貴様、私ヲ殺シタナ

文字数 1,041文字

 どちらが先に眠り、どちらが先に起きたか、定かではなかった。ニブレットが出立(しゅったつ)の準備を始めると、起きている時と同じく座した姿勢のサルディーヤが、物音を聞いて立ち上がった。二人は会話も交わさず馬を進めた。

 二人が小高い丘に立つと、押し寄せる破滅の炎のような朝焼けの下に、王の荒野が広がっているのが見えた。王の荒野は思いもよらぬ変貌を遂げていた。二人は馬に跨ったまま、しばし荒野をただ眺めた。

 荒野は瑠璃の色彩に覆われていた。草も土くれも、瑠璃色の硬い石に変じていた。夜空のような瑠璃色には、星々に似た金の斑点が多分に混ざっていた。そして、雲を思わせる方解石の白色(はくしょく)も、各所に見て取れた。

 その石の名を、ニブレットは呟いた。

「ラピスラズリ」

 その響きは、甘い歓喜をたちどころにもたらした。(いにしえ)の貴石の荒野は、はるか果ての古き王たちの墳墓まで続いているかに思われた。

 サルディーヤが背後に立ち、彼が曳く馬の蹄の音で、甘美な感覚は破られた。鮮やかな真実に、胸が引き裂かれるのを感じた。ニブレットは目を瞠った。

 ニブレットは死んだ。背後からの魔術攻撃によって、五体を切り刻まれた。

 あの時背後にいたのは、敵ではない。その筈はない。背後にいたのは――。

「サルディーヤ。貴様、私を殺したな」

 ニブレットは弓を負ったまま、肩越しに振り返った。サルディーヤの口に笑みが浮いた。その笑みが秒ごとに広がり、彼は歯を見せた。

「記憶が蘇ったか。結構な事だ」

 ニブレットは漆黒の剣に手をかける。

「あいかわらず短慮な王女だ。私が、君が私を殺そうとする事を予期しなかったとでも思うか」

「私に死をもたらす際、苦痛を感ずる(いとま)を与えなかった慈悲については感謝しよう。して、貴様はどのような返礼を望む。灼熱の星か。極寒の星か。答えよ」

「やめておけ。今、君の命の手綱を握っているのは私だ。君は腐術の施術者たる私について、全てを知っているわけではない」

「……サルディーヤ、その名は偽名か」

「どうとでも思うが良い。思い出す事だ、私が君を殺さなければならなかった理由を」

 ニブレットは、この不愉快な同行者が一刻も早くくたばる事を願った。できるだけ(むご)たらしく。

 サルディーヤは笑みを浮かべたまま、ニブレットの隣に並んだ。ラピスラズリの中にきらめく黄鉄鉱の星々が、朝焼けの光を映し、輝きを増し始めた。


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