巫女

文字数 766文字

 十五年に一度の夏至の晩、歌劇場は発相(はっそう)の各都市に生贄を求める。かつて魔性の歌劇の力で以って水相による支配を退けた代償であると、神官達は伝える。

 星がさだめた生贄であるならば、封印されし大聖堂図書館から、この世のどこにも存在しない歌劇場の入り口を開くことができる。

 そして、生贄たちの魂は、神々の歌劇の役者として、永劫にその寵愛を受けるという。

「お前達の娘は〈占星符(せんせいふ)の巫女〉となる。それが与えられた役だ」

 高位神官は生まれたばかりのリディウを前に、そう言った。如何なる抵抗も抗弁も無意味であり、ただ夫妻を物言わぬ屍に変える恐れがあるだけだった。母が娘に与えることができたものと言えば、ただリディウの名のみであった。

 リディウには、家族との暮らし以外の全ての物が与えられた。最高の教育。最高の住まい。身の回りのありとあらゆる物が、ここタイタス国にて作られる中で最高の品物であった。

 父と母には年二回、夏と冬にのみ面談が許された。
 今日がその最後の一回であった。
 リディウは明日十五歳になる。
 生贄の娘リディウは悲嘆に暮れる父と母の為、歌った。峻険な山々に沈む夕日について歌った。静まり返った夜空に散らばる星の、さやかな光について歌った。その内に、母も、ただ悲しみに暮れるより、今目の前のリディウを慈しむ事のみを考えるようになった。

 いよいよ寝床に就くという頃、母はリディウに贈り物をくれた。それは、貝殻と珊瑚で作られた、あまりにも素朴な首飾りであった。

 世話役の神官の温情により、その夜リディウと両親は共に一夜を過ごす事を許された。リディウは生まれて初めて母に抱かれて眠った。見張りの神官が寝室の外に立っている間、母はリディウの髪を撫でながら、優しく子守唄を歌った。


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