第37話 再会

文字数 1,928文字

 ウツロは山を(つた)い、北へ向かってひたすら()()けた。

 アパートが山麓(さんろく)に建てられていたことが(さいわ)いした。

 山中(さんちゅう)を行くのは骨が折れる。
 しかもただでさえ、痛手(いたで)()った体だ。

 肉体の節々(ふしぶし)(きし)む。
 だが、アクタと師・似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)が無事であったという事実が、ウツロの苦痛を吹き飛ばした。

 俺を待ってくれている――

 承認欲求(しょうにんよっきゅう)を満たしてあまりある興奮(こうふん)が、彼の足に拍車(はくしゃ)をかけた。

 時間にして三十分ほど。
 常人(じょうじん)であれば不可能なタイムを、歓喜(かんき)のウツロは(たた)()した。

 人首山(しとかべやま)の入り口には、()せた朱塗(しゅぬ)りの鳥居(とりい)がそびえていた。
 (まね)()れるかのようなその(たたず)まいに、彼は一瞬、足を止めた。

 しかし、行くしかない――

 ためらいはすぐ、わき上がる期待感にかき消された。

 頂上へ向かって螺旋状(らせんじょう)石段(いしだん)を一気に()()がる。

 等間隔(とうかんかく)に配置された石灯籠(いしどうろう)電飾(でんしょく)が、ウツロを幻惑(げんわく)するようにゆらゆらと点滅(てんめつ)している。

 それが逆に、不安よりもむしろ焦燥(しょうそう)を彼へあおった。

 再び鳥居が見える。

 あそこを()えれば中腹(ちゅうふく)(あた)りへ出るはずだ。

 はやる気持ちを(おさ)えながら、鳥居が作る暗黒の(やみ)を、ウツロはくぐった。

   *

「アクタ、お師匠様(ししょうさま)……いったい、どこに……」

 鳥居をくぐると、桜の森に囲まれた広い空間に出た。
 風もなく、(あた)りはしんと静まり返っている。
 かすかな月明(つきあ)かりを(たよ)りに、ところどころ草の()える地面(じめん)を、ウツロはおそるおそる前進した。

「あれは……」

 広場(ひろば)の中心に、ひときわ大きな一本の桜の木が、どっしりと根を下ろしている。
 太い(みき)の周りに、注連縄(しめなわ)らしきものが巻きつけられているのが見える。
 どうやらここは鎮守(ちんじゅ)の森らしい。

 そのとき、雲間(くもま)から少し春の満月が顔を出して、周囲をほのかに照らし出した。

「――!」

 一本桜(いっぽんざくら)の根もとに大きな人影(ひとかげ)()かび()がった。

「アクタっ!」

 アクタ、確かにアクタだ――

 彼は大木(たいぼく)の根に体を(あず)け、うなだれたまま動かない。

 気絶(きぜつ)しているのか?
 それとも、まさか――

 ウツロは大地を()ってアクタに()()った。

「アクタ、大丈夫か!? いったい何が――」

 ウツロは反射的に足を止め、後方(こうほう)()んだ。
 強烈(きょうれつ)殺気(さっき)を感じたのだ。
 桜の木からまがまがしい気配(けはい)が伝わってくる。

何者(なにもの)だ!? 出てこい!」

 ぬうっと、大木の左側から、長身巨躯(ちょうしんきょく)の男が姿を見せる。

「お師匠様っ!」

 似嵐鏡月――

 確かに彼だ。

 ウツロの歓喜(かんき)は頂点へ達した。
 (あわ)てて肩膝(かたひざ)をつき、師の前へかしずく。

 似嵐鏡月はゆっくりとアクタの横まで(あゆ)み寄り、ウツロのほうへ向き直った。

「お師匠様っ、無礼(ぶれい)をお許しください! ご無事(ぶじ)でなによりです!」

 ウツロは顔を上げて率直(そっちょく)な気持ちを述べた。
 だが似嵐鏡月は、何も言わない。
 黙ったままウツロを見つめているだけだ。

「アクタが、アクタが動かなくて……」

 時が止まったようにそのままだ。
 人形(にんぎょう)でも見ているように映る。
 ウツロにはそれが何を意味しているのか、皆目(かいもく)わからなかった。

「お師匠様……?」

 様子がおかしい。
 その表情はまるで、感情が排除されたようだ。

「ウツロ」

 やっと似嵐鏡月は、能面のような顔つきで、口を無理やりこじ()けるように言い放った。

「この、毒虫(どくむし)が」

(『第38話 否定(ひてい)』へ続く)
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登場人物紹介

ウツロ(男性、16歳、身長175cm)


孤児だったが、似嵐鏡月に拾われ、アクタとともに育てられる。

アクタのことは兄貴分として、似嵐鏡月のことは師として慕っている。


トラウマが強く、「自分は人間ではない、毒虫のような存在だ」という、自己否定の衝動に苦しめられている。

それに向き合うため、哲学書や思想書を愛読している。

好きな思想家はトマス・ホッブズ。


剣術・料理を得意とする。

アクタ(男性、16歳、身長185cm)


ウツロと同じく孤児であり、似嵐鏡月の手で育てられた。

ウツロのことは、よき弟分としてかわいがっている。


明るく、気さくで、考えることは面倒な性格。

自分を責めるウツロのことを気にかけ、何かにつけて助け舟を出す。


力が強く、体力があることから、体術に秀でている。

似嵐鏡月(にがらし・きょうげつ、男性、30代後半、身長190cm)


孤児だったウツロとアクタを拾い上げ、隠れ里で育てた。

暗殺を稼業とする殺し屋であり、ウツロとアクタを後継者にするべく、その技術を伝授している。

マルエージング鋼製の大業物『黒彼岸』を愛刀とする。

真田龍子(さなだ・りょうこ、女性、黒帝高校1年生)


傷ついたウツロを救出し、献身的に看護する。

性格は明るく、勉強もできるが、運動のほうが得意。


仏のような慈愛・慈悲の心を持つが、それは過去のトラウマから派生している。

ウツロに対し、特別な感情を抱く。


真田虎太郎は実弟。

星川雅(ほしかわ・みやび、女性、黒帝高校1年生)


精神科医を両親に持ち、鋭い観察眼を会得している。

気は強いが、冷静沈着。

しかし内面には暗部を隠し持っていて、それを悟られないよう、気を使っている。

ウツロに『アルトラ』の存在を教える。

南柾樹(みなみ・まさき、男性、黒帝高校1年生)


ウツロには何かにつけて、きつく当たるが、それは彼が、ウツロに自分自身を投影してのことだった。

料理が得意。

真田虎太郎(さなだ・こたろう、男性、黒帝中学校1年生)


真田龍子の実弟。

頭脳明晰だが、考えすぎてしまう癖がある。


音楽をこよなく愛する。

好きな作曲家はグスタフ・マーラー。

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