第41話 餌食

文字数 1,226文字

 ウィリアムは扉を開けたとたんムワッと漏れ出したタバコと安酒の匂いにニンマリしながら、するりと中に入り込んだ。
 
 今日はサタデーナイト。ダンスホールのフロアはジャズの生演奏に合わせて踊る若者たちでなかなかの盛況ぶりだった。ウィリアムはスコッチウイスキー、とはいえそれはもちろん安酒で香りもひどいものだったが、を片手に全体が見渡せるよう部屋の端の階段を数段上がった場所に立ち様子を伺う、というよりも来ている女性たちの品定めを始めた。

 うん、あの娘は……いやダメだ。あれはアバズレだろう。あっちにいるのは……ああ、なんだってあんなに塗りたくる必要があるんだ! まてよ、その隣にいるのは。うん、いかにも純朴で素直そうな娘じゃないか。よし、気に入った。今晩はあの娘にしよう。気にしてチラチラと視線を送ると、娘の連れの女が先に気がついたようで二人でこちらを見て何事か話している。一瞬、娘としっかり目が合った、とたんに恥ずかしそうにして連れの女の後ろに隠れてしまう。まっさらのままで世間ずれしておらず不器用な少女、それはまさに望んでいるタイプの娘であった。

 ウィリアムは口の片端をつり上げ思わずほくそ笑むとバーカウンターへ行き、ウイスキーのおかわりとレモネードを頼んだ。そしてジャケットの内ポケットから小瓶をそっと取り出しコルクの栓を抜き、中身を二、三滴レモネードの方へ垂らした。あんまり効いてしまって前後不覚になっても困るからな、これぐらいで大丈夫だろう。連れの女が男とダンスフロアに消えたのを確認し、二つのドリンクを持ち娘に近づく。

「ここは暑いですね、お飲み物でも?」

 優しく声をかけると娘はハッとしてこちらを見て少し後ずさった。オフショルダーで遠慮がちに見せた胸元から熟れる寸前の桃のように愛らしいバストの上辺が少しだけのぞいている。

「あ、あの、でも私、お酒は」

 どぎまぎと顔を赤らめる娘。

「ハハハ、大丈夫です。アルコールではありませんよ、ただのレモネードです」

 それよりも効力のあるモノが入っているけどね……。

「まあ、すみません、ありがとう」

 顔を赤くしながらウィリアムの差し出すレモネードをおずおずと受け取った娘は、なんの疑いもなく口を付けて飲んだ。ふふふ、いいぞ。

「こちらこそすみません、不躾なことをしてしまって。申し遅れました。私の名前はアルベルト、アルベルト・ローハンと言います」

「私はフラニー・マクドウェルです」

「こちらへはよく? フラニーさん」

「いえ、あの母の看病がありますので、あまり出歩かないんですけども」

「そう、お母様が。それは大変ですね」

「あの、いえ、大丈夫なんですけど、そんなでもなくて」

 男と会話すること自体に慣れていないのか、真っ赤になりしどろもどろになる娘。せいぜい十七、八歳といったところだろう。ウィリアムは、いやここではアルベルトなわけだが、そんなフラニーの様子にこの後の展開を妄想しながらニヤニヤとした微笑を浮かべている。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み