「ドチクショウがあああああっ!」
地面に両手をつき、天を
仰いで、少女は
咆哮した。
「なんでだっ!? なんで思いどおりにならないんだっ!? わたしが支配者だぞ!? 帝王はわたしなんだ! なのに、なのにっ! なんでだあああああっ!」
星川雅が
抱える異常な支配欲求――
それが満たされなかったときの
成れの
果て。
幼児性と
狂気の
暴発である。
もはや自分ではコントロールできない。
制御不能となった彼女は、機械のようにひたすら大地を
殴った。
だだをこねる子どもと同じように――
この様子に
似嵐鏡月は面白くてしかたがない。
「ははっ、これは
傑作だ! 雅、それがお前の
正体、お前のすべてだ!
人格までも母の
劣化コピーなのだ!」
「うるさいっ、うるさあああああい!」
「ああ、
滑稽だ! 滑稽なピエロだ、お前は! お前は
姉貴の、
操り
人形なのだあっ!」
「言うな、言うなっ! わたしはあいつの、クソババアの人形なんかじゃなあああああい!」
「あはっ、ははっ。クソババアだって!? 雅よ、お前本当は、そんな
風に思っていたんだなあ! ああ、最高だ。ざまあみろ、姉貴いっ! あんたは弟も、娘さえも不幸にする、不幸製造機なのだっ! あーはははははあっ!」
腹を
抱え、歯をカチカチと鳴らしながら
嘲笑する。
その
異様すぎる
光景に、
一連の流れを見守っていたウツロとアクタは、逆に冷静になった。
これが夢であったらどんなに
楽だろうか?
あのお
師匠様が、強くてやさしいお師匠様が、こんな風になるなんて――
事情はともあれ、少女ひとりをいたぶり、あろうことかそれを楽しんでいる。
子どもだ、まるで――
星川雅と似嵐鏡月。
姪と
叔父どうしで、こんな狂気の
沙汰を演じるとは。
ウツロとアクタは自分たちが受けた
仕打ち
のことも忘れ、ただただ眼前の
出来事に
戦慄した。
それほどの
狂態だった。
「ああ、はは。いやいや、楽しませてもらった。天にも
昇る気分とはこれだな。こんなに笑ったのは久しぶりだ。はーあ」
「ふう……ふう……」
やっと笑いを落ち着かせた似嵐鏡月に対し、星川雅は
伏したまま、全身で
荒く呼吸をしている。
「ああ面白かった。面白かったから、雅――」
軍靴仕様のブーツをじゃりじゃり鳴らしながら、深くうなだれた少女のほうへ
近寄る。
「ひとおもいに
一撃で
葬ってやる。ありがたく思え。
似嵐家伝承の
宝刀にかかって死ぬのは、
屈辱の
極みだろうがなあ」
ウツロとアクタは
途端にハッとなった。
それだけはダメだ。
いくらなんでも、叔父が姪を手にかけるなど、あってはならない。
それだけはなんとしても
避けなければ――
「お師匠様っ、おやめください!」
「相手はまだ少女でございます!」
二人は必死に
叫んだ。
なんとかして止めなければ――
それだけをただ念じていた。
「うるさいぞお前ら、空気を読め。こいつを
始末したら、次はお前らなんだからな。いまのうちに
念仏でも
唱えておけ、この役立たずども」
絶望した。
正気じゃない。
いや、これがお師匠様の『正気』なのか?
これがこの人の本当の
姿、本当の気持ちなのか?
わからない、何もかも。
いったい何を信じればいいんだ?
頭がおかしくなりそうだ。
どうすれば、いったいどうすれば――
ウツロもアクタも
憔悴あまって、どうすればよいのかいっこうに
判じかねている。
「さあ、おねんねの時間だよ、
雅ちゃん
?」
そうこうしている
間にも、似嵐鏡月は彼女の
頭上に
黒彼岸を振りかざした。
「やめてくださいっ!」
「お師匠様あああっ!」
絶叫での制止も、彼の耳にはもう入っていない。
「死ねい、雅っ!」
刀を
握る手に
全力を込め、一気に振り下ろそうとした――
「……」
「ああ、なんだと? 聞こえんな」
「……
間合いに入ってんじゃねーよ、バーカ」
「な――」
星川雅の髪の毛がしゅるしゅると
伸びて、似嵐鏡月の体に
絡みついた。
「なっ、なんだこれはっ!?」
意思を持ったかのような
乱れる
黒髪が、
腕を、
胴を、首を、がんじがらめに
縛りあげる。
星川雅はくつくつと笑いはじめた。
毛髪の下からのぞく
双眸は、
爛々と赤く輝いている。
「ウツロくん、見せてあげる。これがわたしのアルトラだよ」
(『第47話 ゴーゴン・ヘッド』へ続く)