侵入者

文字数 1,016文字

 奇妙な夢を見た。
 夢の中でリディウは、誰かの腕に抱かれてまどろんでいた。その誰かに甘えてみたくなり、寝返りを打って相手の腹に手を置いた。
「お母様?」
 するとリディウの指は腹の肉の中にずぶずぶと沈み、吐き気を催す悪臭が辺りに立ちこめた。死者の臓物と(おぼ)しき物に触れ、悲鳴を上げて飛び起きた。眼前には塩の塔が聳え建ち、その頂きで冬の星座が輝いている。

 汗をかいて目を覚ませば、周囲は暗く、空に(まが)つ星ネメスが輝いている。夏の星だ。リディウは暗闇の中で水筒を手繰り寄せ、もう一度眠り薬入りの茶を飲んだ。

 死者と黒い水と、腐臭の夢を見続けた。もう一度目覚めた時には、東の山の稜線から白々と夜が明けようとしていた。

 今夜、とリディウは薬の影響で朦朧としながら頭を働かせた。
 今夜、大聖堂図書館のテラスでリディウは踊らなければならない。凶つ星ネメスに舞を奉じるのだ。それが生贄の務めだ。その為に生きてきた。
 その後何が起きるのか。何が起きるがゆえ、この自分は世界中から永遠に不在となるのか、予想さえできない。

 リディウは馬車を下り、白い砂の上で伸びをした。体中が痛んだ。山の空気は冷涼で、肌寒い。座席のヴェールに手を伸ばし、しかし、触れずに手を引っこめる。もはや自分の顔を見る人間は誰もいない。馬車の戸を閉ざし、足跡を刻みながら、白い砂の上を大聖堂図書館の建物へと歩いた。

 中に入れば、エントランスに優しい夜明けの光が満ち、白い列柱の影が石造りの床を淡く染めている。

 足音が聞こえた。

 耳を澄ませた。自分の足音の反響ではないようだ。まだ暗く、見通すことのできない廊下の奥から誰かがやって来る。

 柱の陰に身を寄せた。

 硬い足音は、何かを探るように、慎重にエントランスに向かって来て、リディウが隠れる柱の前で立ち止まった。

 そっと顔を覗かせてみた。

 男だと、体格でわかった。砂にまみれたマント。編み上げのブーツ。背が高い。横顔はマントのフードに隠れている。無精ひげと、閉じた唇だけが見えた。

 男が腕を動かした。右の掌を上に向けて、じっと見つめている。

 掌の上に、赤い魔術の炎が燃え上がった。炎は指し示すように、リディウが隠れる柱へと伸びた。
 男が素早く炎を目で追った。身を隠す暇はなかった。その鋭い視線とリディウの視線が、夜明けのエントランスで音もなくぶつかった。


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