第37話 ベスの指摘

文字数 1,190文字

 舞台袖からまずはケニーの姿が現れ司会の小男に促されるまま舞台中央まで来ると、椅子に縛り付けられうなだれたままのアルベルトの前に立った。ケニーは手を伸ばすと汗だくとなり乱れたアルベルトの頭髪をつかみ、ぐいと強く引っ張って顔を上げさせた。

「うっ……」

 苦痛に顔を歪ませるアルベルト。

「お前が……フラニーを……お、俺のかわいい妹、フラニーを………!」

 あまりの怒りに顔面蒼白となり細かく痙攣するケニー。

「ま、まってくれ、フラニー? 知らない、私は何もしていない、」

 ケニーはアルベルトの顔面を思い切り殴った。椅子ごと吹っ飛ぶアルベルト。

「そうだそうだ!」

「妹の分までやっちまえ!」

「めちゃくちゃにしてやれよ!」

 観客からは興奮した怒号が飛び交う。司会の小男が椅子ごとアルベルトを立て直し、再度舞台の中央に置く。

「ぐぅ……、ちがう、私は、本当に、しらないんだよ……、」

あらあら、なんとも往生際のわるいお坊ちゃまねえ、これじゃあ紳士道に反するってもんじゃねえですかい、え、お大尽さまよ。いまさらジタバタしたって始まらねえ。すこしでも許してもらえるように、罪を認めて早いとこあやまっちまった方が身のためなんじゃないの。なんせあんたが手込めにしてきた娘たちが何人もいるっていうじゃないか。しかもしかもよりにもよって、まあだほんの少女のね、初々しい生娘ばかりを餌食にしてたってねえ。こんな胸糞わるい話しそうそうありゃしねえよ。

 司会の小男はアルベルトに顔を近づけると顔面にペッと唾を吐きかけた。しかしアルベルトは頭をふりふり、

「ち、ちがう、それは本当に私じゃない、お、お願いだ、本当なんだ、」

 必死に訴えかける。ケニーはそんなアルベルトの胸めがけて正面から強烈な蹴りを入れる。そのまま後ろにひっくり返り後頭部をしこたま打つアルベルト。朦朧とする意識の中、倒れた自分を上から覗きこむ女性らしき顔がぼんやりと見えた。

「……この人じゃない、この人じゃないわ!」

 それはケニーに続き舞台に出てきたベスだった。ざわつく観客席、何が起こったかわからぬという風に口を半開きにしたままポカンとベスを見つめる司会の小男。

「ベス、ベス、どういうことだい? こいつじゃないって?」

 問いただすケニー。

「ええ、だってあたし、しっかり覚えてるものあいつの顔。似てはいるけど違う、年齢だってもっと上の感じだったわ」

「でもそれじゃ一体……」

「待って、」

 ベスは舞台後方に取り残されていた犬男に近寄った。そしてうなだれている顔をまじまじとのぞき込むと、

「やっぱり! 客席からじゃよくわからなかったけど、この人、アルベルト・ローハンはこの人よ! 間違いない。エリック、ここへ来てちょうだい! あんたも覚えてるでしょう!」

 客席からあわてて走り出て舞台に登り犬男に近寄るエリック。

「ああ、そうだ、アルベルトは確かにこいつだった!」
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