごめんね。お姉さんにつらい思いをさせてしまって」
「いえいえ、何にもです。姉さんは『ドラゴン』だからタフなのです」
「こら、虎太郎! 人を怪物みたいに!」
「食欲だけなら、怪物かもしれません」
「こらっ! わたしの恥部を晒すな!」
「ははは」
「ははは、じゃなーい!」

 真田姉弟(きょうだい)は仲良くじゃれ合っている。

 ウツロはますます気持ちが安らいだ。
 先ほどの不思議な力なしで――

 何だかアクタとのやり取りを思い出す。

 人間か。
 やっぱりこれが、人間ってことなのかもな――

「……そろそろ」
「え?」
「入ってきたらどう?」

 ウツロの遠い呼びかけに、何事かと驚いた真田龍子が後ろを振り向くと、半開きのドアの隙間から、星川雅(ほしかわ・みやび)南柾樹(みなみ・まさき)がそっと顔を出した。
 いかにも気まずそうな表情を浮かべている。

「2人とも、そういうのはよくないよ」
「いや、いいんだ、真田さん」
「わり、立ち聞きするつもりはなかったんだけどよ」
「つもりはないけどしてしまったのなら、それはしたということじゃないかな?」
「あんだと? こっちが下手(したて)に出てるってのにその態度は――」
「まーさーきっ」
「お、わりい」

 毒づく南柾樹を制しながら、星川雅はつかつかと、ウツロの方へ歩み寄ってくる。

「ウツロくん、病み上がりなのを重々承知の上で、大事な話があるんだけど」
「毒食らわば皿まで。なんでもどうぞ」

 ウツロの開き直った態度が、星川雅の(かん)に障ったが、彼女はそこには触れず、話を切り出した。

「あなた、魔王桜(まおうざくら)に『会った』でしょ?」

 意外な単語が飛び出したことに、ウツロは驚いた。

「魔王桜……、どうしてそれを?」
「あは、思ったとおり。あなた、嘘がつけない性格だね」

 ウツロはムッとしたが、情報の収集を優先させるため、反論はしなかった。

「ああ、ごめんごめん。それはとりあえず置いといて――『会った』わけだね? 魔王桜に?」
「確かに……でも、なぜそのことを?」
「あなたが

で繰り返していたからね。『魔王桜』と」
「なるほど。けれどあれが魔王桜だったとして、それがどんな問題になるのかな?」
「やっぱり賢いよね、君。魔王桜に『出会った』過程を教えてくれない? そしたらこちらも、知っている情報はすべて出すからさ」
「……いいよ」

 ウツロは隠れ里強襲から、魔王桜遭遇への流れを、簡潔に説明した。

「……なるほど。ここからは少し長くなるんだけれど、退屈しないで聴いてね」

 星川雅は一拍、()を置いてから話しはじめた。

(『第16話 鳥のさえずり』へ続く)
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登場人物紹介

ウツロ(男性、16歳、身長175cm)


孤児だったが、似嵐鏡月に拾われ、アクタとともに育てられる。

アクタのことは兄貴分として、似嵐鏡月のことは師として慕っている。


トラウマが強く、「自分は人間ではない、毒虫のような存在だ」という、自己否定の衝動に苦しめられている。

それに向き合うため、哲学書や思想書を愛読している。

好きな思想家はトマス・ホッブズ。


剣術・料理を得意とする。

アクタ(男性、16歳、身長185cm)


ウツロと同じく孤児であり、似嵐鏡月の手で育てられた。

ウツロのことは、よき弟分としてかわいがっている。


明るく、気さくで、考えることは面倒な性格。

自分を責めるウツロのことを気にかけ、何かにつけて助け舟を出す。


力が強く、体力があることから、体術に秀でている。

似嵐鏡月(にがらし・きょうげつ、男性、30代後半、身長190cm)


孤児だったウツロとアクタを拾い上げ、隠れ里で育てた。

暗殺を稼業とする殺し屋であり、ウツロとアクタを後継者にするべく、その技術を伝授している。

マルエージング鋼製の大業物『黒彼岸』を愛刀とする。

真田龍子(さなだ・りょうこ、女性、黒帝高校1年生)


傷ついたウツロを救出し、献身的に看護する。

性格は明るく、勉強もできるが、運動のほうが得意。


仏のような慈愛・慈悲の心を持つが、それは過去のトラウマから派生している。

ウツロに対し、特別な感情を抱く。


真田虎太郎は実弟。

星川雅(ほしかわ・みやび、女性、黒帝高校1年生)


精神科医を両親に持ち、鋭い観察眼を会得している。

気は強いが、冷静沈着。

しかし内面には暗部を隠し持っていて、それを悟られないよう、気を使っている。

ウツロに『アルトラ』の存在を教える。

南柾樹(みなみ・まさき、男性、黒帝高校1年生)


ウツロには何かにつけて、きつく当たるが、それは彼が、ウツロに自分自身を投影してのことだった。

料理が得意。

真田虎太郎(さなだ・こたろう、男性、黒帝中学校1年生)


真田龍子の実弟。

頭脳明晰だが、考えすぎてしまう癖がある。


音楽をこよなく愛する。

好きな作曲家はグスタフ・マーラー。

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